合同捜査会議が解散し、指示にがやつく捜査員を残して南方と同僚は会議室を後にした。本部の指揮は主に、同席した管理官が執る方針で、南方はサポート役で配属された。
天真警視長の死後、彼を後ろ盾としていた南方は、庁内での足場を失っている。キャリア組の出世レースで大きく失速した状態だ。天真が事件性のない事故死として内部で処理され、不審な現場の状況や死体の惨状から、あらぬ噂が広まっている。関与を疑われた南方は、一度現場から外され、帝国タワーの一件で復帰した。
再び、出世レースに参加したかに見える南方だが、彼の本懐はもはや警視庁内に無い。警察組織より、もっと巨大で強力な組織の歯車になる選択をした。
警察自体に蔓延る賭郎の一部として機能するには、まず庁内での立場が必要だ。社会的地位込みで、門倉雄大から拾陸號を継承したのだ。賭郎の絡まない事件でも、組織内部のパワーゲームに関与しないわけにいかない。
「捜査方針に何か意見はありますか、南方警視正」
「いえ。セオリー通りの方が現場も動きやすいでしょう。私からは特に」
これから管理官と、現場管区の署長に慣例の挨拶をしにいく。管理官とは何度か本部で一緒に仕事をした間柄だ。お互い、キャリア組として存在を意識してきた。南方と違い、警察組織の表側だけで奮闘する男だ。南方の躓きに対して、本気で同情している。エリートコースを外れたキャリアの末路を憐れむ目で南方を眺めから、気づいた顔で話しかけてきた。
「そういえば南方警視正、前より顔色が良くなりましたね」
「顔色、ですか」
「帝国タワーでの一件からあと、本庁はずっと大騒ぎだったでしょう。南方警視正も上の都合で出張になって、大変だったと聞きました」
プロトポロス島での卍に参加するにあたり、本庁側では長期出張の扱いにしている。ただ、島で負傷して年が明けても現場に復帰出来なかったので、出張が長引いたように見えただろう。
出張など、本来は南方の部下クラスがこなす業務だ。しかし、今の南方には後ろ盾と呼べる役職者がいない。天真の一件からあと、不運に不運が重なって凋落しているように見えるはずだ。
そんな南方を憐れんでいるに違いない、同僚は南方の淡々とした反応に被さるように喋り続けた。
「上の都合に振り回されて心労がかさんでいるのではと心配していたのですが、杞憂でしたね」
「それは、ご心配いただいて……」
愛想笑いを浮かべつつ、内心で相手の眼力の無さをせせら笑う。
(縁故でここまで来た奴から同列扱いたぁな。舐めさせときゃあええ思うとっても、腹立つもんは腹立つわ)
地方でそれなりの規模の愚連隊を率いていた過去がある南方は、キャリアになるには脛に傷持つ人間だ。何かにつけ、過去の過ちを引き合いに出されて上から雑に扱われることも多かった。それに地方上京組だ、親類縁者が警察関係者で固められているサラブレッドたちに比べて、スタート地点からして不利なのだ。警視庁内でのし上がるには相当なハンデを負っている。
脛傷をほじくる連中を煩わしいと思っていた南方だが、今はメインストリームから外れた身軽さをありがたく思っている。多少身軽な方が、賭郎の歯車として動きやすい。
「誰か、いい人を紹介されました?」
「え?」
適当に聞き流して相槌を打つつもりだった南方は、思わず聞き返す。相手はにこやかに、南方の私生活に探りを入れてきた。
「我々も、そういう年齢でしょう。南方警視正、女性受け良さそうですし、そういう話が来てもおかしくないんじゃないですか?」
「あいにく、そうした話には縁がありませんよ」
「またご謙遜を。そう、お見合いと言えば本件管区の署長が──」
勘ぐりする相手をあしらう南方に、あしらわれた相手はあっさり手を引いた。その後、話題は事件と捜査内容に移っていったが、南方はもう相手の話を聞いていなかった。
何日か前、秘書代わりに配属されている若い巡査長からも、似たような事を言われたのを思い出す。
『警視正、最近雰囲気が変わられましたよね』
巡査長は、南方は立会人を兼任するようになってから配属された若手だ。ノンキャリアながら成績優秀で、配属先の署長からは将来を嘱望されている。彼も彼で、物言いのついた南方を自分の踏み台にしていこうと考えている様子だった。彼のそういう野心を、南方は買っていた。野心がある者は手駒にもしやすい。身の周りを賭郎が送り込んだ人間で固めるのは、賢いやり方ではない。自分の意志で動かせる手駒を揃えておくのは、どんな組織でも肝要だ。
その時、南方は彼が世間話の糸口を探していて、適当な事を言ったのだと思っていた。適当に答えた南方に、巡査長は悪気なく話し続けた。
『なんだろう……雰囲気が柔らかくなったというか。前より、話しかけやすくなった気がします』
『そうか?』
『プライベートが充実してるって感じです。ネクタイの趣味も変わったようですし』
何を言っているんだ、と呆れた南方だったが、思い返してみると巡査長の話も同僚の話も、同じ要点を指している。他人の目から見て解るくらい生活が変わった、その原因を勘ぐりたいのだ。
彼らの言う「最近」の起点がいつなのか、南方は嫌でも解っている。
そう。門倉と同居を初めてからだ。
屋形越えを終え、斑目貘が新しいお屋形様となってから、賭郎には長い年始休暇が訪れた。というのも、「ハンカチ集め」で主だった立会人が負傷し、大規模な賭郎勝負が開催できなくなったためだ。会員には、かつて嘘喰いと呼んだ男が屋形越えを達成したと通達を行い、賭郎側の都合として、予定していた勝負をいくつか延期にした。これは、僅かに稼いだ時間で、すべての立会人は屋形越え前の状態に復元すべしという、暗黙の指令でもあった。
南方は島から搬送された先の医院で安静を言い渡され、門倉と顔を合わせないまま短い入院生活を送った。
「ハンカチ集め」で負傷した門倉も、数日は安静にしなくてはならなかったそうだが、早々に退院したと人づてに聞いた。南方自身、島から退去する際に傷を負った門倉の後ろ姿を見ている。四肢五体がちぎれたり、内臓が損傷する重傷ではなかったが、無傷とも言いがたい様子に見えた。
南方が入院している間、門倉が見舞いに来ることはなかった。代わりというべきか、同室だったヰ近の元に、弥鱈と銅寺が見舞いにきて、勝負のあらましを話していったので、門倉の戦いぶりは南方の耳にも自然入ってきた。あえて聞かないようにしていたが、弥鱈がわざと南方にも聞こえるよう、珍しく声高に詳しく戦況を語ったので、第三者が見た門倉の戦いについては、否応なしに知ってしまった。
南方が一番知りたかったのは、門倉本人が見た戦いの景色だ。病室のベッドで、南方は門倉にしか語り得ない話を切望していた。だが、ついに聞けずじまいのまま、退院した。
数週間ぶりに自宅のマンションに戻ると、部屋の鍵が開いていて、誰かが上がり込んでいた。合鍵を渡す相手はいない。玄関に揃え置かれたロングノーズの革靴を見て、考えるより先に名前を呼ばわった。
「門倉」
呼びかけた声は、住人不在の空間にがらんとして響くかに思われた。が、リビングのドアを開ける音が、むなしさを遮った。
リビングから姿を見せた門倉に、確信していたはずなのに、南方は息を呑んだ。
髪を下ろし、眼帯を解いた門倉は、立会人服でも、詰め襟制服でもない、リラックスしたルームウェアを着ている。南方の持ち物ではない。門倉がこの部屋に持ち込んだ私物だ。門倉は南方をまっすぐ見つめると、当たり前のように「おう、おかえり」と応じた。門倉は、最初から一緒に暮らしてきたかのように部屋に馴染んでいて、南方の驚きをしなやかに受け止めた。
「どうした。遠慮しとるのか?われの家じゃろ」
ふと可笑しそうに小さく嗤う門倉に、南方は「誰が遠慮なんか」と口走り、靴を脱ぎ捨てて歩み寄った。多分、駆け寄る速度だった。
こみ上げた感傷のまま門倉を抱きしめた瞬間、自分が途方もない博打に買ったのだ、という気がした。何の勝負の、どんな勝ちか、南方自身も分からない。だが、腕の中のぬくもり以上の何かを得られる勝負は、この先の人生で無いと確信できた。
南方の抱擁から何かを嗅ぎ取ったのだろう、門倉は片手で南方の背中を叩いてから抱きしめ返してきた。
門倉との同居は、こんなふうに突然何の示し合わせもなく始まった。
急に、何の話し合いもせずに始まったにしては、上手くいっている。まず、ライフサイクルが噛み合わない。南方は公務員としての生活が主軸だ。門倉は立会人として裏社会のタイムスケジュールで動く。生活空間を共有しながら、一緒に暮らしている感覚が希薄な期間がしばらく続いた。夕食(南方にとっては遅すぎる昼食であることがしばしばだった)、または朝食(門倉にとって遅すぎる前日の夕食であることがしばしばだった)だけは、うまくすると顔を合わせられた。献立は、出来合いか、出前か、ごく稀にどちらかが作った簡単な手料理で、食卓を囲んで向き合うとき、仕事の話や、何ということのない世間話を交わした。僅かな時間にすれ違うくらいの距離感が、南方にも門倉にも、ちょうど良かった。
かに思えた。
共有する時間の少なさに反比例して、南方の中で門倉の輪郭は日に日に鮮明に、肉感的になっていった。門倉も同じらしい事は、時折洩れる言葉尻から窺い知れた。おどれ、こがいなのが好きなのか。こんなんも出来んのか。思うたより上手うするなあ。門倉の中にあった像が、徐々に今の南方にピントを合わせていく手応えを、南方は対面で、隣で、背中越しに、ひしひしと感じていた。
見えない洞に、持ち寄ったなにかで埋めていくような日々だった。こわばって、やわらかな、なまぐさく、すがすがしい、ざらついて、つるりとした、それらが二人にしか見えない洞から溢れるかどうかのところで、門倉から南方に手を伸べてきた。
「まだ、わしが欲しゅうならんのか」
まだ、と言われて、南方は「とっくに」と呟いた。
「とっくに、欲しすぎて頭がおかしゅうなりそうじゃった」
門倉とのセックスは、皮膚を剥いて切り開いた肉の中の、更に奥にある芯に触れる慎重さで行われた。南方が時間を掛けて前戯で門倉のひとつひとつを剥がしてく間、門倉は思うさま、南方を殴り、ひっかき、蹴った。南方は、向けられる暴力をねじ伏せきれず、殴られるまま受けながらも、門倉に耽る手を止めようとしなかった。そんな南方に、門倉は獣のように笑んで、欲情した。
セックスしたのはその夜きりで、今日まで二度目はない。お互い、充ち満ちた洞を見れば、すぐにでも相手に掴みかかりむしゃぶりついてしまうと解っていて、それとなく目をそらしている。南方は拾った銃を埋めた緊張感でもって、門倉は蓋をしたケーキの箱を眺める期待感でもって、普通の同居生活を送りながら、じりじりと向き合っている。
(そがいな暮らしのせいで顔色が良うなっとるなら、わしも大概、好き者じゃ)
南方はうっすら自嘲した。誰かに内心を暴かれて嘲笑われても、返す言葉はないと思う。
帳場の初日はまずまずの滑り出しだった。容疑者の裏取りを終え、有力な物証も鑑定待ちだ。見立てを盲信はできないが、これまでの経験からも今回の見立てはきちんと裏さえ取れば、事実に繋がる感触がある。この感触を得ているか否かは、捜査員の心身に大きな影響を及ぼす。帳場全体の士気は高かった。
なので、南方は同僚の管理官に後を任せて、先に家に帰ることにした。もっとかかると思っていたので、部屋で門倉と顔を合わせることになる。
(今夜は立会じゃ言いよったっけ。もう出た後かもしれんな……)
エレベーターで上がり、夜間照明のついた廊下を進む。ひっそりした廊下にはどの部屋からも生活音が洩れてこない。南方の部屋もだ。
無人の部屋を予想して、ドアを開ける。
ゆるい室温が外気で冷えた顔に触れ、空気に混じる料理の匂いを嗅いだ。慌てて靴を脱ぐと、あの日と同じくリビングのドアを開けて、門倉が姿を見せる。
「早かったのお。帳場は閉まっとらんじゃろが」
「後を任せて、早上がりした」
門倉との間で慣れ親しんだ訛りが、欠け落ちる。
門倉は立会人の黒服に眼帯もして、今まさに仕事へ向かおうとしていた。リビングに上がった南方がキッチンテーブルを見ると、ラップをした皿が並んでいる。洗い物を放置したシンクには、暇を見て料理したと思しき慌ただしさの気配が残っている。門倉はリビングに入っていく南方を尻目に、立会に持ち込むらしい鞄を確認していた。
「わしゃ食べたけぇ、残りは食べてええでぇ」
歩み寄って卓上を見た南方は、確かに門倉の食べたらしい痕跡を見つけた。が、主菜の一皿分も食べていないように見える。すぐにでも部屋から出て行こうとする門倉を振り向いて、南方は食ってかかる調子で言い放った。
「無理にせんでええって言うたじゃろ。わしだって飯くらい作る」
食ってかかられ、門倉は立ち止まる。振り向くと、南方の顔をじろじろと意味ありげに見つめてから口を開いた。
「そう言うて当番制にしたけど、おどれはいっぺんも守れんかったなあ?」
「それは……」
門倉の言う通りだった。一度、南方から当番制を申し出たことがある。結局、忙しさにかまけてなし崩しになり、自然消滅したルールのひとつだった。門倉の指摘に南方が苦い顔をしていると、門倉は相手を馬鹿にするときの、軽く小首を傾げて覗き込む姿勢になって、にんまりと笑った。
「警察のスパイも忙しいじゃろ。衣食くらい、先輩が面倒を見ちゃろうね」
「っ、おどれ……売っとんのか?」
ものの言い方ってもんがあるじゃろ、と言いかけた南方に、門倉は笑んだまま付け加えた。
「おどれの考えはお見通しじゃ。こがいな生活も悪うない、そう思うとるじゃろ」
南方は無言のまま、負けを認める顔で軽く天を仰いだ。悪くないから顔色が良いのだし、急いでいるはずの門倉が無駄口を叩いて笑う様は、あまりに快かった。あの日、途方もない勝ちを得た自分に残っているのは黒星だけかもしれない、そんな甘苦い感傷で口元を歪ませる。肩をすくめてみせると、門倉が傾けた頭を戻して、まじまじと見つめてきた。南方が眉をひそめる。
「なんじゃ、改まって」
「おどれ、げに、わしが好きなんじゃのお」
しみじみ面白そうに呟いた門倉は、素早く大股で南方に歩み寄った。ぱっと間合いを詰められ顔を寄せられて、南方がたじろぐ。その顔に、門倉の肉厚な唇が柔く触れた。バードキスのからかうタッチで頬に触れてから、試すように唇にも軽く触れる。小馬鹿にした門倉の愛撫に、南方は口を引き結んだ。押され気味だったのが一転、踏み込んで門倉の背中に手を回し、黒服を鷲掴みにする。
息の触れあう距離でにらみ合う。門倉の笑みがいっそう深くなった。
「號奪戦の間合いだぞ?」
訛りのない、門倉立会人の口調でせせら笑う、その口に南方は迷わず噛みついた。渇きに渇いた口で熟れた実にむしゃぶりつくのに似た、止めどない欲望が腹の底から溢れてくる。何より欲しているものを口にして、鼻先がツンとする強い目眩を覚えた。
南方は身幅も背丈も変わらない門倉の体を、締め上げる力加減でかき抱いた。お互いのスーツとシャツ越しにやかましく鼓動を叩きつけあい、鼻息を交わし、唇から舌の根元まで舐めて、啜り合う。南方の舌がしつこく上顎を舐めると、門倉がその舌先に噛みついた。だが、南方は構わず噛みついた門倉の歯を、奥歯に至るまで舐める。呆れたように門倉は顎を緩め、両腕を背中に回して抱きしめ返した。唾液を絡めあう音は獣じみて、どちらの息づかいが響いているのかも解らなくなる。
息継ぎの間だけ口の端に隙間を作り、それ以外は互いの呼気と唾液で、喉から食道と気管を満たしあう。南方の腕に力がこもると、門倉の背中を握りしめる手にも力がこもった。ほとんど無我夢中の南方に対して、門倉の手は誘惑に抗おうともがき、引っ掻いてから、貼り付いた皮膚を引き剥がすように背中から離れた。そんな仕草に思いも寄らない南方は、離れた門倉の手を感じて、歯の間で甘噛みしていた下唇を、ひときわ強く噛みしめる。
同時に、門倉の肘が南方の鳩尾に叩き込まれた。
「痛っ、ぅ!」
鈍い衝撃にたまらず呻き、南方は腕を緩ませた。門倉は勢いよく相手を押しやり、濡れた口元を手袋で拭ってから、呆れた笑いを浮かべた。
「ええ加減にせえ、これから立会じゃ言うたじゃろう」
叱るより揶揄う調子でまったり言い返した門倉は、南方の擦り付けた欲情の熾火をたたき落とすように、ぱっぱっと黒服を手で払った。南方は、未練がましい目で睨みながら、口元を拭う。門倉は手袋した手でその顔を軽く叩くと、リビングの時計を一瞥した。いい加減、出発しなくては間に合わなくなる頃合いだ。
「次、わしとおどれの時間が噛み合うたら、そのときは。なあ」
すごみの利いた声で囁かれ、南方は固唾を呑む。門倉の目尻に、なまめかしい期待が滲んでいる。かき立てられた情欲をあえて噛み殺している顔は、凄絶なほど鮮やかだった。無言の南方の胸元に指を突きつけると返事を待たず、荷物を持ってリビングを出て行く。
「──私だ。予定時間通り、合流先は──」
迎えの部下に連絡しているのだろう、芯まで冷静な声の標準語が聞こえてきて、南方は何故か胸をなで下ろしていた。安堵のため息と共に、そのまま椅子に腰を下ろす。
ひとまず、冷えたビールで頭と体を冷やしたい。その一心で、後ろの冷蔵庫を開けにいった南方は、ひんやりした庫内を覗き込みながら、内心、あの洞を覗き見る心地がしていた。
次が来たなら二人して洞に飛び込み、恐ろしい、得も言われぬひとときに溺れるだろう。そうしてお互い、よりいっそう渇くのだ。
南方は冷蔵庫の扉に写り込んだ顔を見た。門倉に舐られた唇を指で擦る。体温や呼気が、まだ触覚の端々にくっきりと残っている。そのせいか、写り込んだ顔は溌剌として顔色が良く見える気がした。
(……門倉の情を吸うて血色が良うなっとるとしたら、そがいなもん、アイツがわしを喰うために決まっとる)
その時を思うと、怖気より武者震いがする己に、南方は小さく笑った。丸呑みにされるならされるで、一矢報いる方策ならいくらでもあるのだ。
門倉が情けで残しただろう最後のビール缶を開ける。冷たい炭酸の喉ごしで門倉の余韻を打ち消してから、南方はようやくスーツを脱いで寛ぐ気になった。
