kengan

Paper Tiger

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 洋館の、窓という窓からは電灯の明かりが漏れ出して、ぎらぎらしい明るさは昼間の如くだ。鷹山ミノルは慣れない煌めきから逃れて、館の裏手までやってきた。いまだに慣れない洋装は窮屈で、足に合わない革靴のせいで踵に靴擦れが出来ている。
 主人の片原滅堂は、西洋気取りの乱痴気騒ぎを大いに楽しんでいる節があった。老人曰く、この「祭り」は数年で終わるらしい。
『外務卿の気持ちも解らんではないが、上手くはいかんよ。ようく見ておけ、ハリボテとはこういう事を言うんじゃ』
 滅堂はこの催しに愛娘の鞘香をけして連れてこない。代わりに連れ来るのはアギトという、闘技者として手元で育成している男だ。身の丈七尺近く、三十貫目は超える筋骨隆々の体格、喜怒哀楽に乏しい白い貌で、髪をぴったり撫でつけて、洋装に身を包んだ男は、洋館に招待された西欧人たちを仰天させた。彼らも屈強を売りにした従者や軍人を連れてきて見せびらかす真似をしたが、その者たちの比ではなかった。
 ただ体躯に恵まれただけでなく、アギトは様々な教養を身につけた紳士でもあった。ダンスに不慣れな婦人を牽引して見事に踊り、壁の花にしかなれず狼狽えていた子女の名誉を救った。愛娘を嘲笑に晒されずに済んだ名士や華族はこぞって滅堂に謝意を示し、滅堂が訪れる夜、アギトの姿は夜通しホールで見る事が出来た。
 従者兼用心棒として付き添う鷹山は、顔面に生々しい傷痕があり、口元を金属製の覆面で隠している。異様な出で立ちで悪目立ちするのを避けたいと主人に申し出、外で待つことにしている。主人とアギトが洋館から出てくるまで、建物の裏手で煙草をふかして時間を潰すのが恒例だった。
 館内に入ったのは三度ほど、物陰から、急ぎの連絡を滅堂に伝えに行った時だけだ。その時も、アギトは輝くホールの中央で婦人を相手に淀みなくダンスを踊っていた。きらきらしい照明の下にいるアギトは、なめらかなカラクリ人形じみていて、鷹山は気分が悪くなった。
 鷹山も闘技者として下積みを重ねた時代がある。アギトとも何度か手合わせした。鷹山を人前でさらせない顔にしたのも、他ならぬアギトだ。彼が表に出てくるのは稀で、普段はどこにいるのさえ解らなかった。仲間の間ではいろいろ噂された。別の屋敷でもっと過酷な鍛錬に励んでいるとも、実はやんごとなき家の庶子なのだとも、滅堂の隠し子なのだとも言われたが、結局真相はわからず仕舞いだった。
 護衛者として着任した頃に、屋敷の外からアギトを見かけたことがある。
 どこかの部屋の窓辺に腰掛けたアギトは、和装で、掛けられた絵を眺めて動かずにいた。憂いも喜びもない白い貌は西洋人形めいて、自分と闘った時よりずっと退屈そうに見えた。ふと窓を振り向いたアギトと、ばったり目があった。アギトにまじまじ見つめられ、鷹山もつい肩を怒らせて睨み返した。窓を挟んで睨み合うことしばし、微動だにしないアギトの表情が僅かに動いて、笑われた気がした。それで、急に腹が立った鷹山は、窓の下からさっさと退散してしまった。
 アギトの姿を見るのは、その時以来だ。
 乱痴気騒ぎはまだまだ続くだろう。短くなった紙巻き煙草を革靴で踏み消し、レンガ造りの壁にもたれかかる。洋館へと誘われるアギトの後ろ姿を思い出して、歯噛みした。滅堂の決定に否を唱える権利はない、そんなつもりもない。アギトもまた、滅堂の所有物ならば心得ているはずだ。それでも、こんな嬌奢を極めた場所で空虚に踊る様は、納得がいかなかった。あの、ぎらぎらとしたホールからこの裏庭へ引きずり出して、しかつめらしく着込んだ洋装を剥ぎ取り、剥き身で取っ組み合って殴り飛ばせたら、さぞかしすっきりするに違いない。
「だいたい、全然似合ってねえんだよ」
「やはり、似合わないか」
 鷹山がぎょっとして振り返る。いつの間にか、アギトがすぐ隣にやって来ていた。庭に抜ける大窓が開いている。人気のないテラスを経由して裏庭に出てきたらしい。鷹山はぐっと歯を食いしばり、吠えて噛みつきそうになる己を抑える。返事をせずにそっぽを向くと、何を思ってかアギトも隣に立ち、壁にもたれかかって暗い庭を眺めた。
 隣に佇むアギトに鷹山は内心で困惑した。確かに同じ主人に仕える仲だが、並んで寛ぐ間柄ではない。間が持たず、つい当たり障りない話題を振ってしまう。
「御前はどうされている」
「西欧のご婦人方と歓談されている。私はしばらく席を外してよいと言われ、外の空気を吸いに来た」
 答えるアギトの声は沈着だ。感情を揺さぶられるところがまるで想像出来ない声だった。鷹山は、アギトが自分を覚えているかも怪しいと思い、無駄口を叩かぬように外していた覆面を着けなおした。
 鷹山の拒絶の態度を汲み取れなかったのか、アギトは一瞥してから率直に尋ねてきた。
「ここで何をしていた?」
「時間を潰してる。この面で、館内に入るわけにいかねえからな」
 さらりと皮肉を混ぜて答えたつもりの鷹山だったが、アギトは頷いたきり、何も言わなかった。やはり、何も覚えていないらしい。鷹山の中で悔しさと憎しみがカッと燃え上がったが、拳の中で握り潰してこらえた。こんな場所で言い争って私闘に及んだら、主人・滅堂の面目が丸つぶれだろう。
 しかし、存在を無視し続けるのも難しい。腕の触れあう距離にいて、話すでも睨むでもなく、佇んでいる。どうしても気になって、アギトの横顔を盗み見てしまう。
 踊りくらいでは髪ひとつ乱れないかと思いきや、額はうっすら汗ばみ、血色が良く見えた。撫でつけていた髪の先がほつれている。襟元は屈強な首を締め上げていて、いかにも窮屈そうだった。磨かれた革靴の先で、縁側の土をいじっていると気が付いて、鷹山はもう一度アギトの横顔を見やった。急に、能面じみた顔から表情が読みとれるようになった。アギトは手持ち無沙汰で、居心地が悪そうにしていた。
「御前が踊るようにと仰られたので、そのようにしているが、いささか飽きてしまった」
「御前のお役に立てるのに不満なのかよ」
「お役に立てるのは嬉しい。が、踊りはつまらない」
 アギトは呟いてから、鷹山を振り向いた。
「お前がいるのに、闘いに興じられないのは退屈だ」
「……!」 
 鷹山が思わず見返す。覆面の下で口を開いて、出掛かった言葉をどうにか喉奥でこらえた。やはり喜怒哀楽のないアギトの白い貌で、隈深い目元がうっすらと挑発の笑みを浮かべたのが解った。あの日、窓越しに見たのと同じ表情だと閃いて、鷹山は思わずアギトの手首を掴んでいた。
「お前、俺を覚えてるのか」
 口走った鷹山は、今にも掴みかかりそうになるのをどうにかこらえた。引き裂かれた口元の傷痕が、再び開いて血を流しているかのように、じくじくと痛む。アギトは無表情のまま鷹山の目を見つめ返していたが、両眼に宿る悔しさの色を見留めると、唇をゆっくりつり上げて笑ってみせる。
「次はお前と踊ってやろう。鷹山」
 壁を隔てて、ホールの中から絶え間ない室内楽が聞こえてくる。弦を弾く音階と律動が二人を足元から焚きつけて、今にも一歩を踏み込ませようとするのだった。

 

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