※SCPの設定を借りたお遊びのクロスオーバーです。
※財団側が弱く見える描写があります。SCP自体の二次創作ではないので、何卒ご容赦ください。
公安部特事課所属の警視が自分をバイネームで召還してきた時、南方は先月あたりに門倉、弥鱈、能輪(巳虎)の話していた「奇妙な洋画」の話を即思い出した。
なんでも、■■という賭郎会員は、別荘の特定の部屋で勝負を開催した際、必ず勝つという。
その部屋に限って勝率が高いと気づいたのは、銅寺立会人だった。たまたま自分の立ち会った勝負で、場の流れを無視した勝ち方をしており、怪訝に思ったという。会員に許可を取って確認したが、イカサマの可能性は無かった。
銅寺は現場を調べただけでは「適度」と考えず、本部に戻ったあと、会員の勝敗と場所の統計を取った。結果、明らかにその部屋での勝負だけ、勝率がずば抜けていた。会員は、けして負けてはならない勝負を、別荘の部屋で行うことで、破滅を回避していたのだ。
しかし、部屋にも、勝負で用いた様々な道具にも、■■氏自身にも、不審な点はない。特徴があると言えば、
『その部屋の壁には、巨大な絵が飾られているんです』
銅寺は、その絵が原因と確信した調子で告げた。オカルトを信じがちな銅寺は、絵になにか説明できない力があるのでは、と主張した。
彼の主張はともかく、勝率の偏りは事実だ。弥鱈は、絵の大きさをより正確に伝えるため、言い添えた。
『十二畳ほどある洋間の壁に、ぴったり当てはまる大きさでしたね』
その場で話していた立会人のうち、門倉以外の三人は、立会したことがあった。なのに、絵に対する印象は三者三様だった。
『絵はただの風景画だな。寒々しくて陰気な絵だったぜ』
『あれが陰気とか、これだから陽キャは嫌なんですよ。綺麗な山岳風景という感じだったでしょう』
『綺麗だったけど、山っていうか、山をバックにした森の中じゃない?湖があって、明るくて』
めいめいに言い合った三人だが、お互いの話を聞くうちに、結局どんな絵だったかよく分からなくなっていった。意見を付き合わせていくうちに特徴がどんどん薄れ、しまいには、風景で、建物はない、という特徴に留まった。
門倉は年次が下の立会人たちが話すのを黙って聞いていたが、『その会員、いつから賭郎に入っとった』とおもむろに尋ねた。三人は、誰も正確に答えられなかった。
その場で南方が賭郎内のデータベースに照会して、五十年前に当時の篤志家から会員権を譲り受けたと判明した。譲渡元の経歴も明らかで、特に奇妙な点はなかった。
おかしな点が一つもなかったので、南方は何かあると確信した。門倉は、南方に確信を抱かせるために検索させたのだ。
こういう話を、庁舎ではしばしば聞く。密葬課も嘘のような真だったが、警察庁警備局特事調査部と警視庁公安部特事課の話も、嘘のような真だ。南方はLファイルの他に警察組織が抱えるいくつかの秘匿事項を知る上で、成り行き上、彼らの存在も知っていた。
現場の人間が滅多に来ない地下資料室内の空き部屋を指定され、前もって指示あった時間に向かった。粗末な長机とパイプ椅子を並べた空き会議室には、グレーのスーツを着た二人組がすでに到着していて、南方を待っていた。
一人はメガネの壮年、もう一人は下ぶくれ気味のオールバックで、二十代後半ぐらいに見える。どちらも、貼り付けた不気味なにこやかさで南方を出迎えた。
「お忙しいところをご足労いただきまして、ありがとうございます。南方警視正」
「定型文はいい。用件を聞こう」
上司だろうメガネ男の挨拶を無視し、ばっさりと単刀直入に切り込む。二人はまあまあと宥め、席に着くよう促した。階級で南方より下だが、後ろに警察庁を背負う彼らは上位の指揮系統の強みがある。しかし、南方は指示を無視して、着席せずに壁にもたれかかった。
「南方警視正が賭郎立会人であることは、こちらも承知しております。警察と賭郎の両方に籍を持つ、表の手続きも裏の根回しも出来る搦め手である貴方に、どうしてもお願いしなくてはならない案件でして」
「■■という男をご存じですか?賭郎会員権を持つ資産家で、今はほとんど人前に姿を見せない。最近はもっぱら、賭郎勝負の賞金で資産を増減させて暮らしている」
用件を、と南方が急かしたためか、グレースーツの男たちは探りも入れずに話を振ってきた。
「彼は、別荘に洋画を一幅、所持しています。我々は、彼と絵画をひと揃いで回収したいのです」
「罪状をでっち上げて逮捕しろとでも?」
冷笑する南方に、壮年の方がわざとらしく黒縁丸メガネを押し上げてから、恐縮したように眉を下げた。
「いえいえ。Lファイルのような仕掛けを持たない本庁では、そんな横車は押せないでしょう。もっと穏当に回収したい」
「こちらの提示する条件で、賭郎勝負を開催していただきたいのです」
二人は順に、決められた台本を読む抑揚で話してきた。
南方は腕組みして、無言のままだった。
賭郎は勝負の公平さを保つために立会する組織で、会員に勝負をさせたり、唆すことは出来ない。相手もそれは解っているようで、無言の南方に慌てて言葉を継いだ。
「勝負する人間はこちらで用意しますし、持ちかけるのもこちらからです。ただし、勝負の条件について南方”立会人”として、一言添えてもらいたいのですよ」
「絵画のある部屋で勝負すること、勝負の際、座る位置はどちらも絵に対して側面であること──我々の代理人から見て右側なら、■■氏から見ると左側、といった具合です。些細な条件でしょう?」
丸メガネとオールバックが交互に説明する。配置に意味があるのだと明言したも同然の条件に、南方は目を細めた。
■■氏が、どんな配置でどんな勝負をしたのかまでは、聞いていない。だが、立会人は通常、付いた会員の横か後方に立つ。銅寺たちが揃って絵を見た話をしたのだから、会員は絵に対して正面だった可能性が高い。
その配置を、絶対に忌避したいのだ。仕掛けがなんであれ、絵に対する配置が勝負を左右する、公平を欠く前提なのは間違いなかった。
「どうでしょう。なんでしたら、絵と■■氏が揃っていれば、場所が別荘である必要はありません。今の条件さえ飲んでいただければ結構です。勝敗が決した後の手続きも、そちらでいつも通りしていただいて問題ありません」
メガネ男は、いかにも最大限の譲歩をしたと言わんばかりに話している。南方は目を閉じると、薄ら笑いを浮かべた。
賭郎勝負に厳正なルールを敷くのは、立会人の領分である。それは、賭郎勝負が始まる前から適用される。ルールの提案も、ゲームの制御も、立会人が行うことで、参加者や勝敗に外から噛もうとする連中が、介入してはならない。
南方はもたれていた壁から体を起こした。
「……あんたら、賭郎について承知していると言ったな。立会人の領域に介入した者は粛清対象になることも、知っているよな?」
静かな啖呵を切ると、懐から白いハンカチを取り出し、畳んで胸ポケットに仕舞い直す。南方と初対面の二人は気づいていなかったが、南方が今着ているのは、立会人の黒服だ。南方は端から、立会人としてこの場に赴いていた。
特事課の二人は、剣呑な雰囲気にたじろぐどころか、軽く足を開いて身構えた。荒事慣れした所轄の刑事とは別の、異様なナニかに慣れている構え方だ。ソレは、密葬課の異様さに近い構え方だった。
尋常でない彼らだったから、解ったのかも知れない。誰かが、空き会議室から距離がある階段室を下りてくる音を聞きつけた。二人の意識が、南方と部屋の外を行き来する。足音は、ここに南方たちがいると確信していた。
「賭郎勝負に割り込む公安部は、立会人の粛清対象ということだ。そして我々立会人は、常に己の所在を賭郎に把握されている」
階段室のドアが閉まり、大股の足音がコツコツと近づいてくる。
オールバックが鍵を掛けようとドアノブに飛びついた。その瞬間、ドアが外から容赦ない力で蹴り開けられる。蝶番の向きを無視して蹴り開けられたドアが、オールバックの鼻っ面を弾き飛ばした。男は悶絶してよろめいたが、悲鳴を上げずに耐えきった。なにがしかの訓練を受けているとうかがえる。黒メガネの上司は、素だろう冷ややかな面持ちに変わっている。
門倉が、外れかかったドアを押しやって、ゆっくりと会議室に踏みこむ。
「器物損壊罪じゃぞ」
「コレが終わったらおどれに調書取らしたるわ」
門倉は南方の軽口にせせら笑って応じた。そして、粛清すべき敵対者に視線を据える。
門倉の存在感が、音もなく場をねじ伏せ、粗末な会議室を絶対のキリングフィールドに変貌させた。対峙する二人組はすぐに構え直したが、表情には責務に対する諦観が浮かんでいる。南方一人なら数の利でと考えていたのだろうが、事態は想定外の最悪を迎えていた。
南方は、門倉の後ろ姿に腹の底でぞっと武者震いした。冷ややかな完全無缺の存在感と、完璧の全うを責務とするプライドが、後ろ姿からも冷ややかに匂い立つ。すべてをなげうってついて行くと決めた相手の晴れ姿だが、改めて見るとそら恐ろしい。
(おどれは、まっことおそろしい、佳い男じゃ)
背中に注がれる視線に、気づいているのか、いないのか。ただ見えなくとも解る。強い敵と相対した門倉は、艶然と笑っているだろう。
門倉が白手袋を嵌めた手をゆっくり組み合わせながら、相手を睥睨する。右目にかかる前髪を品良くかきあげて戦意にギラつく端正な貌を露わにすると、悠然と構えた。
「私、弐號立会人・門倉雄大と申します。──早速ですが、これより粛清の時間です」
[了]
