休日に、ちょっとした雑用で賭郎にそろって呼び出された門倉と南方は、その用事を済ませて帰るところだった。駅前の繁華街を通り抜ける途中、南方の視線がひょいと逸れて、立ち止まる。
「なあ、ちょっと待っとって」
「なに?」
別に急ぐ帰路でもない。門倉は言われるがまま、その場に立ち止まった。人通りの中でずぬけて大柄な二人だ、立ち止まれば悪目立ちする。南方がなにを寄り道するのかと門倉は目で追う。長身が短い列の最後尾に並ぶのを見届けると、列の行先を見た。
「……」
名代豆庵鯛焼き、と看板がかかっている。十坪ほどの小さな店舗で、注文口の横で手際よく鯛焼きを焼き上げている。鯛の金型に生地と餡を挟んでてきぱき並べるリズムと、ほの甘く香ばしい香りが懐かしさを誘う。南方の前には四人ほど客がおり、ちょうど会計を済ませた客が、中くらいの風呂敷包みの形を模した紙の手提げを受け取っている。ぱっと見て、十個以上は買っている。
並んでいる南方の隣に立つと、門倉は顎をしゃくった。
「手土産かなんかか?」
「いや。食いたいなと思って」
「え、今すぐ? ここでか?」
「そうやけど」
信じられないものを見る目で見てくる門倉に、南方は意外そうに目を丸くしてから、憮然とした。
「あんな箱で買うて食うわけないじゃろ。あと、お前は知らんやろうが、ここの鯛焼きは昔と違うて、ちっこくて、そのわりに餡子が詰まってて旨いんじゃ。店があるあたりに仕事では出向かんし……」
「わかったわかった、そう喚くなや」
ぶつぶつと文句を繰り延べる南方に、門倉は両手を挙げて呆れ顔になる。南方はそれでも不満げに、お前も食ったらわかるわ、と口を尖らせた。
店の客裁きは手際よく、大量注文の客を横で待たせつつ、次の客の会計を受け付ける。後ろで、金型をひっくり返す音が、カチャンカチャンとリズミカルに聞こえてくる。前に並んでいる主婦とカップルが数個買い、南方の順番が回ってきた。
「いらっしゃいませー、…!?」
店の軒先と変わらない背丈の、ロングジャケットを着た二人組の男が並び立ち、注文口の店員があからさまに驚いた。店員のぎょっとした反応を無視して、南方は頭をうなだれさて俯き、指を三本立てる。
「つぶあん三つ」
「ありがとうございます~、五百四十円になります~」
つぶみっつ~、と注文を通す声。南方が札入れからカードを抜くと、店員が「あっ」と声を上げてから返した。
「お会計は現金のみでお願いしてまして~」
「そうか……おい、門倉」
「おん?」
「小銭あるか」
「千円札も持っとらんの? 嘘じゃろ」
「せせろーしいわ、持っとるんか、持っとらんのか、どっちない」
「トイチで貸しじゃぞ」
門倉は仕方なく自分の札入れから千円札を抜き出し、南方に渡す。と見せかけて、店員に差し出した。
「コイツ、お偉いさんじゃけぇ現ナマ持っとらんのよ。スカしとるじゃろ」
「あ゛? 売っとるんか」
「やめえや、奢っちゃる言うとるんやぞ」
にっと笑って見せる門倉に、店員は口を引き結び表情をこわばらせたまま、こくこくと頷いた。受け取った千円札をトレーに置くと、大急ぎでレジを打つ。二人の柄の悪さに竦みあがってしまったのか、慌てて売ったレジが間違いで、「あっ、どうしよっ」と小声で呟いた。隣にいた先輩店員が覗き込み、「電卓あるでしょ」と耳打ちする。
「千円のお預かりでしたので、えーと、四百六十円のお返しです、あの、レシート……」
「ええよ、領収書とかいらんから。ありがとうね」
まごつく店員に、門倉は端正な顔立ちを最大限生かした、美々しく柔らかな微笑を浮かべて見せた。店員の目が門倉の顔面に見とれ、ふわっと緩んで解ける。その横から、さっきの先輩店員が袋を差し出してきた。
「お待たせしました~つぶあん三つです」
南方も愛想笑いを浮かべると、袋を受け取った。だが、店員たちの視線は門倉のよくできた微笑みに釘付けで、一顧だにされない。面白くない、と思いつつ門倉の脇を小突く。
「いつまでやっとるんじゃ、行くぞ」
しかめっ面で門倉を急き立てる、その人相が良くなかったのか、店員たちはそそくさと南方たちから視線をそらした。せっつかれた門倉は、またね~、と愛想か威圧か微妙な挨拶を残して、南方の後に続く。
南方とすれ違った通行人が、やくざだ、と小声で呟いて遠巻きにする。周囲の視線が自分と門倉をやくざ者扱いするのを感じ、南方は内心でため息をついた。
(わしは警察なんじゃがのお……)
顔の良さで最後まで堅気の人間をだまくらせて気分がいいのか、門倉は上機嫌だ。納得いかない顔をしたまま、南方は袋から鯛焼きを一匹取り出し、かぶりつく。門倉が横目で見やる。
「そういえば、この間の立会でな……」
世間話の代わりに、最近の立会の話をし始めた門倉は、もう一度横目で南方を見た。さっきかぶりついた鯛焼きが、消えている。門倉が唖然とすると、話が途切れて怪訝そうに南方が振り向いた。
「立会が?」
「そう、立会で梶様がな……」
再び話を切り出す。話しつつ、南方を観察する。取り出した鯛焼きを頭から半切れ分、豪快にかぶりつく。二度、三度と咀嚼してから、もう半切れをぽいと口に放り込む。二匹目の鯛焼きも、瞬く間に南方の胃袋に収まってしまった。
「梶様が、どうかしたか?」
相槌を打ちつつ、南方の手が三匹目を捕まえる。鯛焼きの方も、南方の腹に収まりたくて仕方ないかのように見えてきて、門倉は思わず南方の手から三匹目をひったくった。
「わっ」
門倉は南方に倣って、頭からかぶりついた。一匹の半身を一口にほおばる。
「ん、旨い」
かじってすぐ、素直な感嘆が洩れた。門倉の記憶にある鯛焼きとは、皮の薄さ、粒あんの甘さ、すべてが違っていた。南方がさっきろくろを回しながら語っていた感想が、すぐ思い返される。昔と違うて、ちっこくて、そのわりに餡子が詰まってて旨い。確かに、今どきの鯛焼きらしい。
門倉は残りの半身を、しっぼまでまとめて口に放り込む。上品の甘さを堪能して喉を鳴らして飲み込むと、指についた餡をぺろりと舐めとった。
横取りされた南方が、隣でいかにも悲しげに呟く。
「わしの鯛焼きが……」
「金払ったんはワシじゃ」
言い返しながら、南方をちらりと見やる。無念そうに袋をくしゃくしゃ丸めている姿に、思わず笑みがこぼれた。
さも旨そうに鯛焼きを口に放り込む南方の横顔と、その健啖に喜んで飛び込んでいく鯛焼きの、奇妙な親密さがどうしても面白くなかったのだ。小憎らしそうに自分を見やる南方の視線を横目に見返しつつ、もしかしなくても自分は鯛焼きたちに嫉妬したのだろうか、と門倉は思わず首をひねった。
(どっちもワシの物やのに、妙な話もあったもんやのぉ)
