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レトロなるわれらの目醒めよ

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 賭郎本部のフロント企業が入っているビルの三階は、まるまるラウンジエリアになっている。元々入っていた企業が、社員への福利厚生として設けた場所を、下見した切間創一が「ここ、いいね」とコメントしたので、そのままラウンジとして残された。くつろぐスペースとしてソファやテーブル、マッサージチェア、ベンダーコーナーに食事で使えるテーブル席、仮眠用エリアまで、なかなか充実している。しかし、利用者は少ない。そもそもビルに出社してくるのは、賭郎の存在を知らず普通の企業に就職したつもりの事務員がメインだ。たいていの企業がそうであるように、昼休み以外ラウンジにやってくる社員は少ない。休憩時間以外にぶらついているのは、立会人か、立会人を待つ黒服たちと決まっている。
 今日は珍しく、三人の立会人がベンダーコーナー前のスタンディングテーブルに集っていた。五人ほど集まれるテーブルを、能輪巳虎、弥鱈悠助、銅寺晴明の三人が囲んでおり、テーブル中央にはホールケーキが置かれていた。五号サイズのケーキは、春らしくミモザとバラをクリームで飾り付けてある。生花と見まごうデコレーションとケーキ全体の凹凸のない均一な塗りと相まって、一幅の絵の趣がある。ナイフを入れるのがためらわれるほどの完成度だった。
 素晴らしいケーキを前に、三人の表情はばらついていた。巳虎はこの世の終わりのような顔で黙り込み、弥鱈はいつもの無関心な表情をして、銅寺はケーキを様々な角度から撮影している。誰も一向に、口を開かない。ケーキを切り分けようともしない。
 やがて弥鱈が明後日の方向に口先からシャボンを飛ばして、うそぶいた。
「いやー。紫音立会人、本当になんでもお出来になるんですねえ」
「巳虎くん、誕生日だったっけ?」
「違う」
 銅寺の質問に、巳虎は呻きに近い声で答え、首を振る。
 今日の午後、巳虎が立会の事前準備のために出勤すると、父の能輪紫音が給湯室から出て行くのを見た。用事を済ませて立ち去ろうとする父親に、それとなく気配を殺した巳虎だったが、隠れるより先に勘づかれた。
 息子を見るや、ちょうど良かったとばかりにニコニコと歩み寄ってきて、挨拶もなしに確認してきたのだ。
「今日、夜行立会人はここに来る予定だったね?」
「さあ。知らねえけど」
 適当な返し方をしたが、巳虎は本当に知らなかった。だが、巳虎の返事など聞いていないのか、紫音は息子の肩を叩いてにこやかに、用件を伝えてきた。
「彼が来たら、冷蔵庫のケーキを渡してほしい。副業の店で出すデザートを募集していると聞いたので、私からの提案だと伝えてくれ」
「はぁ!?」
 素っ頓狂な怒鳴り声で返す息子に、頼んだよ、と手を振ってから、紫音はとっとと立ち去ってしまった。
 賭郎には、お屋形様が代わっても変わらなかった暗黙の了解がある。
 夜行妃古壱が喫茶店を営んでいること、そこで出される珈琲が名状しがたい味だということ、賭郎関係者が立ち寄ると有無を言わさず飲まされること。皆、妃古壱の実力を知っているので、事実を告げられず、遭遇せずに済むよう祈っている。亡き零號の伽羅が本人に暴露したとかしないとか、掃除人の丈一はことあるごとに諫言しているとか、そんな話も聞こえてくるが、現在進行形で生み出され続けているので、何の慰めにもなっていない。
 賭郎内部で、ほぼ周知されている暗黙の了解。当然、紫音も知っている。なのに、デザートの提案をするという、しかもその伝言を、息子の巳虎に頼む。
「これだから、何でも出来るのにズレてる野郎はよぉ!」
 すでに階から去った父親に、巳虎は持てる限りの罵詈雑言を喚きちらした。今からでも追いかけて、父の背中を蹴り飛ばしてやりたかった。試したとしても、実力からして返り討ちに遭うのは明白だ。それがまた、一層腹立たしい。
 巳虎はまず、立会人たちが立ち寄る営業部門フロアに向かった。事務手続きのために出社していた弥鱈と銅寺を見つけると、問答無用でとっ捕まえて、ラウンジに連行した。
 そして、紫音お手製のホールケーキを持ってきて、証拠隠滅の協力を仰いでいるのだ。
「詳しい事情は聞かないでくれ。クソ親父が気まぐれに作ったこのケーキを、なんとかするのを手伝ってほしい」
「事務の人たちへ配るにはサイズが足りないから、我々だけで隠滅するしかないと。それでOK?」
「私、ケーキそんなに好きじゃないんですが?」
「ゴチャゴチャ言わず、腹に押し込んでくれ。多分、食べて死ぬとか、不味すぎるとかは、ない」
 どこか悔しげに実父の腕前を認める巳虎の発言に、銅寺は素直に頷き、弥鱈は腕組みして首を傾げた。
「どうでしょう~、紫音立会人の常日頃の言動を見るに、全幅の信頼は置きかねるんですよねえ」
「クソ親父は信用しなくていいが、俺の話は信じてくれ。作った事情からして、コイツにおかしな仕掛けは、絶対にない」
 そもそも、妃古壱に渡すために作ったケーキだ。彼には、通じる冗談と通じない冗談がある。紫音も、やっていい冗談と悪い冗談の区別は付いている。
 はずだ、と巳虎は視線を明後日に逸らして祈った。
「……能輪立会人の言動も、ご家族の話に限ると、若干信用が置けないというか」
「弥鱈テメェ」
「まあまあ。いいじゃない、タダでケーキ食べられるんだから。僕は一切問題ない」
「じゃあ、紙皿とか? 用意してください、私と銅寺立会人は待ってるんで」
「俺かよ」
「私は別に食べたくてここにいるわけじゃないんですが?」
「僕が取ってくるよ。去年末、最上立会人に頼まれてカトラリーの整頓したから、場所も知ってる。任せて」
 弥鱈と巳虎が押しつけ合っていると、銅寺が間に入り、気前よく引き受けた。これには二人とも恐縮して肩をそびやかす。
 きびきびとラウンジ内に併設された広めの給湯エリアに向かおうとした銅寺は、通りかかった出入り口で長身二人連れと鉢合わせた。
「あれ、門倉立会人。南方立会人」
「どうも」
「銅寺くん。お疲れさまです」
 ぬっと立ちはだかった二人組に、銅寺はペコリと頭を下げてから給湯コーナーに入っていった。
 門倉は、ラウンジを見回してから、銅寺が来た方向に向き直る。いつも通りダルそうな弥鱈悠助と、ふてくされた顔をした能輪巳虎が、一番広いスタンディングテーブルを囲んで突っ立っている。他には誰もいない。昼休みからそれほど経っていない半端な時間に出入りする社員などいないのだ。テーブルを囲む二人が、揃って歓迎しない視線を投げかけてくる。
 門倉は無言で、二人のいる方へずいずいと近づいていった。南方も慌てて後に続く。
「皆さんお揃いで。何かありましたか?」
 先輩立会人ぶった口調の門倉に、猫背の弥鱈がテーブルの上に顎をしゃくった。苦い顔の巳虎に代わって、簡潔に状況を説明する。
「能輪立会人の要望で、ケーキのレイド戦をやるんです」
 テーブルに鎮座した見事なホールケーキを、門倉と南方は並んでしげしげと見下ろした。どこか名のあるパティスリーで買ってきたのかと見まごうデコレーションケーキに、「誕生日か?」と南方が呟く。訊かれたと思った巳虎は、黙って首を振った。
 無言でケーキを見下ろす門倉に、弥鱈はわざとらしく体を傾げ、下から顔を覗き込んで言い添えた。
「レイド戦って、通じます? 昭和の人は知らないかもしれませんが……」
「知っとるわ」
 弥鱈の憎まれ口に門倉が短く言い返す。南方は、巳虎を見やってケーキを指さした。
「差し入れか、もらい物とか?」
「いや……」
 詳しい話を切り出さないのは、南方に含みがあるのではなく、門倉や弥鱈に対する保身のためだ。二人に知られたら、向こう何ヶ月も弄られかねない。
「紫音立会人の力作だそうです、凄いですよねっ」
 カトラリーを持って戻ってきた銅寺が、門倉と南方の横から話に割り込んでくる。無言の四人に構わず、メラミン製の安っぽい皿とプラスチック製のフォークを、テーブルに並べて置いていく。後から来た門倉と南方の分もある。
 皿を配られた南方が「俺たちはいい」と軽く断るが、斜向かいの弥鱈が口を尖らせて抗議した。
「いや、レイド戦だって言ったじゃないですか、本当に意味解ってます?」
「解っとる、でもわしらは関係ないじゃろ」
「見てしまった以上は関係者です」
 無茶苦茶な理屈でねじ込んでくる弥鱈に、門倉と南方は顔を見合わせた。二人の視線が巳虎に向き、巳虎は呻き声を上げてから、仕方なくケーキの入手経緯について打ち明けた。もちろん、妃古壱に宛てた云々の話は伏せた上で。
 父親が息子の職場にホールケーキを差し入れに来た、と理解した二人のうち、南方が顎を撫でながら苦笑して呟いた。
「仲良し親子だな」
「そういうのじゃない、断じて。アイツがどうかしてるだけだ」
「立派な父親に対する台詞じゃないぞ」
「アンタは知らないだろ。アイツがどんなにトンチキか……」
 反抗期や憎悪ではなく、手に負えない家族への諦めが籠もった口調に、南方は片眉を下げる。憐憫を浮かべる南方を余所に、門倉は弥鱈にプラスチック製のフォークを差し出して、顎先で促した。無視する弥鱈に、オイ、と呼ばわる。
「はよう切れ」
「私が? 絶対に等分できませんけど」
「今時は丸いケーキの切り方、知らんいうもんなあ?」
「やめんか、門倉」
 南方が、弥鱈の挑発にいちいち返す門倉を窘める。その横で、手指でホールのサイズを採寸していた銅寺が巳虎に尋ねていた。
「巳虎君、こういうの上手いんじゃない? どう? いける?」
「あー……五等分ね。上手く切れっかな」
 持ち込んだ責任もあってか、巳虎が切り分ける役目を受ける。強度が心許ないフォークでゆっくり切り目を入れていく。見事なデコレーションを崩すのに躊躇がないあたり、この出来映えのお手製ケーキを見るのが初めてではないと窺える。銅寺の予想通り、丸いケーキを切り慣れた手つきだ。
 わくわくと見守る銅寺以外の三人は、巳虎の器用と言えない裁断で台無しになる花たちの無残を、憐れんだり、儚んだり、愉しんだりしていた。
 やがて、おおよそ五等分にし終えて、巳虎が一息つく。
「クリームが硬くて、切りやすかったな」
「そりゃ、バタークリームだからな」
 呟いて、南方が品良く底にフォークを差し入れてメラミン皿に取り分ける。五等分と言いつつ、最初に思い切りよく切り分けた大きめの一切れを銅寺に取ってやり、次に門倉、巳虎、弥鱈と皿に乗せていく。皿を渡された門倉が「接待癖が骨まで染み取るのう」と揶揄った。
 受け取った面子のうち、弥鱈と銅寺は、まじまじと皿のケーキを観察している。
「実物見るの初めてです、ホールのバタークリームケーキ」
「私もですね」
 揃って呟く二人に、南方が意外そうに言い返す。
「バタークリームなんて、ホールケーキ以外で見んだろ。誕生日にホールケーキ食ったりせんのか。銅寺くんなんか、食べてそうなイメージあるけど」
 話を振られた銅寺は丸い目で南方を見上げて、きっぱり首を横に振った。
「僕の家では、兄弟とも生デコでしたね。ずっと昔の、子供の頃ですが」
「そ、そうか」
 予想と違うリアクションで会話がぎくしゃく着地する。そこにまだ一口も食べていない弥鱈が、ケーキを突いて横倒しにしながら呟く。
「最近は見かけますけどね、ホールのバタークリームケーキ。昭和なレトロさが可愛いとかで」
 あからさまに恣意的な弥鱈のコメントに、門倉が軽く顎を上げて口を開く。
「いい加減、売っとんなら買うたるが?」
「はぁー……。門倉立会人、前から思ってましたけど、南方立会人と合流してから一層、ヤンキー丸出しになってますよ。それがどうとは言いませんけどぉ」
 弥鱈は視線を向けずに早口に呟いてから、倒したケーキを皿に三つに切り分ける。食べたくなくて弄っているというより、見事だったデコレーションを台無しにする行為に愉悦を覚えているのだろう。隣で半分を一口に頬張った銅寺はぱっと目を見開いてから、巳虎に向かって親指を立ててみせた。そして、ぐじぐじとケーキを弄る弥鱈を肘で小突く。
「美味しいから、ちゃんと食べた方がいいよ」
「もちろん食べますよ。その前に口直しのコーヒーでも買っておきますか……」
 ケーキ皿とフォークを置いた弥鱈がうそぶいて、ベンダーコーナーに向かう。その一言に、なるべく無言でいた巳虎が盛大に噎せた。
 彼以外、このケーキが本来は妃古壱の店に並ぶ予定だったと知らない。だが、缶コーヒーを買ってきた弥鱈と噎せる巳虎とを見た門倉は、ケーキの事情をおおよそ察してニタリと笑った。
「ここは弐號の私が、皆さんにコーヒーをごちそうしましょう。弥鱈立会人はご自分で購入済みなので、残念ながら除外しますが」
 そう言って南方に目配せする。買ってこいと目顔で言われ、南方が睨み返した。
「なんでじゃ」
「おどれ、拾陸號じゃろが」
 そう言われると返す言葉がないのか、南方は渋々の顔で使い走り、四人分の缶コーヒーを買って戻ってきた。門倉たちに配る様を横目で見ていた弥鱈が、「最悪だ」と潜めた声で呟く。門倉が露骨に嫌そうな顔をする弥鱈を、ニヤニヤと見やった。
「タイミング悪かったのお、弥鱈」
「ヤンキーがヤンキーにパシらせたコーヒーなんてお断りです」
 立会人の號数は強さの目安だが、思惑があって號数にとどまる者もいる──弥鱈もそうした立会人の一人だ──。門倉と南方のやり取りは、弥鱈にとって理解できないし、したくもない価値観だった。同時に、二人の間では一番明確で筋の通った真理なのも解る。平然と指示する門倉と結局従う南方には、歪な相互理解があると、端から見ているだけでもよく分かる。要するに、仲が良いのだ。
 弥鱈は散々な目に合わされたケーキを、皿でかき集めて口にかき込んだ。隣の銅寺が声を掛ける。
「そんなになってても、美味しい?」
「……美味しいですね。味と飾り付けは関係ないですから」
「OK、それならOK」
 頷いた銅寺は、もう切り分けてもらった分を食べ終えていた。
 その隣で一切れ食べた南方が「旨いな」と呟いて、何度も頷きながら、どんどん口に運ぶ。味に関してだいたい好評なのを見届けた巳虎も、悟られないよう無言のまま、父のケーキを久しぶりに堪能した。
 最後まで手をつけなかったのは門倉だった。南方が、皿の上に綺麗に乗ったままの一切れを一瞥してから、門倉を見やる。
「どうした?」
「いや。へえ、と思うとっただけじゃ。わし、こういうケーキ見るの初めてじゃけん」
 独り言めいた呟きは、南方以外も拾い聞いた。全員が一斉に、門倉を見やる。巳虎が露骨に気まずい表情を浮かべた。弥鱈は興味なさげに、銅寺は思案顔になる。門倉は場の空気を気にせず、手袋をしたまま頼りないフォークでケーキを削り取って口に運ぼうとする。
 思わせぶりな門倉の態度を見ていた南方が、片脚で後ろから軽く脛を蹴っ飛ばした。
「そがいなわけあるかい。わしらの地元でガキん頃ケーキいうたら、あの店のバタークリームしかなかったじゃろ」
「バレたか」
 南方につっこまれ、門倉がふふっと笑った。微妙な緊張を生んだ空気がたわんで解ける。露骨にほっとした巳虎、二人が旧知なのだと改めて感じ入った様子の銅寺、真偽自体にすら興味がない様子で缶コーヒーを飲む弥鱈、三人の様子を見た門倉は隣の南方を一瞥すると、
「おどれが居ると引っかけもできん、さえんなあ」
 言いながら、一切れの半分を口に入れて、あっという間に飲み込んでしまう。かろうじてミモザの飾りの形が残っていたケーキは、三呼吸する間に、門倉の腹のうちに飲み込まれていった。  

 
 
 事務フロアの給湯室にある冷蔵庫で、五号のケーキを見つけた時はどうなることかと思った巳虎だったが、無事、事なきを得た。大の男が四人も揃えば、弥鱈の言葉通り、簡単なレイド戦だ。
「本っ当に、助かった。恩に着る」
 巳虎は四人にきちんと礼を述べ、カトラリーを回収して片付けにかかる。銅寺に準備させたのを悪いと思ってのことだろう。
 食後の一服に缶コーヒーを飲み干してから、特に話すでもなくまったりしていた四人だが、後始末は巳虎に任せ、それぞれ仕事に戻ることにした。出社している以上、離席時間が長すぎるのは示しがつかない。
 エレベーター前まで来て、銅寺が門倉たちを顧みた。
「これから立会ですか?」
「南方はな。わしは書類もろうたら、すぐ帰る」
 じゃ、と言って上下のボタンを押す。下りエレベーターを待つ南方を見やった弥鱈が、ぼそぼそと小言めいた口調で呟いた。
「あー、南方立会人、ちゃんと歯を磨いて、服も着替えていってくださいね。ケーキの匂いがする立会人なんて格好悪いですから」
「そんな匂うか?」
 すんと鼻を鳴らす南方に、銅寺が隣からジャケットの袖を引っ張る。振り向いた南方に、真剣な丸い目が、まあまあ辛辣な忠告してきた。
「南方立会人は差し歯だらけと聞いてますが、だったら虫歯に気をつけた方がいい。歯磨きはトイレでお願いします」
「……はい」
 もっともな忠告に、南方は神妙に答える。その様子を、歯を折った張本人が斜め後ろで可笑しそうに眺めている。
 着替えやら歯磨きやらするには、立会人のフロアに立ち寄らなければならない。南方は下りエレベーターを見送り、後から来た上りエレベーターに、他の三人と一緒に乗りこんだ。
 銅寺は開くボタンを押して、片付けに残った巳虎を数秒待った。すぐにでも閉ボタンを押しそうな弥鱈を片手で押さえ、ハキハキとカウントダウンする。
 ギリギリ間に合った巳虎が、銅寺のカウントダウンを聞いて駆け込んでくる。乗り込むのを見届けると、弥鱈は膝で閉めるボタンを押した。
「お前ら、設備は大事に使わんかい。タダと違うんじゃぞ」
 箱の一番奥、隅にもたれ掛かって様子を見ていた門倉が、苦い顔で年上らしくやんわりと叱りつける。その様は、先輩社員ではなくヤクザの兄貴分の佇まいで、ちらっと顧みた三人は異口同音に、「反社と警察……」「まあ警察もヤクザみたいなもんだろ?」「ヤンキーやっぱ怖」と、好き勝手に言い合った。
 彼らの誤解を解く術のない門倉と南方は、なんとも言えない顔でお互い顔を見合わせ、苦笑いのため息をついた。  
 

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