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Never Get Caught,May be

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 ちょうど昼時にラウンジに来るとやはり席がほとんど埋まっていた。実際に栄養価のある食事を摂るマスター、スタッフは優先的に席を確保できるが、娯楽としての食事を楽しみに来ただけのサーヴァントは、気に入った席がなければ諦めて立ち去るか、メニューによってはテイクアウトして自室に持ち帰るなどする。ヘクトールもできればそうしたかったが、今日の献立は麺類だった。
 配膳を受け取り、諦めて数少ない空いている席を陣取った。対面は、あのオデュッセウスだ。誰かと連れそうでもなく、一人ぽつねんと食事を始めたところだった。
「ヘクトール殿」
 驚いた表情を隠しもせず、切れ長の涼しい目元を見開いて見上げてきたオデュッセウスに「失礼するよ」と断りを入れ、ヘクトールは椅子を引く。どっこいせ、と年寄り臭いかけ声と共に腰を下ろすと、オデュッセウスの顔よりトレイの上を見て、へぇ、と呆れた溜息を洩らした。
「燃費が悪いねえ」
「そうだろうか。当番の者にもかなり様子を窺われてしまったが、実際の糧食とは違う、料理の模倣だと聞いたのでたくさん食べても構わないのかと」
「にしたって、限度があるだろうに」
 オデュッセウスのトレイにはヌードルボウルが二つ乗っていて、どちらもスープが縁から溢れんばかりの大盛りだった。対するヘクトールは普通サイズのボウルに八分目ほど、麺も具材も控えめだ。前線では、あえて満腹にしない食事を摂り方を心がけていた、その癖が抜けず、血肉になりもしない霊子で編まれた架空の食事すら、控えめに摂取してしまう。オデュッセウスの思いきり良さはとても真似できないのだった。
 もちろん、クラスによる燃費の善し悪しはあるだろう。オデュッセウスは大量の魔力を必要とするライダークラスだ。大食らいでも驚く話ではない。
「食えるなら腹一杯食っておきたい気持ちが抜けなくてな」
「まぁ、アンタの経緯を考えれば已む無しか」
 ヘクトールは肩をすくめた。
 フォーという米粉から作った麺と、食べ慣れない風味のスープとを啜り始める。オデュッセウスも料理に一礼してから、黙々と啜りはじめた。誰から教わったのか、顔に掛かるだろう髪をピンで止めている。ずぞっ、ずずっ、と音を立てて豪快に麺も具もスープも飲み込む食べ方を見るにつけ、霊基に染み付いた艱難辛苦の帰路がいかほどのものか、うっすら察せられる。
 ヘクトールが食べ終える頃には、オデュッセウスは一杯目を空にして、二杯目のボウルを啜り始めていた。
 突き動かされる飢餓感が和らいだのか、ヘクトールが食べ終えたのを見てペースを落としたのか、無言だったオデュッセウスが顔を上げ、ヘクトールの面持ちを見つめた。
「なんだい」
「意外だったのでな。俺の対面しか空席がなかったわけではあるまい。他の職員やサーヴァントの近くでも良かったはずだ」
 オデュッセウスの理知的で沈着な眼差しは、ヘクトールに何故と問い掛けていた。二人の間にある因縁は、とても愉快とは言い難い、辛く苦く重たい、多くの人の死が纏わる間柄だ。オデュッセウスから見てヘクトールは、己の生涯の中程に立ちはだかった敬意を表するべき敵将だが、ヘクトールから見たオデュッセウスは怨敵の位置づけでもおかしくない。他でもない、アキレウスを説得して前線に連れ戻す一端を担った男である。死の遠因と言っても良い。
 しかし、ヘクトールの態度は初手からカラッとしたものだった。乾いていて、無関心。だが、邪険ではない。その距離を保つべきか否か、オデュッセウスの中でまだ答えは出ていなかった。
 それが今日唐突に、こうして食事で相席してきたのである。
「ここに召喚されて以降、貴殿とは戦い以外の場で話した事は無かった。避けられていても不思議はないと思っていたのだ」
「そういうわけじゃないさ。今日は、そうだな……向き合って飯を食うのも悪かないって気分でね」
 視線は合わせず軽く笑うヘクトールに、オデュッセウスの表情も和らぐ。再び、まだ湯気立つフォーを啜ると、手元に視線を落としたままで尋ねた。
「ヘクトール殿は、やはりアキレウスが嫌いなのか」
 オデュッセウスにとっては、自分について尋ねるのと変わりない横並びの質問だった。が、ヘクトールの反応は大いに違った。はは、と乾いた笑いを洩らした後に、わざとらしいほどしみじみした口調で呟く。
「嫌いだねえ」
 答えを聞いて、オデュッセウスは食事の手を止めて視線を上げた。食べ終えたヘクトールは、束の間の娯楽を楽しんだ名残もなく、頬杖をついてラウンジの入り口を見ている。
 ケイローン塾の面子が全員揃って昼食を摂っていたらしく(珍しくヘラクレスも一緒だ)、イアソンが悠々と語る大声と落ち着きあるケイローンの深い声が響いて、こちらにも聞こえてくる。食事の席での議論がそのままもつれ込んでいる様子で、静聴するヘラクレス、関心なさそうなアスクレピオス、そして手持ち無沙汰なアキレウスと続いて、ラウンジを後にするところだった。
 アキレウスがオデュッセウスと、対面に陣取るヘクトールとに気付いて、不思議そうに見つめてくる。オデュッセウスは匙を置いて軽く手を上げて挨拶し、ヘクトールは無視した。
「ヘクトール殿。挨拶くらいしてもいいのではないか」
「オジサンの答え、聞いてなかったかい。アキレウスは、嫌いだ」
「そうか……」
 取り付く島もないヘクトールの態度に、オデュッセウスはそれ以上、語る言葉を持たなかった。
 ヘクトールの物語が終わる瞬間を見、アキレウスの物語が終わる瞬間も見た。二人の因縁が土台から崩れ去るが如き戦争の終わりも見た。自分は生前すでに、虚しい結末に立ち会ってしまっている。だが二人は、己の命を賭けて相手の命運をもぎ取る瞬間に邂逅し、一方の死によってその関係を完結してしまった。始まりが終わりだったのだ。そしてここカルデアで、終わりの続きを強いられている。
「和解など無理からぬ話だろうか」
 知らず知らずのうちに、オデュッセウスの口からそんな独り言が洩れた。アキレウスの険しい視線をひらりと受け流して素知らぬ顔を決め込んだヘクトールが、オデュッセウスを一瞥すると、可笑しそうに肩を揺すって笑う。
「どうした」
「いいや。アンタは案外、奴の事を解ってはいなかったんだなと思っただけさ」
「というと?」
「あのアキレウスが、生前は生前と割り切って行儀のいいサーヴァントをやっていけるタマだと思うのかい?」
「それは、どういう……」
 ヘクトールが椅子を引いて席を立つ。トレイを持ってさっさと退散しようとして背を向けてから、ちらりと視線をラウンジの入り口側に一瞥投げ掛けた。
「本人に聞いて見るといい」
 言い残して、ヘクトールはあっと言う間にその場から退散していった。驚くほど敏捷な足取りで下膳コーナーにトレイを置いて、ケイローンたちのいる出入り口とは反対側の廊下へと消えていく。
 呆気にとられて挨拶もできないまま見送るだけになったオデュッセウスの前に、ほとんど間を置かず、アキレウスが現れた。いつの間に、と思い見上げたオデュッセウの正面に向き合い、テーブルに両手をついて「おい」と粗暴なほど荒れた口調で呼びかけてくる。
「お前、ヘクトールに何を吹き込まれた?」
「いいや?なにも吹き込まれてはいない。俺が彼に聞いたのだ」
「訊いたって、何をだ?」
「お前をどう思っているのかと尋ねたら、嫌いだと言われてしまってな。そして、お前が居るのに気付いて、去ってしまった」
「ああ……そうかよ」
 アキレウスは舌打ちし、がしがしと頭を掻いた。憮然として、腹を立てているが、憤怒に狂っているのではない。相手に翻弄されて思うに任せない状況から抜け出せず、苛立ち焦れている、そんな表情をしている。
 オデュッセウスはついさっきまで、面前で頬杖をついて面白く無さそうにアキレウスを観察していたヘクトールの横顔を思い出し、今目の前で苛立つアキレウスの横顔と重ねあわせてみて、ああ、と思い当たった。
(そうか。この二人は未だに決着がついていないのだな)
 終わりが即ち終わりとは限らない。終わりに続きがあるならば、振り出しに戻っただけなのかもしれない。アキレウスはまだ、ヘクトールを追いかけている。そしてヘクトールは未だに、捕まっていない。
「なるほど。難攻不落の将は健在ということか」
 オデュッセウスの独り言を、アキレウスも拾い聞いたのだろう。苦々しい顔でかつての幕僚を見やると、短い嘆息ひとつ、廊下の先に姿を消したヘクトールを追いかけて大股に歩き去って行った。

 

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