檜佐木は六車より少し背が高い。一寸あるかないかの差だが、隣り合って並ぶと顕著で、視線の高さが明らかに違う。
長身巨躯の死神もいる護廷十三隊で、六車の背丈はとりわけ高い方ではない。別に引け目に感じたことはないし、今の霊体になんの不満もない。
もとい、なかった。
中央官庁に月に一度の申請書類を提出した帰り、自分の隣を歩く檜佐木の背丈を改めて軽く見上げ、目を一つ上げたところにある、傷痕のある横顔をじっと見つめる。
(こうして見ると、ちゃんと面影があるな)
檜佐木と初めて――曰く、檜佐木にとっては再会だったそうだが――顔を合わせたとき、顔に刻まれた六車九番隊の印に驚くばかりで、人生最低最悪の日にあったささやかな救出劇のことなど、思い出しもしなかった。
檜佐木は思い出してくれとは言わなかった。思い出してほしいだろうに、その気持ちを飲み込んで、初対面の副隊長として接する姿に六車は一人で勝手に腹を立て、意地でも思い出してやろうと決めた。
どうにかして、二度と反芻したくない記憶の、その少し前の出来事をたぐり、泣きべそをかいていた流魂街の少年をぼんやりと思い出した。檜佐木から言われて無理やり思い出したせいか、髪型や面差しは、ぼんやり似ていたように思えた。ただ、目元がどうにも似ていないように感じて、しばらくは自分の記憶が腑に落ちなかった。
うっすら記憶にある少年が檜佐木だと確信したのは、ごく最近だ。綱彌代時灘の一件が解決し、慌ただしいが平和な時間が訪れ、その間に紆余曲折があり、檜佐木と付き合うことになった。
色恋に聡いといえない六車だが、霊王護神大戦と時灘の事件を経て、うっすら檜佐木と付き合うだろうと予感していた。檜佐木から寄せられる好意は、六車の心の器からあふれ出す一歩手前まで注がれて、六車の中では、ひっくり返してぶちまけるか、勝手にあふれ出すかの二択しかなかった。
俺と付き合うか、と声をかけたときの、檜佐木の驚いて見開かれた目元を見た時、あの時のガキだ、と腑に落ちた。驚きのあまり無防備になった顔のいたいけさを見た六車は、言葉にせず静かに決意した。
(こんな顔されちまったら、不器用だろうがなんだろうが、この先、護ってやらなきゃならねえだろ)
檜佐木の実力を侮っての決意ではない。誠実さも含めて過小評価のきらいがある檜佐木を放っておけない、そんな庇護欲からくる決意だった。もちろん、檜佐木は六車の決意など知らずに過ごしている。
今は、憧れ敬愛してきた死神と恋人関係になった事実に、どうにか馴染もうと四苦八苦している。
六車は、不備があった書類について確認の手順を見直し案を語る檜佐木を、無言で眺め続けた。
(あのチビだったガキが、デカくなりすぎだろ。背丈ばっかり伸びやがって。隠密機動でもねえのに、薄べったい体のくせによ)
「……なんで、最後は二人で読み上げて確認をするのが、面倒ですが一番いいかと思って、…………六車隊長? どうかしました?」
「いや。タッパばっかデケえなと思ってよ」
「えぇー……」
聞いてなかったんスか、と檜佐木が哀愁のこもった声を洩らした。六車は「聞いてた」と真顔で嘘をつく。むすっと口を歪めた檜佐木の顔を、一寸弱低い視界から見上げると、ちゃんと一人前の面構えをしておきながら、愛嬌という名の隙を見せる顔立ちに、少しのあざとさを感じてしまう。
六車は「立ち入り禁止」と札の下げられた脇道を見やった。再建中の瀞霊廷は、まだ至る所が工事中だ。施工の現場は混乱しており、仕掛かり中のまま停まっている道や建物がいたるところで目に付く。
六車は無言で立ち入り禁止の路地に進んでいく。
「六車隊長? そっち、抜けられませんよ!」
檜佐木が戸惑い呼び止めながら、慌てて追いかけてくる。
札を掛けたロープを跨ぎ越して、六車は土木作業の用具を押し込めた路地裏に入る。檜佐木が「待ってくださいよ」と言いながら追いかけて来た。六車は振り向くと、困惑した顔で追いかけてきた檜佐木に向き直る。
向かい合ってみると一寸弱の身長差は、大した問題ではなかった。僅かに見下ろす檜佐木の目元には前髪がかかって、困惑しているせいで愛おしさを覚える哀感を漂わせている。
六車は腕を伸ばして檜佐木の頭を抱き寄せると、戸惑いに引き結ばれた檜佐木の唇に噛みついた。がぶ、と上下の唇を軽く噛みしめてから、びっくりして開いた口に舌を押し込む。頭を抱き寄せた腕と反対の腕を背中に回して抱き寄せる。檜佐木は抵抗せずに腕に収まり、六車が押し込んだ舌先に応えて、ぎこちなく絡ませてきた。
「……ん、っ」
六車が閉じた目を開く。檜佐木の瞼に走る傷痕を間近に見つめると、重ねた唇を離して瞼に押し当てた。瑕を得た経緯はすでに聞いているが、あの怯えた子供だった檜佐木がどんなに怖ろしかったろう、と思うと、自分がその場に居なかった過去に理不尽な腹立たしさを覚えた。
瞼が震えるのを感じて、六車が唇を離す。
「あの……急に、どうしたんです?」
目を開いた檜佐木が、気まずい口調で訊いてくる。六車は自分の中に渦巻いた、愛おしさやあわれの気持ちを言い表す言葉を持ち合わせておらず、むす、と口を引き結んだ。しばし間を置いてから、どこかすっとぼけた調子で応えた。
「リサのやつが、今日は何の日だ、っつってな。キスの日とかいうんだろ」
「! 知ってたんスか、六車隊長」
「だから、今朝リサのヤツから伝令神機にそういう報せが入ってたからな」
「そ、そっすか……てっきり俺、自分の腹の内がバレてたのかと……」
「あ? なんだ、腹の内って」
「いや、そのー……キスの日なんで、つって、六車隊長とキスできたらなあ~……みたいな、ちょっと考えて、ました……」
檜佐木の答える声は尻すぼみになって、最後の方は口の中に消え入っていく。六車は視線を逸らしてばつの悪い苦笑いを浮かべる檜佐木を、じっと睨め上げた。しぱらく無言で逸らした顔を睨んでいたが、頭に回した手にぐいと力を込め、顔を引き寄せた。
もう一度、軽く口づける。すぐ唇を離すと、檜佐木が半開きの口をわなわなと震わせた。
「願ったり叶ったりだろ」
「ここ外ですってば!」
「声がデケぇ。バレるぞ」
「いや、だって! あんたそういうの、いつも嫌がるじゃないですかあ!」
「そうじゃねえときもあんだよ、解れ」
「わかんないッス! あんたのツボ、全然解らねえ~!」
喚く檜佐木に六車は小さく吹き出した。笑いで歪めた口のまま、やいやいと繰り延べている檜佐木の口を、大きく開いた口で塞ぐ。腕の中で観念して大人しく口づけに応え、徐々に溺れていく檜佐木の手応えに、六車はうっすらと目を細める。
(ちょっとばかり背が高いのも、腕の中に落ちてくるみたいで悪かねえな)
六車の感慨を読み取ったかのように、檜佐木は両腕で六車の体を抱きしめ、細い体をすり寄せて腕の中に自ら収まってくるのだった。
