吸死

包帯は下駄と踊る

吸死

 繊細で神経質で癇癪持ちで打たれ弱い次弟が、シンヨコのハロウィンイベントに参加して帰ってきた。
 なんで参加するって話になったか知らないが、末の賢弟から「俺とあっちゃんも同行するから大丈夫でしょ」とあらかじめ連絡をもらっていたので、まあ大丈夫だろ、と任せていた。
 シンヨコに来て×年、ここのトンチキの空気にもいい加減慣れっこのはずだ。そう思いつつ、こころのどこかでバカ騒ぎに巻き込まれてやいないか、末弟・妹と一緒にのっぴきならない事態になっちゃいないか、気になってしようがなかった。
 が、兄貴の心配は杞憂に過ぎなかったようだ。トオル、あっちゃんと現地解散したミカエラが、帰り道の途中、俺の仕事場──商工会の事務所に立ち寄った。
 ミイラ男に扮しつつビキニを着るイかれたコーデのミカエラを見て、俺の口から率直な感想が飛び出した。
「おー。すげえ格好してんな、オイ」
「ドレスコードに則った正装だ。どこがおかしい」
 ミカエラは、ほこりっぽい空間に顔をしかめ、帽子で空気を仰ぎつつ、俺の感想に険しい一瞥を寄越してきた。
 確かに、仮想として成り立ってる、なんなら、そこらのなんちゃって仮装より気合いが入ってる。何しろガチで体に包帯巻き付けた格好だ。でも、ミイラ男だってマイクロビキニ着用のアレンジは想像できなかっただろう。
「いやー俺は(どうでも)いいと思うけど。トオルになんか言われなかったか?」
「別に」
 ミカエラが素っ気なく答え、ぷいと横を向いた。末弟のあきれ果てた視線を想像し、あぁーあの顔されたんか、と呟く。ミカエラは帽子を被り直してギロリと睨みつけてきた。
「なんだ、何が言いたい」
「別に?お前のお守りを放り出さなかったトオルに、今度小遣いやらねえとなあと思っただけ」
「催しに誘ってきたのはトオルだぞ。私は、向こうのドレスコードにきちんと合わせて参加したのだ、愚兄にとやかく言われる筋合いはない」
「肌寒くなるとメソメソ引きこもる兄貴を心配して、誘ってくれたんだっつの」
「なっ……」
 不本意だと胸を張って言い返すミカエラに、俺はやれやれと首を振った。弟の心配が伝わってるようで伝わってないあたり、トオルにちっと同情する。ハロウィンに参加した動機は、ミカエラを心配して、だけじゃなかったろうが、弟の心兄知らずはいただけない。
 ミカエラは消沈して視線を落とし、「そうだったのか……」と反省モードに陥った。俺には寄ると触ると噛みつくミカエラだが、トオルの事となると素直に聞き入れ素直に落ち込む可愛げがある。だから、トオルもついつい構っちまうんだろう。その可愛げを、もう少し均等に配分してくれと思うが、何事にも諾々としたミカエラにあまりにいい思い出がないので、今のままでいい気もする。
 しょげたミカエラだが、すぐに顔を上げて俺を睨んだ。
「だいたい、貴様は何をしていたんだ。トオルは愚兄にも声を掛けたが断られた、と言っていたぞ」
「俺はハロウィンよりこっちが本番なんよ」
 どっかが主催してるハロウィンイベントが終わると、十一月だ。十一月には、酉の市がある。野球拳に代表される古き良き和の文化を重んじる俺としては、酉の市に出すテキ屋の準備が本命なのだ。本格的な冬が近づき、厚着になってきて、野球拳も大いに盛り上がるので、力も入ろうというものだ。
「あのイベント、退治人もわんさか来るんだろ?仮装したお姉チャンと勝負してるとこで、無粋な真似されたかねえしなあ」
 ひらひら手を振ってみせると、ミカエラはあからさまに不満げな顔をした。
「仮装イベントで仮装を脱がす奴があるか、そんなだから人間共に目を付けられるんだろう」
 ブツブツ文句を呟いているミカエラに、はいはいと適当に相槌を打ち返す。俺が帰り支度を始めるのをそわそわ待っている様子に、つい笑いがこぼれてしまった。弟妹とハロウィンを満喫してきて、いろいろ話したいらしい。
 俺は作業してた手を止めて、椅子から立ち上がった。着物と手の埃を叩くと、ミカエラに顎をしゃくる。
「一日作業して埃っぽくなっちまったし、お前んちの風呂貸して」
「フン、仕方ない。貸してやるが、館では私の言いつけを守ってもらう」
「ビキニ着ろ以外なら聞いてやらなくもねえぞ」
「……っ、一番肝要なルールをいつも踏み倒しおって、この愚兄め!」
 事務所のシャッターを下ろす後ろで、ミカエラがギャンギャン吠えている。が、聞こえないふりをしておいた。着てもいいがアレ一枚じゃ勝負にならねえ、と言うたびに、マイクロビキニは野球拳の衣装じゃない、と抜かすのでこの話はずっと平行線のままだ。
 仮装のままのミカエラと並んで、ぶらぶらと商店街のはずれから屋敷の方面に歩き出した。夜更けも近く、人間にとってはそろそろ三々五々に解散する時刻だ。最近は夜通し騒ぐ連中もいて賑わしいハロウィンだが、このあたりは住民も客層も行儀がいい。駅近くから家路についたと思しき、仮装した連中とたまにすれ違っては、ミカエラのビキニ着用ミイラ男を見てクスクスと笑ったりそれとなく指さしたりしていく。
「トオルの気苦労が忍ばれるねぇ」
「トオルからコメントはなかったが、あっちゃんには好評だった」
「兄ちゃん、あっちゃんの趣味が解らなくなっちまうな~コレで良かったの?ほんとに?」
「コレとはなんだ、完璧な仮装だろうが!」
 自慢の弟と怪異の妹と楽しく過ごせただろうミカエラの話を、時々おちょくりながら聞いてやる。
 退治人から呆れられたの、お菓子を横取りされたの、お菓子が尽きたのでいたずらされそうになっただの。一喜一憂の出来事を、低く浮かれた声が訥々と語る。
「連中、私が手ぶらと見て執拗に包帯を狙ってきたのだ、噛み付いてビキニにしてやった。が、動じないのだ。催眠下にあるはずなのに、我が軍門に下るでもない。どう思う?」
「ビキニのインパクトが薄れてんじゃねえ?慣れってのは怖いねぇ~」
「私の催眠が薄れているだと、そんな馬鹿な……!?」
 誰が能力の話をしてるんだよ。お前の催眠が劣化してたら噛まれた相手がビキニになってねえだろ。と内心でツッコミつつ、ミカエラの仮装を改めて見やる。しっかり結んであった腰あたりの結び目がほつれそうになっていて、俺は手を伸ばして包帯をちょいちょいと引っ張った。
「ほどけたらただのビキニに戻っちまうぞ~」
 くい、と引っ張った途端、引っ掛けてあった反対側の端がはらりとめくれる。アッ、と思ったときにははらりはらりと包帯が剥がれて、腰骨からヘソあたりに巻き付けた包帯が解けて、ミカエラの優美なふくらはぎあたりまで垂れ下がり、あっという間に両足に絡まった。
「ぎゃんっ!」
 低くあられもない悲鳴を上げ、ミカエラが盛大にすっ転ぶ。あーあー、と思いながら手を差し出すと、ミカエラはぺたりと座り込んだままぎろっと睨め上げてきた。
「愚兄め、何をする!」
「悪ィ悪ィ、不可抗力だって。……ん?」
 引っ張り起こしてやろうと手を差し伸べた俺は、転んだはずみではらはらとはだけた包帯の下、胸元の青褪めた肌を見た。
 ちょうどバストトップをつなぐあたりで、いつもならビキニの紐がぴんと張っている場所だ。が、包帯の下には紐も布もない。
「ミカお前、まさかとは思うが……包帯の下って?」
「素肌だ!だから解けないよう慎重に歩いていたのを、この愚兄め!めちゃくちゃになってしまっただろう!」
「……」
 俺は天を仰いだ。
 弟は、まがりなりにも一人前の吸血鬼だ。危なっかしくて見てられない時もあるが、言うて退治人がわんさかやってくるお祭り騒ぎ、手堅い感じで行くと思うだろ。それが。まさかの。
「全裸に包帯とビキニだけってお前、痴女じゃん。いや、痴漢か?」
「な、なに」
「いや、この際どうでもいいわ。なーんでそんな隙だらけで出てくかなあ?」
「ちゃんとビキニを着ているだろう!」
「いやいやいや、包帯引っ張られてビキニごとむしられて全裸のオチしか見えねえよ。あー、マジで賢弟が一緒で良かった。マジで」
「私がそんな無様を晒すと思うのか!」
 ギャンギャン吠えるミカエラに、俺はハァとため息ひとつ、ぺろりと垂れ下がった包帯の端をつまみ上げて、ぐいと引っ張った。途端、「ああっ」と声を上げて、ミカエラが胸元やら腰まわりやら両手で押さえ、その場に蹲ろうとする。
「ひ、引っ張るな!ちぎれたらどうするんだ!」
「えっ、ちぎれるって何が?」
「包帯がだ!」
「あ、そっち」
 俺は肩をすくめ、引っ張った白い布の端を放してやった。べそべそ泣き怒りながら、着崩れた包帯を巻き直そうとする。慌てているせいで、上手く包帯を巻き付けられずわたわたするミカエラに、仕方なくその場に屈んだ。ほつれた包帯を締め直し、背中や腰あたりの結び目をきつく結び直してやる。
 その間、たまに通りかかる人間が不審者を見る目で俺とミカエラを一瞥していく。
 ちゃんとミイラ状態に戻ると、ミカエラが涙目で睨んできた。俺は肩をすくめてみせた。
「な?脇が甘いってんだよ。退治人にやられて衆目環視の中でスッポンポンにされたら、泣くのはお前だろーが」
 まぁ、仮装をきちんとやろうと試行錯誤した結果の、全裸→包帯→ビキニの構成だったんだろうから、あまり責めるのも可哀想な気がしてくる。大事な弟の誘いに全力で応えた結果と思えば………いや、それにしたって隙がありすぎる。
「なんかあったら凹むのはお前なんだからな~、もうちょい危機感つーか……」
 ミカエラの肩を叩いて言い聞かせると、立ち上がって手を差し伸べる。
 俺の手を掴んだミカエラは、腕を引かれるままに立ち上がり、マスク越しでも解る涙目のままでじっと睨みつけてきた。これは、反論したいのに感情が昂ぶってうまく言葉を紡げないときの顔だ。包帯を巻いた喉のあたりが小さく震えて、言葉にならない感情を何度も飲み込んでいるのが解る。
 腕を組み、促す仕草で首をかしげると、口を開くより先に、俺の胸元にずいと指を突きつけてきた。
「おん?」
「そういう、貴様は!どうなんだ!」
「俺ェ?」
 急に矛先が向いて、目を丸くする。ミカエラはかんしゃく玉が炸裂したのか、勢いよく食ってかかってきた。
「そうだ!貴様は、退治人や他の人間共に負けたからといって、全裸で街を闊歩してるだろう!」
 なるほどそうきたか。俺はフンと鼻を鳴らした。
「ありゃあ、敗者のケジメだ。潔さの表れなんだよ。勝負事ってのは互いがルールを守る信用あって成り立つんだからな。じゃけんに負けたら脱ぐ。このルールは、昼と夜がひっくり返っても曲げられねえ」
 俺は腹の底からの信念をもって堂々と答えた。こればっかりは、ミカエラが泣きわめこうがトオルが呆れ果てようが、ビタイチ譲れねえ。この吸血鬼野球拳大好き様が世界に向かって通す筋ってやつだ。
 今まで再三言ってきて、弟たちもいい加減に観念しそうなもんだが……と思っていると、ミカエラがうう、と唸った。
「ミカ?」
「私が言いたいのは、そういうことじゃない!」
 低い美声が、静かな夜に悲壮なくらい響き渡る。腕組みして見やる俺をじっと見つめ返したミカエラは、強ばる舌を解こうと引き結んだ唇を震わせてから、言い募ってきた。
「私は、ずっと嫌だと、忌々しいと、思ってきたんだ……兄さんがありのままの姿を晒すのを、人間たちが好奇な目で見て、指さし笑いものにする、あまつさえ猥褻だの醜いだのと言い出す事態が、許せないのだ!」
「えぇー」
 全裸が猥褻なのは人間・吸血鬼関係なく共通認識だろ。と言い返したかったが、混ぜっ返せる雰囲気ではなさそうだ。ミカエラは涙をこらえて漲った目で俺を見つめて、続けた。
「人間と馴れ合っているせいで、兄さんの強さも美しさも、誤解されて、侮られて、そういう……そういう不本意な評価、出来事、すべてが!すべてが、ずっと嫌で、忌々しいと……ずっと、思っているのを、兄さんは少しも……」
 激しい語気をこめてぶち上げたミカエラの演説は、激しく言葉を重ねるごとに、首から上が紅潮していき、次第に尻すぼみになり、しまいには消え入りそうな掠れ声になっていった。ははぁ、と思わず感嘆してしまう。
 兄として弟たちを溺愛していて、弟たちにまあまあ愛されているだろうと自信もあったが、こうやってぶち上げられると「ははぁ」としみじみ感じ入った声しか出ないもんらしい。俺の負けっぷりを見て、愚兄だの恥さらしだのと怒り狂っていたミカエラが、内心でこんな事を思っていたとは。
 いや、うっすらそんな気はしてた。
 ミカエラが、俺の容姿や能力を高く評価している、いや、誇りに思い、思い詰めすぎてコンプレックスを抱いてるのは、まあ、なんとなーく知ってる。昔は、俺の容姿や能力に包み隠さず憧れの眼差しを向けてたくらいだ。
 でもそれも全部、昔の話。俺はそう割り切っていた。しかし、ミカエラは違ったらしい。
「ふーん。兄ちゃんの負け姿を笑われんのが嫌なんだなァ、ミカは」
「あ、当たり前だっ!身内の無様を見て喜ぶ者がいるわけないだろう!」
 売り言葉に買い言葉のテンポで、ミカエラが真っ赤になったまま真っ向言い返してくる。そうかあ、と覆面の下で笑う俺を見て、ミカエラは悔しさと照れくささが一緒くたになった表情になり、うう、と小さく唸った。
「ミカは勝ってる格好いい兄ちゃんが好きってことだな~」
 俺がニヤニヤしながら冷やかすと、ミカエラは一瞬言葉に詰まってから、いつもの調子で言い返してきた。
「好きとか、嫌いとかの話ではない、人間相手に恥をさらすなと言ってるんだ!」
 そうかいそうかい、と答えながら、ミカエラの帽子を取り上げて頭をぐりぐりと撫でやる。すぐ素直でなくなるのがミカエラの短所で、面白いところだ。やめろ!髪をかき回すな!と怒鳴るミカエラの肩を抱き寄せてると、マスク越しでも解るくらい、まなじりをつり上げてる顔を覗き込んだ。 
「解った解った。そんなら、じゃんけん強くならねえとなあ~。兄ちゃん負けないように、頑張るわ」
「……っ、そもそも野球拳などという愚行をやめろっ」
 いつものように吠え返したミカエラが、苦々しい顔で見つめてから短く咳払いした。
「愚行をやめて、私の計画に参加しろ。そうすれば、人間たちに兄さんのあるべき姿を披露できるんだ」
 視線に力を込めて見つめ返し、ミカエラはいつになく真剣に口説いてきた。俺も、へらへら笑いをひっこめて、ミカエラの赤い目を見つめ返す。
 ふざけた計画に、心の底から真剣に勧誘するミカエラの、この真摯さが、兄としても同胞としても、愛おしくてたまらない。
 可愛い弟、愛しいきょうだい、あわれな同胞。
 その全部が、俺にとってのミカエラなんだと、改めて噛みしめる。
 ミカエラの視線に期待と不安がゆらゆらと揺れ動くのを見届けると、俺はぱっと肩から手を離した。
「やーだね。吸血鬼野球拳大好きから野球拳を取ったら、ただの吸血鬼になっちまうだろ」
 突き放す仕草で答えてから、もう一度肩を抱く。抱き寄せたミカエラの体が、落胆にしぼみ、安堵に膨らむ手応えを感じた。ぴったり寄り添ってばかりじゃ、めいっぱい抱きしめられないし、並んで肩も組めやしない。そういう案配を、そろそろミカエラも解ってきてる気がする。
 少なくとも、ミイラ男に扮した吸血鬼マイクロビキニと肩を組んで歩けるのは、世界広しといえども、吸血鬼野球拳大好くらいってことは、多分解ってるはずだ。
 ミカエラは妥協に妥協を重ねた苦渋の声で呟いた。
「ならせめて、最後の一枚をビキニに」
「いやいや、最後の一枚がビキニなんて風情がなさすぎるだろ」
「くっ……、愚兄にはビキニの美学がわからんのか!屋敷に着いたら、みっちり教え込んでやるからな!」
 また口うるさくビキニを布教してくるミカエラの話を、右から左に受け流しつつ、つらつらと垂れるご高説のリズムに合わせて並んで歩く。
 足下で、駒下駄を転がす音に合わせて、ほどかけた包帯の切れっ端がひらひらと踊っていた。

[了]

UnsplashTaylor Foss

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