usgi

先触れ

usgi

 

 アーケード下の商店街は、夕方の賑わいを迎えていた。買い物に来た主婦たち、学校帰りの学生、夕方ギリギリの時間まで遊びに出かけたい子供達。商店は夕飯用の食材を並べ、惣菜を作り足し、一日一番の忙しさに備えている。それは、鍋底でふつふつと湯が煮立つときの予感を思わせる。
 暖かな空気からやや逸れて、門倉は舎弟たちとゲームセンターを出た。アーケード街は門倉たちの縄張り、ゲームセンターは彼らの根城だ。ヤクザが事務所を構えるのと同じで、このゲームセンターに駆け込めば話は必ず門倉に届く。
 今日は別行動だった舎弟のグループが、わらわらと合流してくる。
「雄大クン! このあとどうするんじゃ!」
 山の向こうから黄昏が迫っているのに、舎弟たちは誰も気づいていない。門倉はそう感じた。アーケード街の街灯にはもう灯りがついて、夜に備えているのに、ツメエリの不良少年たちは誰も夜が来ると思っていない。
 確かに、彼らの縄張りに夜は来ない。夜が更けてアーケード街が眠れば、けばけばしい色の看板を掲げるスナックやパブ、風俗店が脇道の通りでゆっくりと起き出してくる。店を訪れるのは、ヤクザではなく地元の人々だ。
 門倉たちがこの町に、そのような秩序を敷いた。舎弟たち、アーケード街の人々や夜の店の連中は、当然そうだと信じている。
 当の本人は、そんなつもりはなかった。気に入らないものや目障りなものを叩きのめして歩いているうち、何やら一筆書きのような秩序ができあがっていた。後ろについてきた舎弟たちは、門倉の足跡を無邪気に追いかけてきただけだ。中には、町をヤクザどもから取り返すとか、大人共はアテにならんとか、息巻いている奴もいる。自分の威を借りて喧嘩をふっかける愚か者もいる。だが、門倉はついてくる連中を好きにさせていた。
 お前らがそうしたいなら、そうしたらいい。
 門倉雄大は仲間思いなようでいて、この町の誰にも無関心だった。生まれ育った町を、代紋を付けただけの大人に好き勝手されるのは気に食わなかったが、じゃあ町の人々を愛しているかというと甚だ疑問だ。十五歳の門倉が今一番愛おしく思うのは、無情なまでの強さだ。並の大人すら圧倒するようになった自分に、別世界を見せてくれるような強さ──残念ながら、「それ」はアーケード街では売っていなかった。
「今日はもうなんもないけぇ、お前ら去ね。ワシも帰る」
「そうなんか? でもなあ、雄大クン」
 斜め後ろからまとわりついてきた一人が、不満げに声を上げる。まだまだ拳で解らせてやるべき相手がいるだろう、と門倉を無駄な暴力ら誘ってくる。門倉は立ち止まり、相手を振り返った。
 今声を上げた舎弟は、門倉が来年入学する高校の一年生だった。ヤクザのみかじめ料に実家が苦しめられていたとかで、門倉に恩義を感じて、わざわざゲームセンターまで訪ねてきて、舎弟になった義理堅い男だ。
 門倉は、ほぼ同じ背丈の相手をジロリと睨み付け、素っ気なく言い放った。
「別に、先輩たちだけで行ってきたらええですよ。ワシは、帰りますけぇ」
「う、うん……」
 一人だけ型の違う学ランを着た男は、へどもどと肯いて黙り込んだ。他の舎弟がケラケラと冷やかしに笑う。門倉も、歯を見せて笑った。
 年上の舎弟は、門倉のいない場でだけ威勢が良いという小物だった。しかし、彼は舎弟の中で一番、自分の弱さを理解できていた。
 門倉はその賢さを敬い、この情けない年上をきちんと仲間として扱った。その言動が、情の厚さに見えていたのかもしれない。
 アーケード下を抜けて川沿いの道に出る。皆が向かうのと逆方向、海側の方にぶらぶらと歩き出すと、舎弟たちが「お疲れ様でした!」と大声で挨拶し、頭を下げる。
「……そういうの、いらんて言うとるやろうが」
 門倉は舌打ちする。そのまま振り向かず、手を振り返す真似もせずに歩き去った。

 

 春になれば先輩のいる高校に入り、環境が変わる。変化を前にして、門倉は漠然とした苛立ちを燻らせていた。思春期特有の鬱屈を、暴力で磨いた門倉の横顔は、もういっぱしの大人のように見えた。身丈だけなら並の大人を優に上回っている。しかし、自分の内からこみ上げてくる力を、何処の誰にぶつけて昇華すればいいのかまだ迷っている、少年の危うさも持ち合わせていた。
 縄張りの外に出るなら徒党を組め、と諫めてきたのは、さっきの年上の舎弟だ。
『雄大クンの強さは、この町の外まで聞こえとる。雄大クンは賢いけぇわかっとると思うが、ヤクザは面子の生き物じゃ。雄大クン一人が相手できても、他の舎弟はどうか解らんよ。連中はタイマンなんて礼儀は持ち合わせとらん。ドス持ってる奴もおる。町ん外に出るときは、わしでもええから、弾よけ連れてってつかぁさい』
 いつの間にか群れの形になっていた自分たちを、その頭としての自分を案じる舎弟が、門倉はなにやら憐れに思えてならなかった。先輩も、他の仲間も、自分の身だけ案じていれば良いはずなのだ。
(それを、余計な事を考えさせとる。それは、ワシの弱さじゃ)
 身内にも敵にも完全無缺の強さを証明できていれば、縄張りの内だろうと外だろうと関係ないはずなのだ。門倉の苛立ちは、自分自身への焦燥感から生じていた。もっと。もっと高く、遠く。この手足なら、辿り着けるはずなのだ。門倉の意識は既に向かう先を見定め始めているのに、肉体はまだ追いついていないのだった。武器を持った大人複数を相手にやれるのか、試したことはなかった。
(なら、試すか)
 門倉の目がぎらりと閃く。素手で刃物を握りこむ緊張が、肌の下で血を沸き立たせて急に視界があかるく開けた心地になった。海側の、普段は足を運ばない別の町へと、はっきり目的を持って歩き出す。
 肩で風を切る心地よさ。海風になぶられるリーゼントの感覚。夕暮れの早い山側と違い、海にはまだ黄昏が訪れていない。空が明るいうちに、己が誰か明らかなまま、因縁を付けられにいく。進んで火中の栗を拾うスリルに、門倉はさっきよりもずっと愉快な気持ちになっていた。
 いつの間にか、アーケード街の景色や、舎弟たちや、作った覚えのない恩義で、自分の足下がごちゃついていたと気づいた。それらを、無下にして蹴散らす気にはならないが、いっさい気に留めず暴れる場所が欲しいのも確かだ。門倉は、まだ十五歳だった。
 やがて、鄙びた海沿いの町に入ると、そこはまったく別の景色だった。もちろん、地元の一部だ。門倉もツメエリを着る前、家族や友人と何度も訪れて知っている。しかし、この制服を着て、鶏冠を立てて訪れると、何もかも違って見えた。町のすべてが自分を拒絶し、あんなに明るく思えた海岸に続く道も、くすんだ灰色がかって見えた。
 アウェイの冷ややかな空気を、門倉は胸いっぱいに吸い込む。解放感、緊張感、たまにすれ違う住民の遠巻きな視線。久しぶりに両手両脚を伸び伸びした気分になり、ますます居丈高な態度になって、通りを進んだ。言い値で買うたる、そんな看板をぶら下げて歩いているようなものだ。
 浮ついた足取りは、門倉らしくないといえば門倉らしくなかったかもしれない。門倉には既に「門倉雄大」の輪郭ができあがっていた。だがそれは、門倉本人の意に沿わぬ輪郭だった。らしさ、を語られるほど成熟していないと、地元の人々も舎弟も、皆忘れてしまっていた。
 さすがに、観光客や県外の人間がいるだろう一番の目抜き通りは避けた。門倉が求める人種は、もっと裏びれた場所を好む。虫が好みそうな場所なら、門倉は昔から知っていた。そうして、地元の人間もあまり通らない風俗街の近くまで来ると、目についた個人商店に近づいていった。
 商店前では、白ジャケットに柄シャツのヤクザと、派手なスカジャンを着たチンピラがたむろしている。立ち話をしている体で、営業妨害をしているらしい。商店は、そろそろ日暮れなのに店内の灯りも付けず、引き戸を閉め切り、うち半分は簾を下ろして隠している。恫喝に怯え、息を殺している店の様子に、門倉は思わず歯を見せて笑った。
 髪型をリーゼントに決めた学生が向かってくるのを見て、兄貴分に追従笑いを浮かべていたチンピラが真顔になり、陰惨に笑った。自分より立場も力も弱い相手を見つけて、いたぶってやろうという魂胆なのが透けて見える。
「坊主、この店はもう閉店じゃ。よそォあたれや」
 チンピラが居丈高に言い放つ。声量を無駄に大きくし、かさに懸かった口調で、子供を脅して弄んでやろうという腹づもりが、丸わかりだった。わかりやすすぎて、門倉は思わず相手の代紋を確かめた。自分たちが相手している連中と同じ傘の下にいるのかどうか。
(同じ代紋やの。シマが変わるだけでこうも違うもんか)
 門倉はチンピラの恫喝を無視して、距離を詰めていった。体格だけなら門倉の方が二人組より大きい。チンピラ程度の恫喝に眉ひとつ動かさない、といっても顔立ちは十五の幼さを微かに残していた。
 なんじゃ、と肩を怒らせて向かってきたチンピラが、胸ぐらを狙って両手を伸ばしてくる。のろい動作だった。
 バンッ、と振り上げた両手で払いのける。門倉は無言で、チンピラの顎先に拳を叩き込んだ。間抜けた悲鳴を上げて、チンピラがよろめく。体勢を立て直そうとして、腰からすとんと力が抜けた。脳しんとうを起こしてぐにゃぐにゃと座り込む。
 門倉は、あまりにあっけない手応えに、呆れ顔で兄貴分の白スーツを振り向いた。チンピラより場数をくぐっているのか、きちんと隙無く身構えてから、「おい」と低く呼ばわった。
「どこのガキか知らんが、誰に売っとるんか、わかっとるんじゃろうな」
「オッサンこそ、ワシが誰か知らんのか。その代紋、本物か?」
「クソガキが」
 潜めた怒声と共に、白スーツが拳を繰り出してくる。バンッと鼻先で火花が散り、門倉の鼻先から血が迸った。鋭いジャブは素人のパンチではない。ボクシングを囓っているのだろう。門倉は垂れてきた鼻血を舐めつつ、鋭く息を吐く男の顔を見据えた。大の大人とにらみ合いで火花を散らすこと数秒、相手が突然、閃いた顔で目を見開く。
「お前、門倉……」
 名前を皆まで呼ばせなかった。わずかな隙に、門倉は相手の鳩尾に渾身のボディブローを叩き込んだ。シャツ越し、筋肉の下で肝臓にめり込ませた手応えがあった。レバー撃ちを食らった白スーツは、悲鳴にならない悲鳴と共にその場にうずくまった。
「……っ、~っ!」
「てっきり、自意識過剰ちゅうやつになっとるのかと、心配になったわ。今日は、ちいとな。散歩に来ただけじゃ」
 そう言って、門倉は革靴の先で男の鼻先を持ち上げ、勢いよく蹴り上げる。うずくまっていた体が蹴り飛ばされた反動で仰け反り、商店の外に置かれていたベンチに後頭部を打ち付けた。ガンッと鈍い音が響いて、白スーツは涎を垂らして失神した。
 伸びたヤクザ二人を見下ろしていた門倉は、曇ったガラス窓にリーゼントを押しつけ、手庇しつつ商店の中を覗き込む。レジの側に店番はおらず、店と繋がる住居スペースは、障子戸を閉め切り、物音の一切を遮断していた。門倉の立てた物音に、身をすくめている様子が見えなくても伝わってくる。
 門倉は引き戸を半分開いた。
「表のヤクザに、やったんは門倉雄大じゃ、言うといてぇや」
 はっきりした大声で呼びかける。声変わりしたばかりで、まだ微かに子供のつたなさが残る口調に、住人が驚いて障子戸を開けた。居間には、老婆と若い女の二人しかいないようだった。学ランを着たリーゼント頭の門倉を見るや、老婆の方が、あれまあ、と言いたそうに口を開けた。
 山の商店街におる鬼っ子じゃねえ、と間延びした独り言が聞こえた。
 老母の独り言に取り合わず、若い女は門倉の風体に顔をしかめると
「放っておいて。アンタも家に帰りない」
 そう言い放ち、障子戸をぴしゃりと閉めてしまった。店はまた、じっと息を潜める緊迫感に包まれる。門倉は静かに引き戸を閉めると、転がっているヤクザどもの腕と足を雑に掴むと、商店の表からいくらか離れた路地に引きずっていく。
 スナックが数軒入っている雑居ビルの裏、ゴミ用ペールが押し込んであるあたりに、昏倒しているヤクザたちを投げおく。成人二人を十数メートル引きずってきて、門倉もさすがに息が上がっていた。
 あんなに遠いと思っていた黄昏は、海の上まで迫っていた。殴ったヤクザ達の顔立ちは、もう見分けられない。商店にいた老婆と女は、暗い店舗の入り口側から覗き込んだ門倉の顔をはっきり見定められなかったろう。ただ黒く、大柄で厳つく、子供の口調で話す、怪物に見えたかもしれない。彼女らに申し訳ないことをした気持ちと、ここまで脚を伸ばしても大人共が大したことはないと解ってしまって、門倉の心はまた、鉛色の鬱屈に覆われた。
「つまらんのお」
 呟き、歩き出す。自分の町に戻っても、この鬱屈はついてくる。門倉は野良猫でも引き連れるように、青黒い憂鬱を連れてあてどなく歩き続けた。あるいは、門倉自身が行く宛てない憂鬱な青猫であった。

 

 潰れて空き家になったと思しきクリーニング店の前まで来ると、門倉は立ち止まった。もうどれくらい歩いたか解らないが、すっかり夜が更け、心許ない街灯がぽつん、ぽつんと来た道を照らしていた。
 自販機だけは、まだ動いていた。照明も真新しく、そこだけちゃんと時間が進んだようになっている。門倉は自販機の側に捨て置かれたコンクリートブロックの上に腰を下ろした。ポケットが煙草を取り出して、火を付ける。
 つまらない気持ちに、苦い煙がしみじみと染みこむ。
 一服したら自分の町に帰るか、このまま夜明けまでアテのない喧嘩でも探しに行くか、そんなことをつらつら考えていると、遠くから足音が聞こえてきた。
 ざりざりと、スニーカーが荒いコンクリートを踏みしめる音。街灯の明かりの輪に、紺のスタジャンを着た短髪の男が写り込む。背格好は門倉くらい、なんとなく年頃も同じくらいという気がした。男は、自販機前に門倉がいるのを承知で、どんどん近づいてくる。近づくほど、相手が自分の体格と遜色ない背丈身幅をしており、着ているのも大人もののスタジャンだと解った。
 門倉が煙草をふかしながら、目を細めて背格好を値踏みしているうち、男は顔立ちが分かるくらいまで近くに来ていた。自販機に用事があり、夜に制服で煙草をふかす門倉は眼中にない、といった態度だ。不良慣れしている。
 相手は門倉に何の挨拶もしなかった。ポケットから取り出した硬貨を自販機に入れ、迷わずボタンを押す。
 最近出回るようになった、五百ミリ入りペットボトルが落ちてくる、ひときわ重たい音と振動が、自販機にもたれる門倉の背中に伝わってくる。
 自販機の照明で、相手の目鼻立ちや、服装の細かい部分まではっきり見えた。鋭利な目をした鋭い輪郭からは、鼻につく育ちの良さが漂ってくる。上等の服だが、お古にも見える。スニーカーのデザインだけ、どこか幼稚だった。踵を踏んでいて、サイズが合っていないのだと解った。適当に引っかけてきたのか、新調できないのか。門倉は、後者だと思った。急激な成長期で、買い換える間もなく靴が合わなくなっていく。門倉にも心当たりがある。
 ペッドボトルの蓋を開ける音が聞こえる距離にいて、挨拶ひとつしない。徹底的に無視する相手に、門倉は目を細めた。
「なあ。ワシにも、それ買うてくれ」
「……」
 男が冷ややかに見下してくる。無言でスタジャンのポケットから硬貨を取り出し、同じ動作で同じボタンを押した。ガココン、と取り出し口に落ちてきたペッドボトルを、男が取り出す。その屈んだ横顔が門倉を一瞥し、一瞬、はっきり目が合った。
 男は手渡しでなく、門倉の革靴の先にペッドボトルを置くと、開けた自分の分を一口飲んで、背中を向ける。ざり、ざりとサイズの合わないスニーカーで去って行く背中を、門倉は奢ってもらったペットボトルに手を伸ばさず、眺めていた。
 十五の門倉の春は、倦んでいて、燻っていて、魂を腐らせそうな閉塞感に満ちている。
 なのに、ほのかな予感があった。もっと高みに駆けあがるための、素晴らしい敵に邂逅できそうだという、予感が。

[了]

50 views