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「暑すぎて無理です」
 その一言と共に、弥鱈は椅子にもたれてぐったりした。
 昼休憩から三十分しか経過していない、だが断熱ガラス越しに差し込むのは真夏もかくやの強烈な日射しで、今日ばかりは弥鱈の言い分に理があった。向かいの席で着々と作業する銅寺も、黒ジャケットを脱いでいる。
「しょうがないのう」
 隣で作業していた南方はそう呟くと離席した。しばらくして、コンビニのビニール袋を下げて戻ってくる。振り向いた銅寺と視線だけ寄越した弥鱈、二人の前に袋の中身をごろごろとぶちまける。
「好きなの食うて、もう一踏ん張りせえ」
 カップアイスが何種類か、他に廉価なラクトアイスや氷菓のパッケージが机に転がった。銅寺はばっと立ち上がり、弥鱈は椅子からゆらりと上体を起こした。頭を突き合わせてラインナップを覗き込む。
「ハーゲンダッツがある!南方立会人、気前いいですね!」
「白くまがないんですけどぉ~」
「文句言わんとあるやつから選べや。銅寺クンは好きなの二個くらい食べたらええからね」
「OK、贔屓OK」
「えっずるくないですか?私も二個貰います」
 年下で先輩の立会人たちがわちゃわちゃとアイスを選別する様子に、若者じゃな~と言いたげに微笑んだ南方が、自分の分を選ぶ。二人がああだこうだとより分けていると、すぐそこの出入り口が開いた。
「あっっっつ!なんなんじゃ今日は!」
 響き渡る怒声と共に、門倉がズカズカと部屋に入ってくる。空調がまともにあたる席にまっすぐ向かうと、改造済み立会人服の上着を脱いでテーブルに投げ置き、ネクタイを外し、シャツのボタンを外し、どっかと椅子に腰を下ろした。
「こちとら出張帰りやぞ?夏服要るとか聞いとらんわ、クソが~」
 椅子にもたれて唸る門倉に、南方は苦笑いし、銅寺は肩をすくめた。ラムレーズンの蓋部分をてちてち舐めていた弥鱈が、さも嫌そうにぼそぼそと呟く。
「巨人が暴れたせいで室温が上がったじゃないですかぁ……」
「聞こえとるんじゃ、弥鱈ァ~」
 門倉が、もたれた椅子に更にもたれて、首をぐりんと仰け反らせて振り返る。下ろし髪と相まって凄まじい面相だったが、弥鱈と銅寺の手にあるアイスを見て、弐ィッと表情筋を歪ませた。
「お前ら、ええもん食うとるの~」
 そう言って大股に歩み寄っていく。すわ巨人の進撃とアイスを庇う銅寺と、そっとPCの影にアイスを隠す弥鱈を余所に、門倉はまっすぐ南方に向かっていった。
「パピコじゃないんか?」
「こいつらの差し入れのついでやったから。お前が来ると思わんかったし」
「ふーん」
 門倉は適当に相槌を打つと、南方が一口かじったアイスもなかを掴んで、上から三分の二くらい一気に引きちぎった。あっという間に三分の二を失った南方は、哀愁漂う顔で残った分を見つめる。その横で、門倉は奪ったアイスにかぶり付き、瞬く間に食べ尽くしてしまった。
 それでひとまず一息ついた門倉は、南方を一瞥する。哀愁漂う横顔に、「なんか飲みもん買うてくるか」と呟くと、機嫌よさげな足取りでベンダーコーナーに向かっていく。
 一連のやり取りをやや引いて見守っていた弥鱈と銅寺が、胸をなで下ろして座り直す。略奪を受けた南方を哀れそうに見ていた銅寺だったが、急に「あっ」と声を上げた。
「OK、把握OK」
 三分の一になったアイスを大事にかじっていた南方が振り向く。銅寺はベンダーコーナーの方を指さしてから、南方を指さすと、割とよく響く声で、世紀の大発見とばかりハキハキと言い放った。
「南方立会人、アイス買うときは門倉立会人と半分こしやすいタイプを、あえて選んで買っていたんですね!」
 南方はにこやかな愛想良い表情で固まり、弥鱈は天井に視線を彷徨わせつつ、ラムレーズンの香りがする泡を飛ばす。
 内勤者の少ないフロアとはいえ、他のスタッフも作業をしていて、銅寺の声は彼らに十分聞こえる程度には、元気が良かった。
 やや間があってから、靴音高く門倉が引き返してくる。三人の前にタタタン!と素早くアイスコーヒーの缶を並べ置くと、銅寺にニッコリと笑顔を浮かべてから、顔を逸らしている南方をギロリと見やった。
 南方が視線の圧に負けて振り向く。凄絶な微笑を浮かべた美貌と、ばっちり目が合った。門倉の手がするっと伸びてきて──握りこぶしに変わり、南方の頭蓋を挟んで、万力の如くめり込ませてくる。
「おどれという男は~!」
「ち、違うんじゃ門倉ァ、わしはお前が喜ぶかなあと思うてだな!」
「まんまと喜んどったから恥ずかしいんじゃろ! ボケッ!」
 喜んでいた、のフレーズに一瞬、頬が緩みかけた南方だったが、門倉の拳がこめかみにめり込む激痛に、すぐさま情けない悲鳴を上げた。南方がギブアップする頃には、せっかく残っていたアイスもなかは、割って分ける余地もないくらいに溶けて、へなへなにへしゃげてしまっていた。そのへしゃげた残り三分の一も、門倉の腹に入ってしまう。
 嵐のような横暴を鑑賞していた弥鱈が追い打ちの言葉をかけてくる。
「あの人の胃袋が慎ましく半分こで収まるわけないじゃないですか、今度からは迷わず二つ買ったらいいと思いますよぉ」
「……でも今まで、門倉立会人が文句言うの見たことある? 悠助君」
 横からさらりと疑問を差し挟んだ銅寺に、誰より先に南方がハッとした。同時に、隣に腰を下ろしていた門倉が空になったコーヒー缶を置いた──というか、机に叩きつける。
「銅寺立会人、弥鱈立会人。他人の心配ばかりして余裕のようですが……その報告書の確認印、ワシが押したってもええんやぞ?」
 地獄の底からとどろくような低い声で脅されて、二人とも無言のまま画面に向き直った。この場では、門倉が年次も號数も一番上──つまり上司なのだと思い出し、そそくさ作業を再開する。
 南方が、何か言いたげに門倉をじっと見つめた。暑さのせいかもしれないが、今日の門倉はあらゆる反応が素直すぎる。この場に他の立会人がいなければ、力一杯抱きしめていただろう。愛おしむ目で見つめていると、門倉が無言で顔面を鷲掴みにしてきた。力尽くで、南方の顔を正面に向き直らせる。
「さっさと終わらせて、飲み行くぞ。やっとれんわ、まったく」
 そっぽを向いた門倉の誘いに、南方は相好を崩す。姿勢を正すと、エリートの仕事っぷりを見せるかのように、積み上がっていた持ち分の仕事を終わらせてしまうのだった。

[おわり]

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