深夜一時の都内。門倉は、賭郎勝負を勝利でつつがなく終えた梶を、住まいのマンションに送り届けるところだった。
「門倉さんって、いつも家まで送ってくれますよね」
「ええ」
「そのう、いいんですか? 門倉さんに運転させちゃって」
いつも黒服の人に凄い顔で見られるんですけど、と梶が恐縮気味に付け加える。門倉は独特な笑みで美貌を歪めてから、答えた。
「もちろんですとも。私は専属立会人。自分の専属会員が枕を高く安眠できるよう、送り届けることも仕事です」
「そうなんですか……」
専属立会人として送迎すると言って運転手を買って出たが、専属だから送迎するなどというルールはない。門倉がそうしたくて、しかし「送りたいから」という言い分で運転席に座るのは沽券が許さないため、適当に規則をでっち上げている。
梶も細かい事は気にせず、門倉の語る専属立会人の立場を鵜呑みにしているようだった。
門倉は、賭郎勝負で勝ち残って生き残った梶の横顔を眺めるのが好きだ。門倉にとって、ある種の嗜好品といっても良い。
危なげない勝負でも、命を張る瀬戸際の勝負でも、勝ち抜いた瞬間、梶の双眸は、生存本能に燦めきながらも、淡々と静かに敗者を見つめる。興奮と冷静が美しい螺旋を描いて、黒い瞳孔の底で瞬くのだ。
目だけではない。表情も、門倉を惹きつけてやまない。
得がたい一滴の幸運を握りしめる表情をしながら、双眸には勝利が計算の末にもたらされた必然だと確信する、沈着さを備えた顔。
昂揚と冷徹が同時に潜む梶の面差しは、門倉の強者の様を見届けたい欲望を満たし、同時にもっと鮮烈な勝ちに魅せられたい飢餓感を煽る。
梶の横顔を盗み見て、熱く滴る梶の魂を舐める瞬間は、日々に停滞する門倉の心を芯から震わせる。ただそれは、本当に、ほんのひとときのご馳走で、梶が普通の青年の横顔に戻っていくにつれて、甘やかに霧散する。そしていつも門倉に、もう一瞬だけ、とらしくない未練を抱かせる。
(このガキ、強い酒や麻薬より、タチ悪いのぉ)
ふと、運転席を振り向いた梶と目が合った。すぐ進行方向に隻眼を戻し、門倉は淡々とした表情を取り繕う。──取り繕う。梶ごとき相手に、と門倉は内心で舌打ちする。
(面白いんで専属を続けとるが、こがな時は、はがええのぉ……)
梶が含み笑いの息づかいを洩らすのが聞こえた。門倉が一瞥すると、梶が妙に嬉しげな笑顔で見つめてくる。何も言わずにいると、梶は照れくさそうに俯いてから、呟いた。
「門倉さん、僕のこと割と好きですよね。僕も門倉さんが好きだから、送ってもらうこの時間が嬉しくて」
「別に好き嫌いで送迎しているわけではありません。立会人の義務の範疇と認識して、しているだけです」
門倉は梶の自惚れを、素早く、さらりと否定した。勘違いするなクソガキ、と内心で目を剥く。
門倉雄大は他人に慕われることはあっても、他人を慕うことはまずない。
門倉にとって梶は嗜好品であって、慕う慕わないの話ではない。
門倉自身は、己の執心をそのように説明づけていた。そう納得することで、運転手を買って出て梶の隣に少しでもいようとする心理に、決着をつけていたのだ。
なんとしても梶の思い上がりを正さなくては。
顔にこそ出ていなかったが、門倉は自分で動揺していると気づかない程度には、狼狽えていた。勝負の先手を取られて状況不利から勝負に挑むような心地に陥り、──すぐ立ち直り、冷静になる。
不利な状況で勝ちにいくことほど、門倉雄大を奮い立たせるものはない。
数秒、不穏な間を置いてから門倉は梶に呼びかける。
「梶様」
「は、はいっ!?」
門倉の不気味な沈黙に、自分が調子に乗りすぎてしまったとやらかしを自覚し、笑顔から一転、引き攣って蒼ざめた顔色になった梶に、門倉はちらりと笑みかける。威嚇的で剽軽にも見える笑いではなく、どこかとろりと重たげで妖艶な、毒のある笑みだ。
梶が息を呑む。
「そこまで言うなら、覚悟はできとるんよな」
「ぇっ、えっ」
「家着いたら、しっかり分からせてもらうけぇのお。吐いた唾飲まんとけよ、のお?」
「あわわわ……」
蒼ざめたまま身体を強ばらせた梶を助手席に、門倉はアクセルを踏み込んだ。梶の家に着いたら、頭からつま先まで梶の勝負強さなるものを堪能し、悪い癖ときっぱり手を切るのだ。
門倉は自分が長らく禁煙できずにいる状況を棚上げにして、勝てる勝負の算段を始めてしまうのだった。
悪い癖
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