エンジンが故障したバイクを乗り捨てて、山道を上がる。上に行けば行くほどどん詰まりだという気がする。それでも、先に進む。進むしかない。後ろから奴が追いかけてくるからだ。
まだ道がある場所を走っている。道を走っているようでは駄目だ。道のない道、山の中の山に分け入って、撒かなくては。そう思っても、山道の左はコンクリで固められた絶壁、右は転がり落ちるのが難しい急斜面、いや、崖だった。
夕方の山道をひたすら走る。バイクで山道に入ったときは、まだ昼間だったのに、空がもう暮れかけている。
時々後ろを振り返る。人影はない。
行先も解らないまま乗り継いだ電車の終点、道中で撒いたと思ったら追跡者は数十メートル後ろにいた。俺は下りた駅から走り、目についたコンビニに駐車してあったバイクを盗んだ。
遮二無二、走り続けて、ここまで来た。
駅で見た奴は、徒歩だった。バイクで走ってきたのだ、人の足で追いつける速さと距離じゃない。自分に言い聞かせる。
逃げおおせた──少なくとも今は──、そう思いたいのに、少しも安堵できない。連中がどこまでも追いかけてくると、なぜか確信してしまっている。
「なんなんだ……あいつら、なんなんだ!」
誰もいない山道で吠える。絶叫する。声はうわんと反響するだけで、木霊にもならない。通り過ぎる車もなく、緩やかに上を目指す道路を、歩き、思い出したように走り、疲れてまた歩く。
携帯が鳴った。まだ圏内なんだ、という素直な驚きのあと、着信画面の名前を見て怒りがこみ上げた。それでも切らずに出たのは、暮れゆく山で一人きりなる不安のせいだ。
『タカシぃ……! どこいるんだよぉ、助けてくれよお!』
親友の絶望した声に、ぐっと声が詰まった。
「……っ、知らねえよ! そもそも、お前が勝手に始めたんだろうが! 俺は巻き込まれたんだ!」
『悪かった、悪かったよお、でも俺、このままだと本当に、こ、殺されちまうんだ、なあ、……なあ!』
「うるせえ!」
怒鳴りつけ、電源を切る。携帯を折りたたみ、ジャンパーの胸ポケットに押し込んだ。
(もとはと言えば、お前が悪いんだ、お前が……!)
少しだけよぎった罪悪感を、踵で踏み潰して先に進む。アテのない道を歩き続けるのは不安だが、それよりも背後に、追いつきようがないはずの、黒尽くめの影を感じる方が、恐ろしかった。
****
悪友のマサトに誘われた闇カジノでの勝負。どこかの御曹司を相手にしたゲームでイカサマに成功し、俺たちは大勝ちした。御曹司は一度負けるとムキになり、頭に血が上ったまま何度も再戦してきた。俺たちの勝ち分はあっという間に膨らんだ。
バカな御曹司、格好のカモ。
俺たちがそう言って嬉々としていられたのは、ほんの小一時間ほどだった。
負け込んだ御曹司は、お供の男を呼び寄せた。お坊ちゃまの散財を、止めようにも止められずうずうずと控えていたお供たちは、一様にホッと胸をなで下ろしていた。俺たちは、当分遊んで暮らせる大金をせしめていた。イカサマする集中力も落ち始め、お互いにそろそろ引き際だと考えていた。場の空気からして、勝負はお開きになる流れだった。
結論からいうと、勝負は続行した。
御曹司はお供に何かを指示して、その場の全員を部屋から引き上げさせた。耳打ちされた側近の蒼ざめた顔。男の顔色に嫌な予感がしたあの瞬間に、どんな手段を使ってでもいい、俺だけでも部屋から逃げ出していれば──。
御曹司は、二人の男を呼び出した。二人とも黒尽くめのスーツ姿で、一人は長髪に眼帯をした端正な顔立ち、一人は短髪に冷ややかな一重の精悍な顔。二人とも、俺たちを十センチ以上は上回る身丈だった。一九〇センチはあったと思う。
「では、ここからはカゲロウ勝負です」
眼帯の男がそんな単語を発した。カゲロウ。いや、カケロウかもしれない。
発した言葉なんて、どうだっていい。その先の、イカれた顛末に比べたら。
マサトはギャンブルに精通していた。なので、イカサマはマサトの主導でやっていた。やるやらないの指示も、タイミングも、どうするのかも、マサトが決めて合図を出す。俺はただ、サインに応じてカードを切ればいい。
サインは、俺たちがガキの頃に決めたルールを使い回していた。俺たち二人にしか通じないシグナルだ。ぱっと見で、イカサマのカラクリだと解らないぐらい、些細な仕草や目配せで出来ている。見破れる奴なんていない。
それを、眼帯の男は見破った。
俺が一勝して、二巡目、マサトを勝たせる番が回ってくるや、男は片目で看破した。
単に、見破っただけじゃない。
「近江様。最初にご説明した通り、この勝負でイカサマは禁止です」
失敬、の一言と共に、男はマサトの指を掴んだ。イカサマの合図に使っていた、左手の薬指を。
バレたと思って俺が総毛立つのと、マサトの薬指が毟りとられるのは、同時だった。
白手袋が真っ赤に染まり、マサトが絶叫して転げ回る。床に投げ捨てられる薬指。マサトが、痛い、痛いと泣きわめく。俺は声も出なかった。御曹司はニヤニヤと嗤っていた。
俺たちの立会人だとか名乗った短髪の男が、マサトに歩み寄り、肩を掴んで椅子に座らせ直した。胸ポケットから黒いハンカチを取り出し、かいがいしく止血しながら、男は言った。
「勝負を続行しますか? それとも放棄して不戦敗とされますか?」
男の案内に、俺もマサトも絶句した。
カケロウ勝負が始まる前、二人の男は勝負のルールを説明していた。そこには、賭け金の話も含まれていた。
ひとつ。御曹司は自分が自由にできる財産を賭ける。勝負を受けるなら、相応の賭け金を支払う義務が発生すること。
ひとつ。勝負を一度受けたあと、この賭博から下りるルールについて。
『勝負を放棄される場合、ペナルティとして相応の支払いをしていただきます。ですが、お二方に即金で対応していただくのは難しいとお見受けしますので、現金の代わりに、どちらかの身柄を預からせていただきます』
『お預かりした身柄は、賭け金と同額で払い出しいたします。期日までに準備いただければ、身柄の安全は保証いたします』
下りるなら、賭け金を体で払え。そう言ったのだ。そのルールを、マサトはあっさり飲んだ。俺もだ。俺たちを知りもしない奴が、イカサマを見破ると思いもしなかった。完全に舐めていた。
指を毟り取られたマサトは、勝負どころではなくなった。
俺は、イカサマはもちろん、賭博そのものも、御曹司に比べたらほとんど素人同然だ。
だから、俺は勝負から下りた。助けてくれ、と絶叫するマサトを置き去りにして、恐怖の部屋から逃げ出した。
****
金の工面を、まったくしなかったわけじゃない。しようと考えはした。でも、俺一人がどうこうできる額面じゃなく、期日はあっという間に来てしまった。
マサトからは一度、電話があった。さっきと同じ、助けてくれと懇願する電話だ。
電話できるということは、まだ生きているということだ。思ったような、最悪の事態に陥っていないのかもしれない。何らかの労働で支払わされているだけかもしれない。生きてさえいればやり直しようもあるだろう。俺だって、親友を捨てて逃げ続けるつもりはなかった。俺はマサトに謝りながら、恐ろしい事件のほとぼりが冷めるまで、息を潜めて大人しく暮らし、やり過ごそうと考えていた。その間に、貯金して、マサトの身柄を引き取る金も工面しよう。そうしよう。
俺は悪夢のような部屋の出来事を、忘れる方向で努力をし始めた。これまでのふざけた生活を正そう、いつか必ずマサトを助けよう、そんな殊勝な心がけで現実に背を向け、数日を過ごした。
そんな逃げ方が許されるわけがない。
安直な逃避に浸っていた俺の前に、あの男が現れた。
長髪長身、眼帯をした端整な顔を、いびつに歪めて嗤う、あの男が。
立会人が。
負債には、利子がともなう。
勝負から逃げ、身柄の引き取りから逃げた俺には、ペナルティが科されている。その額面は、マサトの身柄を担保に支払える額面を、超えてしまったのだ。連中は勝負の審判であると同時に、取立人でもあったのだ。
俺が座っているファミレスに、対岸の道路からじっと視線を向けてくる立会人に、俺は何か考えるより先に店を出た。男が車線の多い幅広の道路を渡らずに、対岸にいながら追いかけてくるのを見た。ぴったりと平行移動して俺を捉えている男は、その気になれば車道を横断して距離を詰められるに違いないと、何故か解った。そういう異様さが、男の身のこなしから感じられた。
常人じゃない。
俺は、自分の命が風前の灯火なんだと、認めた。認めた途端に、歩いていられなくなった。遮二無二走り、覚えている最寄りの駅に駆け込み、一番遠くまで行きそうな中距離列車に飛び乗った。
あとは、影となって追いかけてくる男の気配に怯えながら、この山まで追い詰められた。
左に、右に折れ曲がり、くねって、道は続く。車一台通らない一本道が、はじめて違う景色を見せた。
車道から斜め上、山肌に沿って上に続く脇道が現れた。舗装されておらず、車が入れる幅もない。完全に山で作業する人用に作られたらしい脇道だ。俺は迷わず、脇道に入った。
急勾配の坂を、上がるというよりよじ登る足取りで進む。
勾配を上がりきった先は、山肌を平坦に開いた道で、急に足下が歩きやすくなった。
剪定されていない枝が道の上まで伸びていて、頭上や顔面を細かい枝葉が邪魔する。屈んだり避けたりしながら、先を進む。あたりはいよいよ暗くなり始めていた。それに肌寒い。山なんて知らない俺は、よく分からない場所でなんの準備もなく野宿で夜を明かす不安に、強く手を握りしめる。
やがて、道が下り勾配になり始めた。さっきまで歩いていた車道に合流するのでは、と不安になる。だが、道すらない山林を分け入って行く度胸はなかった。
追いかけてくる男への恐怖心は、かなり薄れて、今は知らない山で一晩過ごすことへの不安が強かった。山を下るのはまだ怖い。でも、一晩明けたら下りても平気だろう。そんな気がした。
異常な佇まいと威圧感のある大男だったが、ただの人間だ。バイクで逃げた相手を足だけで追いかけられはしないし、車を使って追ってきたとしても、ここまで山深い場所を当てずっぽうで歩き回って見つけ出せるわけがない。
歩き続けた疲労感で思考が鈍り、逆に恐怖で混乱していた頭の中が落ち着き、冷めていった。怯えるあまり、こんなところまで逃げている自分が滑稽で、そうさせた相手に憎しみがこみ上げてくる。
マサトには悪いが、金輪際関わり合いになりたくない。それが正直な気持ちだった。
下り勾配は、車道と逆方向に逸れていった。山の奥に入っていくように思える。あまり分け入って、迷ったらことだ。それでも、歩きやすい地面に吸い寄せられるように足が勝手に進んでいく。
まばらな木と灌木との間を縫っていた道が、急に拓けた場所に出た。
これまでの地面と違う、人工物の上に土や枯れ葉が積もった感触がある道に出る。その先には、古いトンネルがぽっかり、口を開けていた。反対側の出口が見える、目の前の崖をくぐり抜けるだけの、今は使われていない旧トンネル。
反対側はもっと拓けているのだろうか。こちらより出口が明るく、見通しが良い。
白く明るい半円の出口に、人影が立ち尽くしている。
黒い人影だ。コートくらい丈のあるジャケット。古びたトンネルの天井に届きそうなくらいの背丈。
逆光で見えないはずなのに、赤く色づいた口もとが嗤っている。失敬、そう呟くのが聞こえる。
「ああ、……」
俺は呻いた。呻きながら後ずさり、来た道を引き返す。
なんで、どうして、どうやって。意味のないわめき声が、頭の中で反響する。口に出して叫んでいたかもしれない。やっぱり、人間じゃない。立会人は、人間じゃない。
カツン、と革靴の踵が硬い床を蹴る音が、トンネルで反響した。
カツーン。
カツン、カツッ、カツ、
カッ、カッカッ。
俺は振り向かなかった。振り向けなかった。
背後に、男が迫っている。見なくても解る。整った顔をバカにしたみたいに歪めて嗤う、眼帯の男、立会人は、俺が逃げ惑う様を愉しんでいる。面白がっている。馬鹿にしくさっている。その気になれば一息で追いつくのに、足音が、気配が、聞こえる距離で、感じる範囲で、悠々とついてくる。ひたひたと。俺の足から伸びた、長い長い影みたいに。
迫ってくる。迫ってくる足音に、ほとんど転ぶ勢いで走ろうとする。気持ちだけ逸る。ここまで歩き通してきた疲れで、両脚はよたよたとしか動かない。
走り回る犬の呼吸そっくりの、荒い息づかい。俺の、死にそうな呼吸。呼吸に合わせて、さく、さく、と腐葉土を踏みしめる足音が、ついてくる。どこまでも。ふらふらと、もう走ることもできない俺の、弱った足取りに合わせて、ついてくる。
「……っ!」
ここに来るまでに昇ってきた道の、最初の一歩を踏み外す。足が滑り、坂道を転げる。慌てて立ち上がって振り向くと、道の上から凄絶な笑みを浮かべて見下ろす男の、目と目が合った。
「結構ですよ。どこまでも、思う存分、逃げていただいて」
低く響く声に、含み笑いが混じる。どんなに逃げても、どうやって逃げても、お前はお仕舞いだと、歪めた唇が囁いている。
「あ、ああ、くそ、……クソッ!」
俺の負債は、俺の命でしか支払えないところまで来ているに違いなかった。
死にたくない。
そう、叫んだかもしれない。
助けてくれ。
あてなんてない宙空に、泣きわめいたかもしれない。
ともかく、手と足を動かして、もがいて、せめて男の視界から逃れようとする。
もう、それしか出来ない。
気がつくと、車道のアスファルトに這いつくばっていた。脇道から抜け出せていた。慌てて立ち上がり、来た道を──もうどっちだったか解らない、ともかく前に向かって、走ろうとする。
男がいつ、背後に迫り、肩を掴むか解らない。一定の距離を保って追い続けられる、馬鹿にしたやり口が憎い。同時に、なにか、なんでもいい、なにかが、助けてくれやしないかと、一縷の望みを握らされる。
まるで、ギャンブルだ。
一発逆転に縋って、泥沼の負けに引きずり込まれる、ギャンブルそのものだ。
あ゛、あ゛っと喉から咳き込むような喘ぎがこみ上げる。走ってるのか、足を引きずって歩いているのかも、よく分からない。視界が揺れ、一瞬、横を振り向くと、山と山の間に夕日が落ちていくのが見えた。沈むんじゃなく、落ちる速度で、夜がやってくる。
見えていた道の先が、暗がりに沈む。
「あ、ぁ、っ、も、もう……」
もう駄目だ、その一言が口をついて出そうになる。足音はどんどん近づいてきている。おしまいが、そこまで来ている。
毟られたマサトの指を思い出して、股間から脳天まで恐怖が突き抜けた。
ジャンパーにしまった携帯を思い出す。マサトの声。もしかしたら、もう生きていないかもしれない。
項垂れる。マサトの最期を想像して、足を動かす気力が失せた。
そのとき、視界が真っ白になった。目を灼くまぶしさに、思わず「わっ」と声が洩れる。
車だ。普通の、乗用車。急カーブから勢いよく入ってきたので、突然現れたように見えた。
車は俺の正面で停止した。バンパーとの距離は一メートルもない。
ぱっ、と白以外の色彩が、夜の山道に輝いた。
真っ赤なパトランプ。逆光でよく見えない車だが、その明かりだけで、何もかも救われた心地になった。
「助けてください!」
俺は叫んだ。叫びながら、フロントガラスの前で両手を挙げ、無茶苦茶に振り回した。
「追われているんです! 助けて下さい! 乗せてください!」
そう叫んだつもりだった。ちゃんと言葉になっていたかは解らない。ボンネットに身を乗り出す勢いで迫ったのに、運転席の人物はまるで慌てる様子がない。ただの迷子と思われては、たまらない。
「追いかけられてるんです!」
もう一度、口をハッキリと動かして叫ぶ。後ろを指さす。
運転席の男が少し顎を上げて、後部座席を指差した。
急いでドアに取りつく。闇雲にドアノブを引っぱる。鍵が下りていない。振り向くと、追いかけて来た男の姿が見当たらない。焦る。ドアノブをガチャガチャ揺する。
突然、ドアが開いた。勢いよく開いたドアによろめいて、転びかけ、踏ん張る。考えるより先に、後部座席に乗り込んで、すぐドアを閉めた。バタン!と大きな音をたてて閉まったドアを見て、目頭が熱くなる。
助かった。パトカーの後部座席で、ようやく生きた心地になった。長い、長いため息を吐く。それが途中で嗚咽になった。みっともないと思われようが関係ない。泣きじゃくりながら、俺は運転席の警察官に訴える。
「しゃ、借金取りに、追われてるんです、殺されそうなんです、保護、お願いします、保護してくださいっ」
「もちろんです。そのために来ましたから」
俺は、座席にずるずるともたれ込んだ。鼻を啜りながら、ありがとう、ありがとうございます、そう何度も繰り返す。はー、はー、と落ち着かせるために深呼吸したので、一瞬、脳裏を掠めた違和感が立ち消えた。
やがて、車のライトの前に、あの長身長髪の男が立ちはだかった。後ろ手に組んで、ライトの真正面に直立不動で立ちはだかる。息一つ乱れていないのがシルエットで解る。ぞっとした。
人間じゃない。
「あいつです、お巡りさん! あいつに、ここまで追いかけてこられて……」
運転席の背もたれを掴むと、正面の男を指差して叫んだ。警察官は落ち着き払っている。俺を顧みず、「大丈夫ですよ」と静かに宥めてくる。
早く車を出してくれ、そう怒鳴りつけそうになった。どんな武器を持っているのか解らない。毟られて、床に捨てられた指を思い出してしまう。車の窓ガラスなんて平気で割るだろう。相手が警察だろうとお構いなしに違いない。
前方の男が車に近づいてくる。車の中にいれば安全なんてことはない、それを訴えたくて、運転席を後ろから揺する勢いで掴む。
「お巡りさん、車出してよ! あいつ本当にヤバいんだ、人の指をちぎるような奴なんだよ! なあ! 車出せよ!」
うんともすんとも言わない運転席に喚いているうち、視界から男が消えていた。それに気づいたのと同時に、助手席のドアが開いた。
男が、ぐうんと体を屈めて、長い黒髪を垂らし、片目で車内を覗き込む。
「おどれはええのお。車ひとつでたぶらかせるんやから」
「ひっかかるコイツが間抜けだっただけの話じゃ」
息の合った応酬。男が助手席に乗り込んでくる。長身を押し込むように座る。ドアの閉まる音。
俺はそこで、ようやく車のバックミラーを見た。運転席の男の、目元が映り込んでいる。マサトを起こして椅子に座らせた男の、酷薄な、切れ長の目が映り込んでいる。鏡越しに目が合う。運転席の男は荷物を見る目で俺を一瞥して、助手席を振り向いた。
「それで。こいつはこのまま運ぶのでいいんだな?」
「ああ」
助手席の男が頷き、ぐいと身を乗り出して後ろを──俺を振り向いた。運転席の男も、反対側から鏡に映したように、こちらを向く。
揃いの黒服、揃いのハンカチ、慈悲のない目。似ているようで違う、三つの目に見据えられて、俺は息一つ、洩らせなくなった。
「では、行きましょうか」
「向こうでお友達がお待ちですよ。笹原様」
無言で脱力した俺にそう語りかけ、二人の男はよく似た目つきでニタリと笑い、慇懃に引導を渡してきた。
