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レトロなるわれらの目醒めよ

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 立会を終えた南方は、その足で門倉の家に寄った。勝負の会場から近かったのもあるが、昼間に話した事が頭にひっかかっていたからだった。
 訳ありの過去を匂わせた門倉に、地元を知る南方からつっこんだが、あの話は半分正しくて半分正しくない。
 誕生日ケーキをありがたがる年頃、一番親しまれた洋菓子屋はバタークリームのデコレーションケーキしか扱っていなかったのは本当だ。しかし、いつの間にか生クリームのデコレーションケーキも並びだした。南方自身、幼い頃にどちらを食べたのかもう思い出せない。ただ、ごてごてして女児向けの洋菓子は、色とりどりのバタークリームの質感と紐付いている。
 南方は、門倉の家庭事情を詳しくは知らない。今でもとりわけ聞こうという気にならない。
 あの日の高架下で邂逅した後、街からふっつり姿を消した門倉を、家族が探している様子はなかった。南方本人や門倉の舎弟だけでなく、門倉にみかじめ料を支払っていた大人に至るまで、一時は血眼になって街中を探し回っていた。なのに、家族が捜索願を出した話は、噂ですら、ついぞ聞こえてこなかった。
 わし、こういうケーキ見るの初めてじゃけん。
 それは事実かもしれない。南方は、あの場で聞いた瞬間からそう思い巡らせていた。美味いも不味いもないのは、比較する味を知らないからだと。
 立会は夜中までかかったので、開いているケーキ屋などなかった。シーズンでもないので、コンビニもさすがにホールケーキは置いていない。ケーキを買うのは諦めて、深夜スーパーで酒のつまみとちゃんとした銘柄のスコッチを買っていった。
 インターホンを何度か鳴らすと、しばらくしてから応答もなしに、玄関のドアを押し開いた。門倉は、ゆるいスウェット上下を着て眼帯を外し、下ろした髪は片側に寝癖が付いていた。確かに、寝ていてもおかしくない時間だ。
「寝とったんか、すまんのお」
「ええよ。なんか、来る気しとったけん。うたた寝しとった」
 そう言って、門倉が上がるように促す。
 門倉の住まいは、造りの古い、昭和中期に建てられた戸建てで、型板ガラスを嵌めた引き戸で玄関・台所を和室二間と区切り、門倉の背丈だと天井がやや低い。昔、人から譲られた家とかで、ここ以外のいわゆるセーフハウスを持っているが、生活空間として愛用しているのは、この戸建てだった。広島の古い公営住宅とよく似た間取りをしている。一人暮らしなら、十分な広さだ。
 コートの下はまだ立会人の制服で手袋もしたまま、深夜スーパーのビニール袋を下げている南方を見て、門倉は「格好わる」と笑った。南方は何も言わずに肩をすくめた。
 コートを脱ぎ置いて、和室のローテーブルに荷物を置く。門倉はすぐ中身を検分し、値の張るスコッチを見つけると口笛を吹いた。南方は照れの入り混じった苦い顔で言い訳する。
「おどれの弐號昇進、祝っとらんかったろう。今日、そがいな気分じゃったけえ」
 言い訳を聞いた途端、南方の荷物をテーブルに並べていた門倉が、肩を揺すってくぐもった声で笑い出した。ひとしきり笑ってから、南方を振り向く。
「わしも用意しとるんよ」
 立ち上がった門倉は、立て付けの悪い引き戸をガタガタ開けてキッチンに向かった。間取りにそぐわない最新型の冷蔵庫を開け閉めする音、食器類をがちゃがちゃ重ねる音が続く。開けっぱなしの戸口をくぐり、皿と包丁とフォークを乗せた小ぶりの箱を持って、戻ってきた。
「マジか」
 南方が笑う。広げた荷物を慌ててテーブルから下ろして場所を空けると、食器や包丁を先に受け取る。真ん中に置いたケーキの箱から中身を引き出すと、オーソドックスな生クリームと苺をデコレーションしたケーキが出てきた。サイズこそ二人分だが、絞り金で模様をつけたデコレーションは、南方の記憶にあるホールケーキの姿だ。作り置きのものを買ったのだろう、板チョコで出来たバースデープレートが、おまけで載っている。
「わしの死骸の跡におどれが生まれたんなら、こがいな祝い方もええじゃろ」
 南方の賭郎入りを祝うのだという、門倉の言葉に南方は「そうか」と深く感じ入った声で返す。
 部屋の間取りも相まって、ここだけ昔に戻ったような錯覚に陥る。このまま世の中を掌握し秩序を敷けると思い上がっていた、十六の頃。噂に聞く門倉雄大も、きっと同じ考えだと思い込んでいたあの頃。
 センチメンタリズムに浸る南方をよそに、門倉は躊躇なくケーキを真っ二つに切り分ける。思い切りが良すぎる横顔を見て、思えば十六の門倉はこんなだったという気がしてきた。
 筋が通っていて、思い切りが良すぎて、あんな街にいつまでも居られなかった。門倉雄大はそういう男だったと、負けて初めて理解った。
 門倉が真っ二つにしたケーキを皿に乗せながら、「こういうの、したことなかったけぇ。むずかしいのお」と、小さく呟く。昼間そうしたように、門倉は大きく切り取った一切れを頬張って、あっという間に飲み込んだ。喉を鳴らしてから「甘すぎる」と洩らした門倉に、南方は笑いながら言いやる。
「ケーキっちゅうんは、安っぽいほどばり甘いもんじゃけえ。わしらにお似合いじゃろ」
「そうじゃの」
 珍しく南方の言葉にまるっと同意した門倉は、今度は用心深い手つきで小さく切り取った一切れを口に運ぶ。ろくに噛まずに飲み込んでから、
「それにしたって甘すぎるじゃろ」
 可笑しそうに悪態をついた。  
 
 
 
[了]  

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