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秘密のメイド服

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「南方。そういえばお前は、メイド研修がまだだったな」
 本部に報告書を提出しに行った南方は、能輪美年から突然そう言われた。
「は?」
「近々、最上立会人の新しい黒服が研修を受ける。ちょうどいい、お前も参加しておくように」
 何を言われたか理解できず固まっている南方を余所に、能輪は同席していた棟耶に目配せした。棟耶が頷き、執務室を出て行く。
「あの……能輪立会人。今、なんと仰いましたか」
「お前はまだメイドの研修を受けていなかったろう、と言ったのだ。受けたのか?」
「受けていませんが……メイド?」
 話についていけない南方が訊き返す。そこへ、棟耶が衣装箱を抱えて戻ってきた。話から取り残され途方にくれている南方に、ずいと差し出す。棟耶から差し出されたら、受け取る以外の選択肢はない。南方は仕方なく箱を受け取った。
 見た目より重たい衣装箱に、イヤな予感がする。
「日程は棟耶から頼む。儂はお屋形様に報告してくる」
 能輪が部屋を立ち去る、見送った南方は救いを求めて棟耶を振り向いた。しかし、頼みの上司は日時と場所を簡単に説明し、遅れないように、と定型文の注意をしたのみで、他にはなんの説明もない。
 絶句する南方を見た棟耶は、慰めか励ましか解らない、淡々とした口調で言い添えた。
「昔、私も受けた研修だ。難しくはない」
「はぁ……」
 そうですか、と答える以外、どうしろというのか。
 南方は、両腕に抱えさせられたずっしりした衣装箱を、不気味な玉手箱でも見るように、怖々見下ろした。
 
 
 衣装箱を提げて自宅に帰ってきた南方は、玄関に上がると、ひとまず箱を廊下に置いた。南無三、と唱えながら蓋を開ける。半分も開けないうちに、白いフリルが目に飛び込んでくる。ぱたん、と箱を閉じ直すと、さっと小脇に抱えた。
 ドスドスと荒々しい足音をさせて、リビングに駆け込む。
「オイ! 立会人は女装も仕事のうちなんか!?」
 駆込み訴えの先は、リビングで休日を満喫している同僚兼同居人だ。リビングとキッチン全部の照明を点けた明るい部屋の、真新しいソファで寛ぐ男は、駆け込んできた南方を振り向いたきり、おかえりの一言もない。南方が帰宅の挨拶をすっ飛ばすと、門倉はいつもこういう対応をする。
「判事が、わしにこんなモンを……」
 助けてくれ、と隠しもせず訴える南方に、門倉はふうんと適当に返事してから、半身向き直って見上げた。
 抱えている衣装箱を見ると、挨拶が吹っ飛んだ事情を理解して、冷ややかだった表情が緩む。
「なんじゃ。メイド研修、まだやっとらんの?」
「そもそも研修あるのが普通みたいな言い方するなや。おかしいじゃろ」
 意外そうに答えた門倉に、南方は憮然と言い返す。まるで、こちらの常識が足らないかのような口ぶりではないか。
 曲がりなりにも勤め先は官公庁だ、常識に関しては自分に間違いがないと信じている南方である。おかしい、ともう一度訴えると、険しい顔をしていた門倉が、じっと無言で睨み返してくる。
 数秒、謎のにらみ合いを続けてから、門倉が「ウソじゃろ」と小声で呟いてから、塞いでない片目を見開いた。
「礼儀作法の研修で、どこでもやっとるじゃろ」
「せんなあ」
 わざとではない門倉の反応に、南方が顔を引き攣らせる。門倉は、今度こそしっかり南方に向き直って、言い返した。
「フツーの会社はせんようになった、とは聞いとるけど」
「そもそもやっとらんのじゃ、どこの会社も」
「お前ンとこはそうかもしれんが、やっとる会社もあるじゃろ!」
「ないわ」
 南方は、門倉が突拍子もない常識をまるっと信じていることに、呆れるのを通り越して心配になった。門倉は、学生の身分のまま上京し、いきなり賭郎と裏社会に飛び込んで、ここまでトントン拍子(?)で来てしまった男だ。一般常識を取り落としていてもおかしくない。一方、南方は手堅いエリートコースを駆け上がってきた。今や、表社会にいながら裏社会の事情を把握できる立場にいる。この差は大きい。
 南方が、煽りではなく本気で気の毒そうに見下ろすと、門倉の顔に珍しくはっきりと不安がよぎった。
「……おかしいとは思っとったんじゃ。でも、誰も何も言わんし。判事は、自分もやったと仰っていたし。御大は、行儀の勉強はなんぼでもしたらええと勧めておられたし」
「お前、年上の忠告にはまっこと素直じゃものな……」
「御大に、みっともない所作が直るだろうと言われたんじゃ! そういうもんか、と思うじゃろ!」
「うーん……」
 南方は難しい顔で、研修の内容を想像した。門倉の様子を見るに、会員向けの心得や礼儀作法を教わる研修なのだろう。賭郎会員は、社会的地位があり、人に傅かれて当然の感覚でいる人物が多い。最低限のTPOマナーがなっていなくては、賭郎の信用と品位に関わる。おそらく、新社会人が会社で受けるビジネスマナー講習にあたるのかもしれない。
(だとしても、男にメイド服は要らん)
 賭郎のOJTとは一体、と南方は閉口して首をひねる。なにかこう、誰かの悪戯心が感じられる気がした。
 先代・燵器の遊び心を当代・創一がそっくり受け継ぎ、もう一人のお屋形様・斑目貘も面白がって止めなかったので、未だに残る慣習である云々は、南方も門倉も預かり知らぬことである。なお、命じた能輪や棟耶は知っている。
 それより南方は、門倉がこれまで誰からも疑問を呈されなかったことを、怪訝に思った。聞けば、拾陸號のときから会員に一定の人気があったという。ならば、心ある会員が訂正してやる機会はいくらでもあったはずだ。なのに放置されていたのなら、作為的だとしか思えない。
 それについては、この場で議論しても仕方ない。今そこにある危機の当事者は、南方なのだ。
「まあええわ。そいで、わしはどうしたらええと思う。着るんか? この箱の中のを」
「見してみ」
 門倉がこいこいと手招きする。南方は大人しく衣装箱を持っていき、差し出した。そのまま門倉の隣に腰を下ろす。
 門倉が蓋を開ける。さっき南方がチラ見して目をそらした服を、躊躇せず、次々に取り出していく。「クラシカルスタイルじゃな」とか「この着丈の用意、あったんじゃのお~」とか「ドロワーズが旧式やの」とか、あれこれ言いながら、一通り中身を改めていく。さながら、他校の制服を珍しがる学生の浮かれた口調だった。
 南方はずっと難しい顔をしていた。
 面白がっている門倉は可愛い。服装も可愛い。が、それを着る事態はちっとも可愛くない。
 だが、目の前に広げられた制服は、間違いなく南方の身幅背丈に合わせてありそうだった。巨大なワンピースやエプロンやドロワーズ(というのを南方は今初めて知った)、リボンにホワイトプリム、ヴィクトリア朝が舞台の英国ドラマに出てくるメイド服そのままだ。最後に、極太のシルクストッキングと頑丈なガーターベルトが出てきて、本当に着なくてはならないのだという現実が、嫌な重みでのしかかってきた。
「着方、わかるか?」
「想像はつく……いや。やっぱり、全然わからん」
 一瞬、要らぬ見栄を張りそうになった南方だが、大人しく降参しておいた。ここは経験者にまるっと聞くのが一番だと、直感が訴えている。
「へえー、想像はつくんやねえ。おどれ、むっつりスケベやしのぉ」
 ストッキングやドロワーズを摘まんでニヤニヤしている門倉に、南方は腕組みして口を尖らせる。
「そういうのは関係ないじゃろ」
 いつの間に自分のサイズを……と思いながら、ワンピースをつまんでゲンナリしていると、門倉が視線をあさってに向けて思案顔をした。おもむろに手を打つと、
「待っとれ」
 そう言い置いて、物置になっている洋室にそそくさと向かう。
 同棲し始めてから、門倉が持ってきた私物は何もかも、使っていなかった洋室に放り込んであった。もはや、門倉専用の物置である。
 中に何があるのか、南方はあえて改めずに放置していた。会員からのもらい物、表の仕事での贈答品など、義理や付き合いの問題で手放すのが難しい物品を置いているのだという。やたら服や小物が多いのは、門倉を飾り立てたい人間がいかに多いかを表していた。
 やがて、門倉が衣装箱を抱えて戻ってくる。南方が見守るなか、ソファに置いて蓋を開けてみせる。
 中身はやんぬるかな、メイド服だった。
「……」
「最後の研修ん時にセンセから貰うたんじゃ。卒業証書みたいなもんじゃのう」
 門倉がしみじみと呟く。億劫そうに立ち上がるや、いきなり上下のスウェットをぽいぽいと、下着ごと脱ぎ捨てて全裸になった。
「か、門倉!?」
 ぎょっとした南方に、門倉はニタリと笑って一瞥する。
「お手本、見せたろうと思うてな。ありがたく拝め」
「えっ、ああ、それは、いや、ありがたくはあるが……」
 躊躇無く裸になった門倉に、南方は上の空で答えながら、視線があちこち目移りしてしまう。南方の視線に気づいているのかいないのか、門倉は構わず、箱からメイド服一式を取り出し、不足がないか、サイズがいけそうかを点検し始めた。
 門倉の一枚絵といったら、ツメエリに鶏冠の凜々しい不良姿である。髪を下ろした門倉に慣れるのにもそこそこ時間を要したのに、メイド服など着られたら、どうなってしまうのか。
 南方は、知らない門倉の一面をまたひとつ見ることになり、不安と期待のどちらか解らない動悸に、喉を鳴らした。
 研修を受けただけあってか、門倉の着替えはよどみなかった。全裸にガーターベルトを着け、ドロワーズを履き、絹のストッキングに脚を入れる。透け感のない白い布地に節くれ立った足先を入れていく、忍びやかさ。ガーターベルトでぴっちりと止める仕草。それら下着類を、飾り気ない黒のワンピースで覆い隠す。彩りの代わりとばかりにくくりつけられる、フリルエプロンのコントラスト。最後に、これは門倉の愛嬌だろう、立会人の手袋を嵌めてみせる。だが、ホワイトプリムは被らないようだ。
 と思いきや、堅いカチューシャを、ずいと南方に差し出してきた。
「つけてくれ」
 そう言って、ひらりとその場に片膝を突く。ワンピースの裾は派手に膨らんだり翻ったりせず、門倉のがっちりした体格に沿ってすとんと落ち着き、片膝立てた姿勢をすっきり魅せる。
 南方は、顔にかかる髪をなるべく後ろに押さえるようにカチューシャをあてがい、傷跡に気をつけながら、清楚なホワイトブリムを頭頂で押さえる。
 すべてを装着した門倉は、すっくと南方の前に立ち、腕組みした。
「どうじゃ」
 そう言って、顎先を上げて見せる。召使いにあるまじき、不遜な態度だ。
「不良のメイドにしか見えん。チップをカツアゲしそうじゃ」
「おどれに召し仕える義理はないけぇの」
 せせらわらった門倉は、南方の後ろに広げてあるメイド服を一瞥した。着替えてみせろ、ということらしい。南方は険しい表情で衣装を見てから、門倉を振り向いた。
「……わしもか?」
「は? なんのために実演してやったと思うとるんじゃ、ボケ!」
 舌打ちした門倉が、まなじりを吊り上げているのを見て、南方は観念した顔で「わかったわかった」と両手をあげる。ここまで来たら、腹をくくるしかなかった。
 本来の戦闘服──登庁用のスーツ一式を脱ぐと、初めて触る装備品たちの前で正座する。ハァー……と往生際の悪い溜息をつくと、隣に仁王立ちする先輩メイドが、厳しい声でぴしゃりと言いやった。
「下着も脱げ。そいで、ガーターベルト、次がストッキング」
「おう」
「返事は、かしこまりました、じゃろ」
「……かしこまりました」
 完全に面白がっている門倉に、南方は今度こそ本当に観念した。
 無駄にレースや装飾で縁取られたパーツを身につけながら、まあでも門倉とお揃いなのは悪くない、などと、ちょっと惚けた気持ちにもなる。
ストッキングをガーターベルトで止めて、ドロワーズを履き、ワンピースを頭からかぶる頃には、制服だからかさほど抵抗感がなくなっていた。胸周りがきつく、うまく下ろせないワンピースに悪戦苦闘する。
「これじゃけえ、肥えるな言うんじゃ」
「知らんよ、というか別に肥えとらん、寸法がおかしいんと違うか」
「賭郎に入るとき、身体検査されとるじゃろ」
「されたな」
 南方は答えながら、上半身の力を抜き、筋肉の張りを抑えて、どうにかワンピースを引き下ろすのに成功する。脇のチャックをあげようと四苦八苦していると、門倉が仕方なさそうに隣に回り、ファスナーを上げた。
「メイド服は、あん時の寸法で作っとる。つまり、賭郎入りした時から肥えた、っちゅうことなんよ」
「……筋肉がついたんじゃ」
 嘘ではない。筋トレを増やしたので、全身の筋肉量は増えている。が、服がキツくなったことに変わりは無い。言い訳がましい南方の言葉を鼻で笑い、門倉は「早速メイド失格やのお」と揶揄った。
 
 
 すぺて着替え終えると、南方はもうそれだけで、ぐったり気疲れして肩を落とした。スカート部分の重さと、その中の風通し良さに、まったく落ち着かない。
 門倉はソファに腰掛けたまま、仁王立ちでそわついている南方を、上から下まで何度か眺めた。
「回ってみ」
 門倉が顎をしゃくって指示する。南方は従順に、その場でくるりと一回りする。じろじろ眺めてからソファから立ち上がると、肩を小突いて後ろを向かせ、歪んでいるエプロンの結び目を解いて止め直す。
「いちいち、スマンな」
「ええよ。どうせ研修で、出来るようになるまでやらされるんじゃ」
 経験者として脅してくる門倉に、南方が振り返った。一体どれくらい厳しい研修なのか。ますますもって、想像がつかない。
 なんでもない顔をして眺めている門倉に、南方がぼそぼそと呟く。
「にしても、この……服の構造は、どうにもならんのか? 股ぐらが落ち着かん……」
 着終わって最初に南方が根を上げそうになったのは、ドロワーズの構造だった。いわゆるオープンクロッチになっていて、股間部分にはなにもない。ドロワーズは、パンティのようにぴったりしていないし、トランクスの風通しよさとも違う。だぼっとした着心地なうえ、尻の半ばまでぱっくり割れているのだ。男体には都合がいいと言えばいいが、なんというか、「何も無い」造りをしている。
 門倉が、素肌にそのまま着けるのを見ていたので、着方は間違っていない。南方は、メイド服のまま足を開いてソファに腰かけている門倉を見やった。しれっとした顔で平然としているが、門倉も今、ワンピースの下は同じ状態のはずだ。
「……」
 エプロンをつけた腰回りに視線が向いてしまう。
 南方の視線に、門倉が立ち上がり、腕をつかんできた。南方を、体ごと正面に向き直らせる。
「わかっとらんのう」
 掴んだ手をぐいと腰に回させると、エプロンとワンピースをまとわりつかせた脚を、脚の間に割り込ませた。はらりと波打ったスカート生地は、門倉の太ももから膝になめらかに張り付き、逞しさを浮き立たせる。
「おどれが想像してるようなコトのために、こういう造りなんじゃろ」
 引き寄せた南方の耳もとで、可笑しそうに笑ってから、「試してみるか?」と耳打ちする。
 南方が、自然に伸びた腕を門倉の背中に回すか否か迷っている間に、門倉が片手で南方のホワイトプリムを引っぺがし、横に退けた衣装箱に放り込んだ。南方が着けた、自分のホワイトプリムも外してぽいと投げ捨てると、南方をソファに突き飛ばして、上にずいと乗り上げた。
 南方のワンピースの裾を、足首から腿までくすぐるようにしてめくり上げ、ドロワーズを履いた下半身を露わにする。門倉はその上に跨ると、自分のワンピースとエプロンの裾を、ゆっくりたくし上げ始めた。ストッキングに包まれた逞しい腿、ガーターペルトの金具がちらりと見え、南方の視線が自然と吸い寄せられる。
 ドロワーズの裾のレースが見えたところで、白い腿は、ふわりと下りたワンビースに隠れる。
 黒い布地の下で、手袋をしたままの門倉の手が、南方のドロワーズをかき分けて這い進み、じわりと滾り始めた欲望に触れた。
「……っ」
 期待していた刺激に、南方が肘を突いて上体を起こそうとする。それを、門倉が胸元を押さえ込んで仰向けに縫い止めた。閉じたワンピースの中で、布と肌と粘膜の触れあう感触だけ伝わってきて、南方が生唾を飲む。
 門倉はその喉をくすぐり、ニタリと笑った。
「そうそう。そのまま、行儀ようしとけよ?」
 そう嘯いたあと、少しして、フリルエプロンがひらひら揺れ始める。
 南方は、めくるめく熱に包まれる快感にため息をつきつつ、メイド研修までの日数と、クリーニングにかかる日数とを秤にかけて計算しようとした。が、覆い被さってきた門倉の笑う息づかいに、その暗算をあっさり阻まれてしまうのだった。
 
 
[了]

 

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