加納アギトの模擬戦で相手を任されるのは基本的に外部で募集した猛者と決まっている。
護衛者の候補生に相手をさせるには強すぎるうえに、適切な手加減が出来ない。殺すな、と強く言い聞かせられているが加減を過って再起不能にすることがままあった。滅堂からしても、人材的損失であると同時に養育者としての監督責任も問われる。実際、滅堂に物申す者などいないのだが、他ならぬ彼自身の自責の念というものがある。外部の人間ならば、契約内容で了承を得ておけばいい。幸い、滅堂が新たに懐刀となる闘技者を育成している話は既に広まって久しく、まだ正式にお披露目されていない加納アギトと事前に対決したい者は多くいた。
「そういうわけで、相手のストックは尽きないのじゃが、いい加減アギトにも手加減を学ばせねばならん」
滅堂に呼び出された鷹山ミノルは、直立不動で後ろ手に組んで沈黙していた。呼び出された時から嫌な予感がしていたのだ。
先日、加納アギトの模擬戦に挑んだ格闘家が無残な有様で地下のリングから緊急搬送され、その後、先方からは一切の連絡が途絶えた。運が良くて再起不能、下手すると死亡したかもしれない。加納は滅堂の仕置きで謹慎している。そろそろ再発防止の手を打たなくては、という声が外野からちらほら聞こえるようになってきた矢先の出来事だ。
「どうじゃ、鷹山。お前、加納に殺されず一年、切り抜ける自信はあるかのう?」
鷹山は拳を握りしめた。加納アギトが次のステップに進むための踏み台として選ばれたと思うと、言いようのない悔しさがこみ上げてくる。鷹山は、来年から正式に護衛者の一人として斑に参加する。活躍如何では隊長格への昇進もあり得る実力を備えていた。荒事の経験値はそれなりに詰んできている。だが、試合の形式となると場が限られるのもあり、経験値が足りない。そんな鷹山が加納の模擬戦の相手に選ばれるのは、客観的に見れば大抜擢だろう。
「非公式な、手合わせのレベルでお主がアギトと何度も対決しているのは知っておるよ。手合わせは模擬戦と違う、アギトも本気で向き合ってはおらん」
「それは、知っています。無許可の私闘は禁止されていますので」
「お主もアギトも聞き分けが良い。今の今まで、私闘に至らぬようにギリギリ、我慢しあっておった。が、お主はこのままで満足か?どうじゃ、生死もかなぐり捨てて、あ奴と拳を打ち合いたくはないか?」
「それは……」
マスクの下で鷹山は歯を食いしばる。いつか、と思って今まで過ごしてきた。いつか、だがそれはいつになるのか。滅堂は一年の期限付きで鷹山に挑む機会を与えようというのだ。ただ、加納の中のアレを引き出した瞬間、死に至る可能性がある。
「ひとつだけ、よろしいでしょうか」
「なんじゃ?」
「万が一、加納を潰してしまっても咎められませんか」
ぎろりと闘気漲る鋭い目で小柄な老人を睨め下ろす。端から見て不遜の誹りを受ける目つきだった。が、滅堂は皺深い顔の皺をさらに深くして、野心を歓迎する老獪な笑みを浮かべた。
「ええぞい。殺してしまっても構わんよ」
「その役目、謹んでお受けいたします」
鷹山は深々と頭を下げる。
「ええ野心じゃ、よく励めよ」
老人は呵々大笑して、屋敷の大窓から外を見た。屋敷の内に面する中庭では、加納アギトが百人組手を終えたところだった。ほんの数分で叩き伏せた相手は加納の周囲に、同心円状に倒れ伏している。呻き、あるいは失神した標的たちの様子を、加納は一瞥もしない。艶やかで黒々とした無機的有機物の輪郭で、その場に立ち尽くして、次の機会を淡々と待つ面持ちで、宙空を見据えていた。
