吸死

泣くもじれるも

吸死

 

──泣くもじれるも ふさぐもお前 機嫌なおすも またおまえ
                             都々逸

 

 深夜の吸対は、受付のある一階の他、四階のフロアの一角以外、消灯していた。最近、新横浜に襲来した高等吸血鬼の一団を、どうにか管内から撃退して、今は警戒態勢を取りつつ、事後処理に追われている。
 その一団は、吸血鬼対策課がこれまで対応してきた吸血鬼と、強さも癖も違った。吸血鬼の弱点とされるすべての要素に耐性を持つロナルドを始め、吸対と退治人の共同戦線を展開して、どうにか撃退するにとどまっている。新横浜の一区画が彼らのテリトリーになったという、真偽不明の報告も来ていた。
 彼らがこれまでどのように潜伏していたのか、何故新横浜を襲撃したのか、背景・動機・同類との関係も、何一つ掴めていない。はっきり解っているのは、襲撃の先陣を切った吸血鬼ロナルドが”完全無欠の吸血鬼”らしい、その一点のみである。古くは伝承に始まり、現在に至るまでの研究で明らかになった数々の弱点について、最近の研究で、吸血鬼全般に当てはまるとは限らないとされている。人間側が最も恐れているのは、弱点をすべて克服した「完全無欠」の吸血鬼──霊長類の上位存在ともいうべき、超高等吸血鬼の可能性だ。ロナルドは、限りなくゼロと言われてきたその可能性に、一石を投じる存在だった。
「しかし、報告書を見返せば見返すほど訳の解らん吸血鬼だ、こんなデタラメな存在が許されるのか?この世界は」
 ミカエラは整った指先でプリントアウトしたレポートを弾き、忌々しげに呟いた。同僚からは紙の無駄と散々言われているが、情報とは紙媒体で纏められた静的完成度が質を担保する、それがミカエラの信条だ。なお、報告書の体裁にこだわるせいで、ミカエラの総括提出が一番遅い。事務仕事が重なる時期、最後まで吸対のオフィスに居残るのは、いつもミカエラ一人だった。
 すでに、フロアの照明は大半が落とされ、ミカエラ隊のいる島あたりだけ、ぽつんとLED照明で照らし出されている。廊下に面したドアののぞき窓も真っ黒、非常灯の明かりも見えない。階下では夜間業務の担当者が深夜の通報をさばいているはずだが、その気配が伝わるには階が離れすぎていた。
静寂を良しとするミカエラだが、がらんと静まり返ったフロアに夜通しいると、どうしても寂しさが無視てきなくなってくる。
 業務的に夜間シフトが主体のはずだが、超精密探知機かつ司令塔(世界一貧弱な炭鉱のカナリア)のドラルクが連勤に耐えられないので、主線力となる隊長格のシフトはかなり配慮されている。それで十分業務に対応できているのは、退治人組合の力が大きい。
 先日、組合マスターの妹・ヒナイチが実戦投入されてから、退治人の成果は目を見張るものがあった。それまでも吸対と連携して成果を上げてきた組合の戦力が大きく底上げされたのだ。兄のカズサと違って融通の利かない面はあるが、作戦遂行能力は高い。吸対内部では、引き抜き交渉の噂もちらほら聞こえている。
(下らん)
 ミカエラに言わせれば、ヒナイチはまだまだ実戦経験に乏しいルーキーで、スタンドプレイがたまたまハマッて結果につながっているだけに見えていた。しかも、彼女のスタンドプレイの引き立て役を買って出ているのは、ミカエラの実兄である。
(吸対のお歴々は何も解っていない、ヒナイチ君は確かに有能だが、彼女を有能たらしめているのが誰か、解っているはずだ。引き抜くなら、彼女だけでは意味がない)
 噂を耳にしたとき、ミカエラは冷静でいようと努めて表情を変えず聞き流した。だが、兄の名前が一度も上がらなかった事実を後から反芻するにつけて、上層部の無理解に対する憤りが膨れ上がり、もう少しで上層部に異見を直訴するところだった。勇み足を思いとどまらせたのはドラルクで「本部長にはそれとなく話をしておくから」と取りなしてきたのだ。ドラルクは本部長の厄介さを誰より知る人物である。ミカエラは一理あると考えて自重した。
「それにしても君、本当にお兄さんのこと好きだよねえ」
 ミカエラを押しとどめたドラルクは、揶揄いを含んだ意味深な笑みでそう付け加えた。
 一番拗らせている部分を気安くつつかれて、ミカエラは思わず言い放ってしまった。
「単に実力を見て推薦しているだけで、兄かどうかは関係ない。むしろ、愚兄など私にとってはどうでもいい存在だ!」
 ミカエラの声は、よく通る美しい低音で、怒鳴ろうものなら廊下の向こうまで朗々と響きわたる。言い返されたドラルクはあっけにとられ、その場にいた同僚たちも驚きに目を見開いた。ついでに、たまたま組合の用事でフロアに入ってきたケン(とヒナイチ)の耳にも、否応なく届いてしまった。
 心にも思っていない悪態を兄に聞かれたミカエラは、その日からしばらく、自己嫌悪のあまりお通夜同然の顔色で過ごした。普段は探すまでもなく、仕事の現場で視界の隅に入ってくるはずの兄が、気配遮断して姿をくらましたせいで、ミカエラは「避けられている」と確信し、この世の終わりのような顔になっていった。
 現場でたまたま一緒になったヒナイチからは「お兄さんは気にしていなかったぞ、大丈夫だ」と優しく気遣われ、本部長からは「職場に家庭の都合を持ち込みすぎるな」と叱責され、同僚の女性陣からは「ストレートに謝るのが一番よ」「心のどこかで思っている本音が出た」「しょっちゅう兄弟喧嘩してるなら、もう絶縁したら?」などなどのアドバイスを受け、さらにボロボロになったところで、末弟のトオルから「弁解する場をセッティングしようか?」と打診された。
 トオルの提案に対するミカエラの答えは、
「なぜ私が奴に頭を下げなくてはならんのだ!」
 だった。
 言葉にすると何故か兄に否があるように思えてくるのだから、不思議である。能力に見合った立場にいない兄にこそ問題があるのだ、と続けて唾を飛ばすミカエラに、トオルの対応は冷ややかだった。
「じゃ、あとはミカ兄が自力でなんとかしなね」
 以降は一切フォローしないの態度を示されたミカエラは、せっかくかけてもらった梯子を自分から外して捨てたと気づいて、青ざめた。しかし、後の祭りである。
 その後、ミカエラは凄まじく落ち込んだまま、私生活では立ち直れずにいた。仕事をしている間は忘れられるので、こうしてフロアに居残り続けているが、報告書の端々に登場する退治人の行動記録を見ると、嫌でも兄の姿が思い浮かんでしまう。
(次の襲撃までには、連携が取れるようにしなくては、……でも、愚兄はあれから徹底的に私を避けている。トオルがくれた機会も自ら潰してしまった、もう、どうしたらいいのか…)
 いつの間にか、報告書を読んでいた目が滑り、無意味にページを繰っていた。ミカエラは紙束から手を放すと、手に額を乗せて憂鬱な溜息をつく。
 目を閉じると、退治人衣装をまとったケンの姿が浮かんでくる。ミカエラの行動圏内に踏み込まず、絶対にフォローできる距離から離れず、同時に退治人仲間の動向もカバーする、あの広い目配りは誰にも真似できないだろう。作戦を即興で組み替える頭の回転も、退治人・吸対で一、二を争う速さだ。そんなケンの即興力に、ぎりぎりついていけるのは、ミカエラくらいしかいない。
 自分の作戦立案を踏み台にされるのは癪だが、ケンが踏み台にするのが常に自分の作戦だと気づいてからは、兄の信頼なのだとうっすら確信している。嬉しさと悔しさが同居する感情の末に、兄も吸対だったなら、と思ってしまうのだ。
 陰鬱な溜息をついて、閉じた目を開く。今のミカエラは、どうにかして兄と和解したいと素直に願っている。が、ケンが今どこで何をしているのか、退治人たちから聞き出せずにいた。本当に知らないのか口留めされているのか、ミカエラには判別はできない。ケンは仲間の退治人たちを信頼し、彼らもケンを信頼しているので、ケンから強く口留めされたなら堅守するだろう。
 そんな組合内での相互信頼を見るにつけ、ミカエラは嫉妬を覚えては、心に引っかき傷を負ってしまうのだった。
「兄さん…」
 マスク下の眉間にしわを寄せ、か細い声で呼ばわる。項垂れた視界は、今のミカエラの狭く閉じた世界そのままだった。
 建物の外から、警察車両の乗り付けた音が聞こえ、かすかに夜間受付が騒がしくなる。一時間もしないうちに受付の事務処理が終わり、居残っているミカエラに承認印を貰いにシフトの職員がやって来るだろう。それまでには気持ちを持ち直し、毅然とした吸対隊員に戻らなくては、と己に言い聞かせる。
 数分もしないうちに、フロアのドアが開く音がした。はっと顔を上げたミカエラは、ドア方向を振り向く。照明を落としたせいでぼんやりと暗い事務机の並びには、何の変化もない。しばらく注視していたが、変化はなかった。ミカエラはほっと肩の力を抜く。
「気のせいか……」
「じゃねえんだなあ、これが」
「うわっ!」
 突然真後ろから声をかけられ、ミカエラが飛び上がる。比喩でなく本当に、飛び上がる勢いで椅子を蹴って立ち上がった。そのはずみで背後をとった相手は脛に椅子をぶつけられ、うぐっ、と悲鳴をあげる。
「ってぇ~」
 包みを抱えたケンが、しゃがみこんで脛を抱えている。ミカエラは心臓のあたりをぎゅっと握りしめて、裏返った声で叫んだ。
「愚兄!い、いつから、そこにいた!」
「今ドアから入ってきただろ。事務仕事してるからって、あっさり背後を取られんなよ~」
「う、うるさい、仕事に集中していたんだ!」
「そうかい」
 しゃがんでいたケンが腰を上げる。
 ミカエラは、突然現れた兄の姿を、まじまじと凝視した。つい昨日一昨日までどこにも気配のなかったケンが、退治人の黒装束をまとって、煌々とした満月を背に佇んでいる。自分の上に覆いかぶさる色濃い影が、実在の手ごたえを一層強くする。
 心の準備が一切できていないのにケンと対峙してしまい、ミカエラは狼狽を通り越して呆然としていた。最近の経緯を全部すっ飛ばして、いつも通り呼びかけてしまいそうになり、我に返って口を引き結ぶ。黙って視線を逸らすと、ケンが肩をすくめる気配がした。
「最近、残業続きで生活荒れてるっぽいって、ドラルクから聞いてな。夜食持ってきてやったんだ。感謝しろよ?」
 これまで何度なく聞いた、鷹揚に次弟を気遣う兄の声に、ミカエラは胸元を握りしめる手にますます力を込めた。
「そ、そんなことはない、若干、忙殺されていたが、ちゃんと生活している」
「いやいや。見るからにやつれてんじゃん」
 弟の頑なな態度に、ケンはいかにも大儀そうに覆面の下から溜息を洩らして、小脇に抱えた包みを差し出した。目を合わせようとしない弟に、空いた片手を伸ばす。
「……っ」
 ケンの手がミカエラの顔を掴んでから、目元を隠したマスクのあたりを親指の腹で強くこすった。落ちくぼんだ隈が透けて見えているかのように撫でられ、ミカエラが視線を振り向かせる。
「どうせ、料理する時間がねえだとかする気にならねえとかで、ろくなもん食ってないんだろ。トオルも心配してたぞ」
「食事くらい、ちゃんとしている、自己管理は仕事の一部だっ」
 言い返してケンの手を振り払うと、差し出された包みを乱暴に受け取る。風呂敷を解くまでもなく、受け取ったときの重みと感触で、重箱に詰めた弁当だと解った。風呂敷越しに重箱の底からほんのりと温もりが伝わってきて、作ってすぐ持ってきたのだと解った。重さからして、夜食だけでないのは明らかだ。明日の三食分くらいは詰まっている気がする。
 ミカエラは包みを抱えたまま、ぽつりと洩らす。
「今まで一体、何をしていた。出先で見かけないから、……」
 避けられているのかと思った、と言いかけて口をつぐむ。ケンはミカエラの斜め後ろにあるドラルクの机に軽く腰かけると、「野暮用でな」とはぐらかした。
「……言いたくないならいい」
 包みを抱えたミカエラが重く沈む語尾と共に、視線を俯かせてしまう。ケンは「あー…」と唸って天井に視線を彷徨わせてから、ミカエラに視線を戻した。見るからに落ち込んでいる弟の顔をつくづく観察して、ちょっと意地悪く低めた声て尋ねる。
「俺に避けられてると思ってたろ?」
「……!そうだとしても、別に……驚きはしない」
「嘘つけ~。避けられてたらどうしよう、って顔に書いてあんぞ」
 ケンは覆面をしたまま、ミカエラの強がりをヒャヒャヒャと笑う。いかにも弟の泣きべそを揶揄う兄の意地悪な笑い方で、ミカエラが弁当の包みを抱えたままぐっと睨み返した。が、睨むミカエラを見返すケンの面持ちは、揶揄めいた笑い声に反して、柔らかかった。弟の気難しさに手を焼きつつも憎めずにいる兄の情愛に和んだ表情だ。仕方がない、という肯定の諦めでミカエラの癇癪を受け止めて、丸っとくるみこんでしまう、あっけらかんとしたおおらかさ。
 ケンが投げかけてくる、大雑把なのに取りこぼさない兄としての愛情に触れて、ミカエラの強張った心から余計な力が抜けていった。
 ミカエラの身構えた態度が和らぐのを見届けると、ケンは思い出したように口を開く。
「そうだ。茶も持ってきた」
「あ、ああ」
 ケンがたすき掛けにしたポーチから、ペットボトルを取り出す。ホットの玄米茶を受け取ったミカエラの腹が、慎み深い音を鳴らした。ケンが覆面下でニヤニヤ笑いかけてくる。
「な。ちゃんと食ってねえから悲観的になるんだって。いつも言ってるだろ」
「う、うるさい」
 ケンの指摘に反発しつつ、ミカエラは風呂敷包みをそっと机に置いた。広げた紙の書類を手早く片付けて包みを解く。差し入れで何度も使われた漆塗りの三段重箱、他に曲げわっぱが一つ、乗っていた。中身は予想通りの握り飯と、ミニハンバーグに大根の煮物がついている。豆腐ハンバーグだと食べるより先に気づいて、ミカエラは文句が言えなくなった。ハンバーグはミカエラの好物で、豆腐なのは夜食だからだ。末弟を育てた経験で料理バリエーションは豊富な兄は、大雑把なくせにこういう気遣いも出来てしまう。隙のない兄の愛情にミカエラは憎まれ口のひとつも言えなかった。
 ケンが、不在の同僚の席を引っ張ってきて、ミカエラの斜向かいに陣取り、あみだに座る。ミカエラに何も言わず、わっば弁当の握り飯を一つ、横取りした。
「おい」
「兄ちゃんも晩飯食いそびれてんだわ」
 覆面を下ろし、大口で自分の作った握り飯を頬張る。ケンの食欲を見て、ミカエラの腹がさっきより遠慮なく鳴った。まだ暖かい握り飯を齧り、よく噛みしめる。もっと手の込んだ料理が食べたいのに、などと内心で強がりを呟いてみたが、慣れ親しんだ兄の味付けには抵抗できなかった。ここ数日、ろくに動いていなかった消化器官が安心できる味に反応し、無自覚だった飢餓感が後か後からこみあげてくる。
 しばらく、夢中て夜食の弁当を頬張っていたミカエラは、ケンが顔を逸らし、肩を震わせて笑いを堪えているのに気づいた。何がおかしいのかと慌てて自分の顔に触れ、服をみる。米粒や食べこぼしがないのを確かめてからケンを振り向くと、口をゆがめて噴き出すのをこらえていたケンが、笑いそうな震える声で告げる。
「鼻の頭に、飯粒つけて、がつがつ食ってるミカ、すげぇレアだな、っ思ったらよ」
「!!」
 ミカエラが慌てて鼻先に触れようとする。それより先に、ケンの手がひょいと鼻の上を摘まんでいった。指についた飯粒をぺろりと舐めると、自分の分の茶を飲み干す。言葉を飲み込んで睨むミカエラを一瞥すると、空になった容器を見てふふっと笑った。
「元気出たか?」
「……空腹は、収まった。そこは感謝する」
 ミカエラがぎこちなく礼を言うと、ケンは海苔の塩気でべたつく手を装束の裾で雑に拭いた。それを見とがめたミカエラが黙って引き出しを開けて、アルコールティッシュを取り出す。
「貴様はどうしてそう、雑なんだ」
「えぇ……俺の服だからいいだろ」
ケンが面倒くさそうに手をひっこめようとする。ミカエラは舌打ちしてその手首を掴むと、海苔のついた指先をしつこく拭った。
無心に指を拭くミカエラを見下ろしていたケンが、綺麗になった手でミカエラの頭を撫でる。ミカエラの言い過ぎた言葉や、引っ込みのつかなかった態度、抱えていた後悔のすべてを許す手のひらに、ミカエラは唇を噛みしめてから、ぽつぽつと素直な気持ちを打ち明けた。
「……退治人が活躍できるのは兄さんの機転あってこそだと、解っていない輩に知らしめてやりたかったんだ」
「おう」
「兄さんはもっと……正しく評価される場所にいるべきなんだ」
「退治人組合は、わりと俺の実力を買ってくれてるぞ?」
「所詮、非正規の組合だろう。兄さんなら、吸血鬼対策課の中核すら担えるのに、退治人に甘んじているのが、私は」
「ミカによく思われてんのは嬉しいが、俺とは水が合わねえよ」
「そんなことはない!兄さんなら上層部の連中とだって渡り合える!」
 ミカエラが、磨き終えたケンの手を握り締めて叫ぶ。低く響く声がうわんと反響してから、フロアが静まり返った。
 沈黙が耳に馴染んできてから、ケンが仕方なそうに苦笑する息遣いがした。覆面を引き上げて顔を隠したケンは、熱っぽく見つめるミカエラから視線を逸らして、軽薄な口調で嘯く。
「そういう腹芸は嫌いなんだよ。俺ぁ、しがらみのないところで伸び伸びやるのが性に合ってる」
「……っ」
「それに」
 言い返そうとしたミカエラを遮って、ケンが続けた。
「退治人として斜め横から便乗するのに、お前の指揮が一番、確実で面白いからなあ」
 いかにも痛快と言わんばかりに目元を細めて告げたケンに、ミカエラは絶句した。一拍置いて、耳の先まで真っ赤になる。
何につけても面白さを優先するケンが、愉快の一因をミカエラに委ねていると言うのだ、兄の言葉でこれ以上の誉め言葉はない。
明るいLED照明の下で、ごまかしようがないくらい照れと嬉しさで紅潮したミカエラに、ケンがニヤニヤと笑い、火照った耳の端を摘まむ。
「そんなわけで、ミカと愉しくやりてえから吸対には入りたくないわけ」
 ケンが笑いかけて告げると、じんと痺れた頬の熱で自分の顔色を察したミカエラが慌てて、耳を摘まむケンの手を振り払った。
「……っ、話の解らん愚兄め、もう勝手にしろ!」
「おうよ、勝手にさせてもらう」
 奥歯を噛みしめて照れ隠しに唸って見せるミカエラに、ケンは弟の憂鬱をぱっと吹き払うように、からからと笑った。あっけらかんとした笑い声は、ミカエラの煩悶を何もかも解っているような、何一つ解っていないような、掴みどころのない懐深さで、ミカエラの釈然としない気持ちごとまるっと包みこんでしまうのだった。

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