本部の方からともかく人手が要る作業があるので、と呼び出しがあり、南方と門倉は仕方なく朝から出かけた。
門倉はもともと予定のない日だったが、南方は久々の非番待機で一日のんびりすると前から宣言していただけに、残念な知らせだった。部下の送迎はない。號数持ちの立会人だけが呼び出され、普段同行する部下たちは対象外だ。しかも、集合先は本部のある都内ではなく、二十三区外の山奥だった。ちょっとした日帰り旅行の行程になる。僻地での賭郎勝負もよくあるので、場所が都内中心地でなくてもおかしくはないが、もっと早くに言ってくれれば、と南方は地味に本部を恨んだ。
「突発でねじ込む予定やないのぉ」
門倉は連絡を受け、慣れた様子でテキパキと支度しながらぼやいた。南方は警察の突発出張と同じノリで着替え込みの荷造りし、小型のスーツケースに詰め込んだ。
それを見た門倉は「じゃからおどれはケツの穴が小さいいうんじゃ」とせせら笑った。
門倉の荷物は、手提げのボストンバックひとつきりだ。もし泊まりになったら、などという慎重さのない荷物だ。南方は肩をすくめた。
いざ部屋を出ようとしたタイミングで、弥鱈と銅寺を拾うようにと、追加の指示が送られてきた。足のない立会人ごと、まとめて移動して来いということだろう。
「えらい荷物が増えたねぇ、運転手サン」
門倉が面白そうに茶化す。車を出すのも南方で、運転手も南方が務めるので、南方には嬉しくない知らせと踏んだのだろう。
南方としては、自分が運転席固定になれそうで、逆にありがたかった。
門倉も運転する。というか、運転するのが好きなタイプだ。だからなのか、南方の車で出かけるとき、やたら運転したがる。だが、南方は絶対に門倉にハンドルを握らせようとしない。これまで、何度かハンドルを任せて、えらい目に遭っていた。速度違反、危険運転、などなど。
南方の中で、門倉は道交法上の前科者扱いなのだ。わざとやっているのか、運転に性格が出ているのか、今のところ定かでない。南方の見立てでは、多分わざとだ。
平日早朝の都道は、通勤渋滞もまだなく、スムーズに流れていた。
南方の予想通り、門倉が交流地点まで運転させろと言ってきたのを、ほぼ無視して走らせた。出発してからも、「ワシの運転のどこが気にいらん言うんじゃ」と助手席で不満げな門倉を、南方は法定速度を遵守しつつ、一瞥寄越したきり相手にしなかった。明け方の空いた幹線道路になど繰り出したら、どんな危険運転を始めるか解らない。今はちょうど、所轄の交通課が点数稼ぎに繰り出している時期だ。同業の厄介になるのは、絶対に御免被りたい。
常識的速度で走る車と並んで、危なげない速度で走らせる南方の隣で、門倉は頬杖をついて顎をしゃくった。
「お巡りのとろい走りしよるのぉ」
「わし一人ならともかく、お前を乗せて切符切られるんはかなわん」
「おもろぉない奴じゃの」
いかにも退屈という顔でそっぽを向いた門倉に、南方は苦笑いした。こればかりは表向きの立場上、どうしたって譲れない。譲れない自分に無理を言って面白がっている門倉には、なんとなく愛嬌があった。
弥鱈と銅寺と合流するはずのランドマークに予定時間より早く着いてしまい、目立たない路地に路駐してから、車内で待つ。まんじりとしない沈黙のあと、門倉が車を降りた。ドアを閉めてから下りてこない南方に、鋭く窓ガラスを叩く。
窓を開けると、門倉が体をかがめて覗き込み、つっけんどんに言った。
「コーヒー買うてくる」
「ああ。なら、わしも」
二人して、近くのテナントとオフィスを併設したビルに入る。開店時間前で、カフェ以外の店はシャッターが閉まっており、人通りもなく、しんとしている。ビルのオフィスエリアに早朝出勤してきたサラリーマンがまばらに座っていて、店内全体がまだ眠たげだ。店員だけは、しゃんとしていて、愛想よく接客している。
二人とも、黒服の上に冬物コートを着ているので服装も目立たず、南方は完全にビジネスマンに見える。眼帯した左目を前髪で隠している門倉は、ビジネスマンには見えないものの、隣にいる南方といかにも同僚の雰囲気を醸し出しているので、強烈な違和感はない。
並んだ二人に、二十歳くらいの店員が溌剌と「おはようございます」と朝の挨拶をした。ここは、客とコミュニケーションするのが売りの店なのだ。
「おはよう」
南方が礼儀の範囲で応える。サービスを受け慣れた鷹揚さを、門倉がちらりと横目で見やった。
「朝食はお済みですか? もし良かったら、こちらの新作サンドイッチがお勧めです」
「じゃあ……」
「私はコーヒーで。他のメニューはお前に任せる」
「……」
南方の脇に控えていた門倉が、店員に応対した南方よりも鷹揚に口を挟む。途端、風変わりな上司と面白みのない部下、という関係性が二人の輪郭にぴたりと貼り付いた。
ちらちらと二人を窺っていた店員は、ぱっと見で南方を上役と思っていたのだろう。営業に支障ない程度に驚きの表情を浮かべてから、にこやかに接客を続けた。
「お持ち帰りですね」
「ああ、……じゃあ、そのサンドイッチを二つと、コーヒーと……」
門倉は注文する南方を見届けると、つかつかと店から先に出ていった。さらっと支払いを丸投げした門倉に、南方は仕方なく財布を引っ張り出す。
「これから彼と出張でね」
オーダーを通す店員にカードを出して呟いた南方に、店員は最初と変わらない、にこやかな表情で頷いた。
「上司の方と出張、大変ですね。頑張ってください!」
無邪気な勘違いで気遣う店員に、南方は可笑しくなってしまった。
もし、どちらの立会人が上役と勘違いされるかを勝負していたら、自分に賭けた会員は自分の不手際で負けるわけだ。架空の勝負ですら負ける自分に自嘲する。同時に、門倉に賭けないような眼力のない会員は、早々に退場してしかるべきだとも思う。
受取場所の目印のランプしたで、手持ち無沙汰に店内を見回す。門倉は、店外に数卓出ているテラス席の一つに腰掛けて、人通りのないビルの正面口周りを眺めている。髪を下ろして、戦意を表す鶏冠のごとき髪型をやめたせいか、逆に寒々しく見えた。
ふと気がつくと、門倉は一人でいる。意識して孤高を気取っているわけではない、ただ、南方が気づいた時には、背中を見せて先に行ってしまっているのだ。
そもそもの始まりから、そういう距離だった。
だが幸い今は、気づけば追いかけて隣に並べる距離で繋がっている。
「お待たせしました」
店員に声を掛けられ、南方は二つに分けた手提げを受け取った。
店の外で待つ門倉に声を掛ける。
「行き違いになると厄介じゃけぇ、はよぉ車に戻ろ」
座ったまま見上げた門倉の鼻先は、もう赤くなっていた。
店から車に戻る途中で、門倉はコーヒーを欲しがった。外にいて、手先が冷えたらしい。立会の時の白手袋をしていない、門倉の手は喧嘩なれした頑丈な、関節のラインが綺麗な手をしていた。
コーヒーを袋から出して渡してやると、門倉は南方の分の紙袋を引っ張って覗き込んだ。
「何買うたの?」
袋の中にはサンドイッチ、一番小さいサイズのコーヒーに、カフェが看板商品で売り出しているフローズンドリンクが入っている。新作が出るたびにSNSで話題になっている商品だ。
門倉も以前、斑目貘に頼まれて買いに行ったことがある。夏の暑い盛りで、そのときのフレーバーは果物ベースだった。だからか、門倉の中では氷菓のイメージが強い。通年やっているのは知っていたが、寒い時期にわざわざ飲もうとする酔狂な人間が、自分の周囲にいたことに心底驚いた。
門倉は紙袋からカップを勝手に取り出して眺める。クリームの上にチョコソースがかかっていて、コーヒーというよりチョコレートの味を思わせる色味と香りがする。見るからにこっくりと甘そうな代物だ。
手にしたカップと南方を交互に見てから、「おどれは何なん?」とあきれ顔になった。
「いや、急いで出てきたせいか甘い物が食べとうて……」
「女子高生か」
「運転するんはわしやぞ? 頭がしゃんとしとらんと、危なかろうが」
もっともらしい言い訳をする相手を、門倉は鼻で笑った。南方は、放っておいてくれとばかり、カップを奪い返して紙袋にしまい直す。
やいやい言い合いながら路地まで戻ってみるが、待ち合わせ時間まで、まだ十分時間が余った。弥鱈一人なら解らないが、銅寺が一緒なら時間前に集合するかもしれない。銅寺はなんというか、賭郎にあるまじき常識的側面と、何かがズレてしまった非常識を兼ね備えた男だ。彼のアンバランスを上手く言い表すのは、誰でも難しい。
そんな銅寺と弥鱈は、どこかが上手く噛み合うのか、よくつるんでいる。
二人のどっちも、南方の車を覚えていないだろうということで、目印として車の前に立っていることにした。
コーヒーを啜りながらのんびりサンドイッチをかじる門倉の隣で、南方は同じものを三口で頬張り、小さいコーヒーで流し込んでしまう。むぐむぐと口いっぱいに頬張って、ろくに咀嚼せず飲み込む。パンの固まりを飲み込むと、ごくり、と漫画みたいな音が喉仏あたりから聞こえた。
空腹のあまり急いで食べたというより、早食いが習慣化しているのだった。食事を外で済ませるシチュエーションに、意味もなく急かされてしまったのもあった。
隣で様子を見ていた門倉は、改めて呆れるとも感心するともつかないため息をつく。
「腹具合がおかしゅうなっても知らんぞ」
「慣れとる」
指摘されても、南方は平気な顔でコーヒーを啜って呟いた。早食いのことか、腹具合が悪くなることか、どっちとも取れる答えに聞こえる。南方は、腹に収めた食べ物のこなし具合を頓着せず、立て続けにフローズンドリンクにも口を付ける。
門倉は眉をひそめて、嫌そうに呟いた。
「じゃけぇ、太るんじゃ」
「太っとらんわ。標準体重圏内じゃ」
「ハッ。上にのし掛かられとる方からしたら、信じられんのぉ」
門倉はせせら笑って、南方の余裕ぶった台詞を一蹴する。そして、ふと悪戯を思いついた顔で、足先でコートの上から南方のふくらはぎを撫であげる。
南方が、ぎょっとして振り向く。
笑っている門倉の口元は、マヨネーズの汚れとコーヒーの熱さのせいで、さっき見たよりずっと血色が良い。片目は子供っぽい笑いの形に細められていた。南方は、何かを考えるより先に、次の一口をかじろうとした門倉の唇を、素早く横取りした。急いで摂る食事の一部みたいな短いキスのあと、サンドイッチの香辛料やコーヒーの残り香がする舌を熱心に舐る。
「……、ん……」
コーヒーカップとサンドイッチで手の塞がった門倉は、なすすべないフリで、南方が食べたいだけ舌を食ませてやった。チョコレート味がする南方の舌は、食事の前につまみ食いするデザートの味がする。甘苦い後ろめたさの入り交じった愉快な充足感。ただし、後ろめたさは南方の口から溢れてきた。門倉はただ、その甘さを堪能するだけだ。息づかいを感じるうち、自分も腕で相手を確かめたくなってくる。両手が塞がっているのが煩わしくて、飲みかけのコーヒーを捨ててしまい衝動に駆られる。
息継ぎに口を離した間に、至近距離で目が合う。南方が急に我に返ったように瞬きして、寄せた体を引いた。
「……味が混ざったのぉ」
門倉は舌に馴染んだチョコレートの匂いをぺろりと舐めた。つまみ食いなのだからすぐ終わるものだし、名残惜しくて手放しがたいのも当然だ。もう一口欲しくなる欲望を喉で転がしつつ、南方の顔を覗き込む。
「すまん」
南方は、ばつの悪い顔のまま更に視線を逸らす。はしゃぎすぎて叱られた犬を思い出させる態度に、門倉は小さく吹き出した。
「そがぁに、ワシが旨そうに見えたん?」
「だから、謝っとるじゃろ」
むきになって言い返す南方に、門倉はその膝裏を軽く蹴っ飛ばした。
「嫌なら、とっくに膝折っとるわ」
「……!」
振り向いた南方が、名前を呼びたそうに口を開きかけて、ぐっと引き結んだ。呼んでしまったら、止めどなくこみ上げるものに突き動かされると解って、踏みとどまった表情をする。
門倉はふふと笑いながら、冷め始めたコーヒーに口を付けた。
自分に対して妙なところで勤勉な南方が、愚かでたまらなく愛おしい。早朝の寒気に晒されているせいで、ぬるま湯の幸福がたいそう快かった。
食べ終えて少しした頃に、通りの反対側にある、地下鉄の出口から黒服の二人組が出てくるのが見えた。小型の旅行キャリーを提げた銅寺と、猫背に膨らんだバックパックを背負った弥鱈だ。
二人の装備を見て門倉は舌打ちし、南方は笑った。二人とも、完全に旅行にいく時の手荷物だった。
車が途切れたのを見計らって、広い車線を横断して駆け寄ってくる。
「お巡りの前で道交法違反とは良い度胸じゃのぉ」
門倉が南方の威を借りて、ニタニタ笑いながら皮肉を言う。銅寺はハッとして、南方に会釈した。南方は構わないと言う代わりに手を上げる。門倉ではなく、南方の立場に敬意を示す銅寺を横目で見ていた弥鱈は、やる気のない怠い目で門倉を見やる。
「警察は身内に甘いって聞きましたけど。私ら、南方立会人の身内じゃなかったんです?」
「それは……まあ」
門倉でなく南方が、思案顔になってから、曖昧に返事をした。
警察と賭郎の身内感にはかなり開きがあるのだが、弥鱈の言うことは解らなくもない。何より、門倉と自分が身内とくくられる嬉しさは、何度でも噛みしめたくなる。
門倉は南方をジト目で睨む。弥鱈に情緒を読まれて上手い具合に転がされている様に、それが拾陸號のする顔か、と内心で毒づいた。口には出さず、脇腹めがけて割と強めの肘打ちを決める。
不意打ちされ、南方は腹を庇いつつ抗議する目で門倉を振り向いた。理不尽な暴力と思ったらしい。
「馴れ馴れしいんじゃ、クソガキ。ええから、さっさと乗れ」
顎先を上げて見下しつつ、弥鱈たちに顎をしゃくった。
弥鱈が後部座席のドアに手を掛けてガタガタ揺するので、南方は慌ててキーロックを解除する。トランクに回り込んだ銅寺が、はきはきと声を掛けてきた。
「荷物、後ろに詰めます?」
「ああ。今、トランクを開ける」
南方が銅寺のキャリーの積み込みを手伝っている間、いの一番に乗り込んだ弥鱈と、助手席に陣取った門倉とが、背もたれ越しに無駄な攻防を繰り広げていた。シートを後ろにやろうとする門倉に、弥鱈が長い足を器用に折りたたんで、革靴のまま背もたれを蹴っ飛ばす。
やめてくれ、とトランクの方から南方が情けない声で制止した。
「悠助君。ダメです。これ、南方立会人の車です」
「はぁ。それなら、まあ……。あのー、門倉立会人。もっと足を折りたたんでもらえます? 歳で関節が硬くて無理ですかね?」
「口の減らんガキじゃのぉ」
門倉の一言に、弥鱈は足をおろし、バックパックの底で背もたれをゴリゴリと押す。後部座席の隣に乗り込んできた銅寺が、悠助君、と腕を引っ張って首を振ってみせた。
弥鱈はわざとらしいため息をつくと、バックパックを抱えて中からアイマスクを引っ張り出して装着した。車内の一切に関知しない、という態度で、バッグを抱えて背中を丸める。道中、眠って過ごすつもりらしい。
運転席に乗ろうと南方がコートを脱ぐと、銅寺が後部座席から手を伸ばして預かる。礼儀正しく親切な銅寺の対応に、南方は本庁の女子事務員にも見せないような柔和な笑顔を見せた。
「ありがとうなぁ」
横目で見ていた門倉は、無言のまま窓の方を向く。
まだ眠っていなかった弥鱈が、低くぼそぼそした声で、しかし、はっきりと呟いた。
「はー、南方立会人の運転でよかったです。安心して寝てられそうです」
「おし。南方、運転変われ」
「いけん。車検終わったばっかなんじゃ。お釈迦にされた堪らん」
ハンドルを奪い取ろうとする門倉の手を、南方はぴしゃりと叩く。叩いた南方の頭を、門倉がゴチンと殴る。
「ヤンキーの喧嘩ですよ!ねえ、悠助君!」
銅寺が目を見開いて口走り、隣の弥鱈を揺さぶる。弥鱈は無視を決め込んで無言だ。
南方たちをじっと観察していた銅寺が、急にハッと思い出した顔になった。前方でやいやい言い合う二人に、挙手して口を挟む。
「あの。門倉立会人、運転お上手ですよね。僕は乗せてもらったことがあるので、知っています。静かで熟睡に適した運転でしたよ。あれ? 南方立会人はご存じない?」
自信を持って経験談を打ち明けた銅寺に、アイマスクの弥鱈が小さく吹き出す。門倉が「黙っていてくれ」という顔で、年下の立会人を振り向いた。銅寺は、苦い顔をしている門倉をしばし見つめたが、何テンポか遅れて察し、きゅっと口を引き結んで短く頷いた。
目顔でなくジェスチャーで応じる性根の素直さに、門倉は唸る代わりに軽く天井を仰いだ。この善性を備えたまま立会人をやっているのだから、恐れ入る。
門倉の様子だけでなく、銅寺の反応もバックミラー越しに見ていた南方は、ため息のような笑い声を洩らした。
門倉が無茶苦茶な運転をするのは、二人きりの時に限ると弱い確信はあった。そうじゃなかろうかという、ごく淡い、希望的観測だ。それを他人が証明してくれる日がくるとは。
ちらりと隣を見れば、門倉は素知らぬ顔でそっぽを向いている。
「あのー。さっさと出発してくれません?」
アイマスクをして眠る準備万端だった弥鱈が、いつまでも走り出さない車にうんざりした調子で催促した。門倉は足下に置いたカフェの紙袋を、ゴミごと後ろに向かって放り投げる。弥鱈は見えてないのにひょいと避け、銅寺のところに落ちる。銅寺は紙袋を広げ直すと足下に据えてゴミ箱代わりにして、何でもないような顔をした。門倉の仕返しは、二人の後輩の前にあっけなく空中分解した。
南方は、騒がしい隣と後ろを後目にエンジンをかけてナビを確認しつつ、ちらりと門倉を見やる。門倉は憮然として頬杖をついている。他人を相手に、こうも上手を取れない門倉を見るのは珍しい。機嫌良くないが、不機嫌というほどでもない様子だ。
勝負でもなければ立会でもない、公私のグレーゾーンのような空間で、門倉の精神が寛いでいるのが伝わってきて、南方の表情が少しほころんだ。
安全運転でなめらかに走り出した車に、門倉は座席に沈み込む。しばらく、南方のハンドル捌きを堪能してから、妙に得意げな口ぶりで呟いた。
「南方の運転も、まあまあ悪うないのぉ」
[了]
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