日記

映画:Everything Everywhere All at Once

日記

大分前に観たんで備忘録的な感想です。
映画のブログみたいなのしたことないけどリンクとか貼るものなんだろうか……

https://filmarks.com/movies/100622

マルチバースものという話だけ聞いて見に行きましたが、今時の感覚が満載で凄く良かったです。
コインランドリー経営している移民の一家。一家を支えている(と本人が強く自認している)母親が、確定申告で向かった税務局で突然マルチバースに遭遇する話です。
マルチバース、すっかりおなじみの概念になりつつあるんですが、この映画は「採用されなかったバースは果たして存在するのか」みたいな話であるかなと思いました。
自分の、目の前の現状がとてもベストとは言えない、困難や問題や上手くいかないこと尽くめの現状に対して「もっと上手くできたケースがあったんじゃないか」と誰しも想像する、
「上手くできたケース」とはどういう事か?
「上手くいかなかったケース」は意味がないものなのか?
FGOをプレイしているので「剪定事象」という概念が割と身近な人間でしたが、剪定される事象とは?結局、意味は無かったのか?いやそうではなくて。的な話を縦軸で描いていると読み取りました。
横軸は家族の物語でしょうか。
世代の価値観ギャップ、ジェンダーロール、家族という最小コミュニティの内と外。
どんなに近しいと思っている相手(作中では、父娘、夫婦、母娘)とも、完璧な相互理解は成立し得ない。解り合う幻想を捨てて、お互いが歩み寄れる距離を探りながら関係を解体・再構築する、それを繰り返すことが家族だったりコミュニティだったり社会だったりするのでは。
そうした提案めいたものを感じる話だったなあと、自分の中では納得した感じです。
また、主人公の現状を追い詰める物事=税務局であり、税務局の職員であり、春節の催しをする顔見知りであり…社会的に繋がる様々な、外のものと敵対状態になり、自暴自棄になった主人公を救うのが、彼女の夫という構図が、従来の「ヒーローの困難を支える内助の功的ヒロイン」でないのが面白かったと思います。
メンタルがそれなりに強靱で踏ん張れる主人公に対して、夫は一見、頼りない弱々しい性格のようでいて、しなる強さがある、柔軟性や適応力があり人とまろやかなコミュニケーションが出来る、主人公とは対局になっているのも面白い対比だったと思います。(主人公も最終的に、彼の強さがどういったものか理解するに至る)
他にも、振り返ると気づきがいくつもあって、情報量のすごい映画だったな~と未だに噛みしめている。
ミシェル・ヨーの過去作を観てからもう一度観ると、アクションシーンなんかにオマージュあるのかな~とか気になりますね。

ここからは余談というかどうでもいい話です。

この映画を見る前は、自分の二次創作のスタンスが一作品一案であるべき(整合性の取れない状態はおかしい)と考えがちだったんですが、有り得るならどんな状況も有り得るのかも……とアタマを少し柔らかくしたくなりました。
作品に対する感想・解釈は個々人の自由なので他の人の云々ではなくて、自分の中に関する話です。
ちょっと書いてみたいCPがあるときに、でも成立しないしな…と捨てるんじゃなくて、別バースで考えるくらいでもいいでしょう的な。
(本当に何年も左右相手固定の思想だったので、こういう考えになれると思ってもみなかった)
すぐ出来るようになるかは別にして、一意性にこだわりすぎなくてもいい時もあるのでは、という気持ちになったという話です。

75 views