usgi

Pain aux olives et au fromage

usgi

 

 門倉が黒服と賭郎本部に立ち寄ると、入館用エントランスで南方と亜面が立ち話をしていた。亜面は黒スーツだが、南方は外向けのダークグレーのスーツを着ている。これから警視庁に戻るようだ。
 呼び止めたのは南方の方らしく、亜面は相手を見上げて短く頷き、話を聞いている。何か訊かれ、少しの間、腕を組んで思案顔してから、携帯を取り出した。調べ物を始めた亜面に、南方は申し訳なさそうな表情で首を振る。調べてもらうほどではない、とでも言ったらしい。
 一礼して足早に立ち去る南方に、亜面が透き通った声で呼びかけた。
「心当たりがあれば、連絡します」
 亜面の声は、人気のないエントラスにくっきり響いた。南方は振り向いてもう一度会釈し、そしてビルに入ってきた門倉たちにようやく気づいた。
 視線を合わせるが挨拶はしない、足早にすれ違う南方に、門倉は立ち止まって振り返る。
「亜面立会人に頼みごとか?」
 南方は一瞥よこしてきただけで、何も言わずドアから出ていった。門倉が亜面を振り向くと、彼女はエレベーターホールに引き返すところだ。門倉は大股で歩み寄っていき、上階に戻る亜面の隣に静かに佇んだ。
「お疲れ様です、亜面立会人」
「門倉立会人。お疲れ様です」
 短く会釈した亜面は、挨拶したきり正面を向いて、門倉を振り仰がなかった。特徴的な髭のある美貌は、凛々しく小顔で年齢より大人びて見せている。彼女の壮絶な過去については、門倉も噂程度に聞きかじっていた。並外れた精神的タフネスと頭の回転の速さ、暴もつつがなくこなす身体能力で、立会人として異例の速さで昇格している。そんな亜面だが、女性の立会人や、年の近い巳虎、銅寺以外の立会人と親しくしているのは稀だった。
(プロトポロスで、ヰ近立会人と南方が搬送される便におったから、そこで面識ができたんだろう、……)
 賭郎入りしてまだ一年も経っていないにも関わらず、南方は他立会人や、よその黒服とうまくやっているらしい。警察で身につけた世渡りのテクニックを、賭郎内でも遺憾なく発揮しているのだろう。とはいえ、南方の人たらしは目下か年上の目上に発揮されるもので、年上の上役は対象外だと、門倉は思っていた。警察は年功序列の組織である。キャリア・ノンキャリアの壁により、年若いキャリアはいる。しかし、南方自身が若輩の目上ポジションに収まっている。気を使われることはあっても、気を使うことはなかったはずだ。
 そんな南方が、一見淡白そうに見える亜面とどうやって打ち解けたのか、門倉は興味が湧いてきた。
 編み込みを綺麗に後ろへなでつけた亜面の頭部を見下ろしていると、エレベーターが着いた。乗り込み、門倉の黒服が操作盤前に控える。
「亜面立会人は何階でしょうか」
「五階を、お願いします」
 門倉の黒服に声をかけられ、礼儀正しく答える。亜面はエレベーターの奥の四隅に体を預けていた。門倉は反対側の四隅を陣取っている。
 亜面が振り向き、門倉を見上げた。
「門倉立会人、ひとつお訊きしてもよろしいですか」
「なんでしょう」
「パンはお好きですか?」
「……?」
 突然、脈絡もない質問をされ、門倉は面食らう。
「特に好きでも嫌いでもありませんね。普通です」
「そうですか。……」
 エレベーターが五階に到着し、亜面はぺこりと頭を下げて降りてしまった。ドアが閉まり、エレベーターには門倉と彼の黒服が取り残される。
「なんじゃ、今の」
 門倉は、憮然とひとりごちる。どういう意図で質問したのか、南方との会話と関係ある話なのか、まったく見当がつかない。操作盤前の黒服は同じように怪訝な顔をしてから、心当たりを思いついた顔で、門倉を振り向いた。
「そういえば、銅寺立会人が美味しいパン屋を探してるらしいですよ。若手の間でブームなんすかね」
「ふうん……」
 気を利かせたつもりだろう黒服のコメントに、門倉は気のない返事をして腕組みした。それと南方が亜面に話しかけたことは、関連ないと思えた。
 目的階に到着する。資料室と会議室が併設された階で、次の立会で必要な資料や搦め手からの報告書を集める作業でよく使われる。
 門倉たちも、いつも行う立会前の下調べを始めた。紙媒体の資料の他、データベース化された電子媒体にも目を通す。連れてきた黒服を相手に、ミーティング未満の会話で、思考の整頓をしていく。
 門倉は、立会人としての仕事を片付けながら、頭の片隅でさっき見た光景を何度も反芻していた。
 普段なら、南方がどこで何をしていようと、二足わらじは忙しそうじゃのお、と笑っておしまいにしている。だが、今回はどうにもひっかかっていた。
(そう。南方のヤツが、やたら人当たりのええ顔で話しとったせいじゃ。ワシが声かけたら、露骨に面倒くさそうな顔しよったくせに)
 内心で悪態をついて、舌打ちする。うっかり本当に舌打ちしたようで、黒服が怪訝な顔で振り向いてきた。
「なにか気になるところ、ありました?」
「いや。仕立てはこの方針でいい。命を張り合う度胸を持ち合わせない会員同士、見た目だけ派手にしておけばいい」
「あとは会場ですかね。候補になりそうな物件、見繕ってきます」
 黒服がテキパキと登記情報にアクセスする。後ろのデスクで待ちつつ、門倉の視線はまた明後日の方向をさまよい始めた。
(そういえば先週、最上んとこの黒服をつかまえとったな。よりによって最上んところかと思うて、可笑しかったが)
 たまたま遠目に見た光景を思い返す。
 南方はこちらに背を向けていて、彼に呼び止められたと思しき黒服女子の一団が、物見高い態度で会話に応じていた。改造した黒服で、女性陣が最上立会人の黒服たちだと判ったが、彼女らと南方にはなんの接点もないはずだ。実際、呼び止められた女性たちは、面倒くささを隠さない態度で、代表の一人が南方の質問に応じているように見えた。
 うちの一人が門倉に気づき、女たちはこそこそと耳打ちしあい、南方も門倉の存在に気づくや、彼女たちに一礼してそそくさと立ち去った。
 思い返すと、そのときの南方もどこか妙な素振りだった。
(……南方のやつ、賭郎で婚活する気か?)
 冗談のつもりの思いつきだったが、すぐに能輪巳虎の件を思い出す。
 美年立会人が、孫の嫁候補にと亜面と巳虎を会わせてみたが、何も進展せず終わった一件だ。常人離れした人間観察眼を持つ美年老人も、孫のこととなると目が曇る、などと影で揶揄された出来事だった。お見合いが廃れて久しい世代では無理がある、観察眼云々よりジェネレーションギャップによるものだろう、と門倉や最上は察したが、まともな浮いた話の少ない賭郎内では、密かに激震が走った。
 職場ならぬ、賭郎内恋愛は、ありやなしや。
 管理運営に関わる黒服たちの間では、一時期かなり話題になっていた。ちなみに、諸々に適切な判定を下す”判事”、参號立会人・棟耶将輝は、立会に影響を及ぼさなければ、どんな人間関係であれ、賭郎は斟酌しないとの見解を示している。
 ともかく、南方が賭郎で嫁探しをしてもおかしくないのだ。可能性に気づいた門倉は、いっそう面白くない気分になる。面白くないと、舌打ちしたくなる心境になったの自体も、面白くなかった。
(癪に障るのお……)
「雄大クン、どうかした?」
 門倉の不機嫌が聞こえでもしたのか、黒服が気遣わしげに顔色を伺ってくる。地元にいた頃からつるんでいる舎弟の一人だけあって、心ここにあらずな様子は筒抜けだったらしい。遠巻きに心配するかつての舎弟に、門倉は小さく自嘲した。
「どうもせん、変な気回さんでええから……会場は、お前の探してきた物件で手配しておくように」
「解りました」
 黒服が広げていた資料を片付け始める。門倉は、採用したゲームを用いた過去の立会記録だけ、そのままにしておくよう告げた。
「私はもう少し残って考え事する、お前はもう上がっていい」
「はい」
 資料を抱えた黒服がいそいそと資料室に向かう。片付けを済ませると、ドア前で「お先、失礼します!」ときびきび頭を下げて退室した。
 門倉は過去のゲーム記録を一通り眺めてしばらく思案顔していたが、やがてファイリングの束を抱えて下階に降りた。

136 views