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Before Christmas Collusion

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 門倉と南方は、休日に郊外の大型ショールームに来ていた。広いショールームを闊歩する客の多さに、門倉は早くもげんなりしていた。
 ここに来る道中、車から見える街の景色は、クリスマス一色に染まっていた。赤を基調としたショーウィンドウ、最近見かけるようになった青と白のイルミネーション、街路樹に巻き付けられたネオン。風景全体が瞬いて輝いている。
 何もかも浮かれた空気に包まれるこの時期、門倉は世の中の表層と自分の生きる世界の隔たりをしみじみと実感する。明るい世界を歩く人々を羨む気持ちは少しもない。嘲弄する気もない。ただ、自分には縁遠い生活の形だと思うだけだ。
 ただ、インテリアショールームがこんなにごった返しているのは、間違いなくクリスマスのせいだ。門倉は十数年ぶりにクリスマスの賑わいに巻き込まれている。
 大柄な門倉にとって、ファミリー層や若いカップルが多数うろつく会場は、歩きづらいことこの上ない。特に、建物の広さにはしゃいで走り回る子供たちが厄介だ。喧しいからではない。門倉の視界には子供の背丈は映り込みにくい。その上、無軌道に動き回るので予想もしなかった方向から足下に飛び込んでくる。子供の方も、門倉の全体像が見えていないだろう。子供が自分の足下を駆け抜けていくたびに、蹴っ飛ばされても知らんぞ、と言いたくなる。
 思い返せば、ソファを新調しに行くかと持ちかけたとき、南方の反応は芳しくなかった。
「今時期、買いにいくんか?」
「ほうじゃ。ショールーム行きたいて言うとったろ。お前の体も空いとるし、ワシも予定空いたし」
「ええけど……お前、人混み好かんじゃろう」
「家具屋で人混みの心配か? 正月の浅草でもあるまいし」
 肩をすくめる門倉に、南方はやや思案顔してから「お前がいいならいいよ」と肯いた。
 その反応に引っかかりは覚えたものの、お互いに先々の予定が立たない──主に南方が──ので、今日やってきたわけだが、南方がなにを気にしていたのか、ようやく理解した。
「……」
 ソファの並ぶエリアで、腕組みしたまま動かなくなった門倉を、南方が振り返った。憮然としている門倉を見て、苦笑いする。
「だから言うたろ、今日にするんかって」
「混んでるなら混んでるって言わんか」
「言うたわ」
 肩をすくめる南方に、門倉は鼻先から不満のため息を吐き出す。
 そもそも、門倉はイベントごとに無頓着なタイプだ。意識する時節は盆暮れ正月くらいで、クリスマスだのバレンタインだのハロウィンだの、特にカタカナで書くタイプの催事は、仕事が絡まない限り、関心が薄い。
 対して、南方は、丸の内通りの華やぎを目にしているからなのか、意外と街の季節感を把握している。流行への感度もほどほどにある。表社会と関わる事柄では、そつがない男なのだ。
 出かける前も、適当な服装を見繕った門倉に駄目出しをしてきて、ああだこうだと衣装を組み合わせて押しつけてきた。門倉をどうにか堅気の人間に仕立てようとしたものらしい。
 門倉は自分が目上と認めていない相手に指図されるのを嫌う。なので、南方の提案はほとんど却下した。ただし、お気に入りの柄シャツだけは、南方のアドバイス──というか懇願を受けて、諦めた。
(あほらし。格好を取り繕っても、おどれとおったら解る連中には解るんじゃ)
 とっておきの一張羅やのにと文句を垂れる門倉に、南方は複雑な顔で「それはまた今度な」と窘めてきた。きかん気の子供に言い含める口調なのが癪に障り、行き帰りの運転は南方に丸投げした。仕事で詰めていたから移動中は寝たい、と言っていたのに、運転手を任された南方は、少しも堪えていなかった。どころか、ちょっと浮かれている気配さえあった。
 門倉の服装に注文をつけた南方はというと、目立つ背丈をブランドの冬物を取り入れた隙のないコーディネイトしている。ともすれば嫌味になりそうな格好が自然に見えるのは、普段から着慣れていると佇まいから伝わるからだろう。生え抜きのエリートが醸し出す説得力は、門倉にはどうしても身につかなかったものだ。
 しばらく、ソファやカウチが並ぶエリアをぶらついていると、上客だと察知した店員がすぐさまやって来て、案内をし始めた。当然のように、接客のターゲットは南方だ。
 後ろの門倉を連れだと紹介されると、店員は一瞬だけ表情を固くした。だが、すぐさま感情に蓋をし、南方だけを見て営業トークを続ける。自分をやんわり蚊帳の外に追い出した店員に、門倉は目を細めた。
(おい。ワシも客なんじゃが?)
 よほど鈍感なのかわざとなのか、店員は門倉の視線を気にせず、南方の顔色にだけ意識を集中している。むしろ南方が、不機嫌そうな門倉に気づいて、揶揄めいた笑みを浮かべてみせた。販売交渉はこっちでやる、と言いたげな目配せに、門倉は舌打ちの代わりに顎を上げて睨め下ろす。
(おどれのフィールドやからって、得意顔しよって……)
 とはいえ、門倉は南方ほどインテリアにこだわりはなく、ソファも使い心地がよければ、あとはどうでも、という投げやりさだ。同棲しているが、門倉の部屋ではない。好きにしたら、という態度で、ぶらぶらと後についていく。
 南方は営業が持ってきたカタログの説明を聞きながら、いかにも高級なソファを順番に見ていた。今あるものより幅広で、クッションも見るからに丈夫そうな品を見つけると、腰かけてみたり、背もたれを触ってみたりしている。
 うちのひとつが気に入ったのか、腰を下ろしてから門倉を見やった。
「おい、門倉。これはどうだ?」
「ええんと違う」
「お前も座って確かめろって言ってるんだよ」
 指図してきた南方に、門倉は無言で隣に歩み寄る。前を開けたコートの裾を捌き、事務所で座るのと同じように、どっかりと腰かけて足を組んだ。
「まあまあ、悪うないな」
 呟いて、店員を一瞥する。店員の表情が明らかに強ばった。前傾姿勢で手を組む南方と、後ろにもたれてふんぞり返る門倉。部屋でテレビを見るとき、二人がよくする体勢なのだが、きっちり着込んだ冬物、上品な革靴、門倉の黒い眼帯、高級感あるソファ、二人の風貌体格そのほか、すべて相まって完璧な構図が完成していた。美的な意味ではない。堅気の客ではないという意味でだ。
 門倉と目が合った店員の顔が、緊張に引きつった。
「あの、いかがでしょうか、お二人で座られても、余裕があると思いますが……」
「そうじゃのお。おい、南方。どけ」
「なに?」
「ええから、どかんかい」
 軽く凄んで、隣の南方を追い出す。後ろで見守る店員は、今にも逃げ出したそうな顔をしている。
 今のソファは、並んで座るだけなら足りるが、寝転がると足がはみ出る。門倉が唯一、不満に思っているところだ。それを聞いたので、南方も新調しようと言い出した。今頃になったのは元を正せば南方のせいなわけで、──門倉は混み合う時期に見に来る羽目になった全責任は、南方にあると考えている。
 南方を追い出してから寝転がると、足を上げる。肘掛けに踵を乗せて具合を確かめると、首を曲げて南方を見上げた。
「頭も落ちんし、ちょうどええわ。どうじゃ?」
「そうじゃな……」
 見上げた門倉を、南方が額に手を当てて渋い顔をする。店員は、南方も含めて客達が堅気でないと断定してしまったようだ。にこやかにカタログを抱え、「ちょっと在庫を確認してきますね」と一礼するや、小走りに立ち去る。きっと責任者へ相談しに向かったのだろう。
 遠ざかる店員の背中を見送った南方は、寝そべった門倉を呆れ顔で見下ろした。
「店員を脅すなや」
「脅しとらんよ。向こうが勝手に思い違いしたんじゃろ」
 寝転がったまま門倉が嘯く。南方は習慣的に肘掛けに腰かけようとしてから、遠慮した。門倉の頭を撫で、肩を叩く。促された門倉は、素直に起き上がった。店員を脅かして追いやったので、もう悪びれて寝転がっている必要はない。寝心地も十分確かめられた。
 南方が改めて隣に腰かける。門倉は肘掛けについた靴跡を払いつつ、南方に問うた。
「で? これにするんか?」
「まだ見て回るつもりじゃった。店に警戒されたけぇ、これ以上回れるか解らんが」
「そういうときの手帳じゃろ」
「おどれの身分を保証するために持ち歩いてるわけやないぞ」
 ぼそぼそと言い合いながら、お互い顔を向き合わせるでもなく、ショールームの景色を眺める。
 綺麗に配置された様々な家具には、ひとつひとつ、生活空間が想定され、物語が込められているかに見える。門倉は、自分たちの生活空間が同じような物語を持つとは思えず、空間の中にいながら、すべてを外から眺めている心地がした。座り心地のいい観覧席から、なめらかな芝居の一場面を見ているような距離感だ。隣に南方がいるのも、少し奇妙な感覚だった。
 本来は、南方も向こう側の人間だったはずなのだ。
「お前、こういう人がおる場所、割と好きよな」
「好き嫌いと関係なく、生活しとったら人がおる場所には来るもんじゃろ。お前はどうか知らんが。世の中の生活は、大半は善良な市民が回しとるもんよ」
 答えた南方を振り向く。その眼差しが、自分と同じ傍観者の目つきになっているのを見て、ふと口元を緩ませた。
「お前も、もう堅気の顔しとらんけどな」
 揶揄すると、南方が一瞥し、不本意と言いたげに憮然とする。
「そんなことないだろう。今はちゃんと外面作っとる、店員が逃げたんはおどれのせいじゃ」
「どうじゃろうなあ?」
 少し経って、明らかに責任者だろう壮年の男性が現れた。門倉たちが立ち上がると、店の人間がさっと値踏みする視線で二人の格好を確認する。
「本日は、ソファをご覧になりたいとのことで……」
 挨拶と共に男が名刺を取り出す。受け取った南方が「ご丁寧に」と答えつつ名刺を返すと、相手の表情が一気に明るくなった。斜め後ろで眺めていた門倉は、思わず冷笑してしまう。本当は手を叩いて笑いたいところだった。手帳が名刺になっただけで、南方の肩書きが門倉の身元を保証したわけだ。
 含み笑いを聞きつけた南方が、ジロリと視線を寄越してくる。
「彼とルームシェアをしているんだが、二人とも身丈がこの通り……でね。この品物と同じくらいのサイズで、もう少し見比べたい」
「そうでしたか。こちらの展示以外にもご案内できますよ」
 店員は愛想よく応じ、恭しく展示エリアの奥へと案内していく。
 先導される南方の、肩で風を切る堂々とした態度が、いかにも上層のエリートじみていて、門倉はおかしくてならなかった。外面よく振る舞えば振る舞うほど、本来の南方の姿からは遠のいていく。その乖離が、門倉には妙に愉快に思えてならない。
(どいつもこいつも、コイツの外面の良さに騙されとるかと思うと……)
 善良な市民相手に悪徳警官め。からかい文句のような悪態は、いくらでも思いついた。悪徳警官、ろくでなし、世間師、悪党。
(そもそも、この男が警察官僚をやれてる時点で、堅気の世界もどうかしとるわな)
 門倉が後ろでほくそ笑んでいる間、南方は案内されるまま、似たり寄ったりのソファを生真面目に検討していた。まばらにいた客は周辺にほとんどおらず、庶民がおいそれと入ってこられる価格帯でなくなったのが解る。
 店の人間は、身元確かな高給取りに高額商品を売りつけようと、引き過ぎず、押し過ぎずの絶妙さで、少しずつ勧める価格帯を釣り上げてきていた。店員の思惑は南方も理解している。値段相応の品質を見ておきたい、そんな動機で好きに案内させているのだろう。
 やがて、一般的な金銭感覚では、その場でぽんと出すには躊躇われる商品しか見当たらなくなった。店員の圧も増している。真面目に検討しつつ、半分くらいは冷やかしに違いない。上客として十分接待されたところで、南方はようやく、門倉を振り向いた。
「どうだ。気に入りそうなやつ、あったか? さっきみたいに座ってみてもいいそうだが」
「もちろん、横になって確かめていただいて、問題ありませんので。ぜひ」
 南方の言葉に便乗し、店員が愛想たっぷりに言い添えてくる。門倉はコートのポケットに手を突っ込んだまま直立不動になり、投げやりに言い放った。
「最初見たやつが、ええな」
 南方と並んで座り、試しに寝転がってみせたソファ。この責任者が来てから案内した商品の中で、一番安価なソファだ。
「最初の? 足の先、はみ出てただろ」
 怪訝な顔をした南方だが、門倉の意図にすぐ気づいて、ちょっと眉を寄せた。渋い顔のまま、念押ししてくる。
「本当にいいのか?」
「ワシは、あれがええな。気に入った」
 随伴している男が、営業スマイルの下で地団駄を踏むのが透けて見えるようだった。門倉はニコリと微笑してみせる。
 南方が渋い顔でいるのは、頑丈さを憂えているのだろう。しかし、壊れたなら買い換えればいいだけのことだ。家具も、部屋も、なんなら生活そのものに至るまで、自分たち以外はなんだって替えが利く。
 門倉のそういう腹を読んでなお、南方は難しい顔をしていた。
「あれなら、おどれの足を枕にしても、塩梅良さそうじゃ」
 門倉が付け足す。店員に要らぬ想像の余地を与えるよう、わざとらしく親密さをこめて声を発した。そのせいで、南方の方が驚いた顔をしてみせた。門倉が視線を合わせてにんまりと笑う。
 南方は、門倉の決定が覆らないのを確かめると、店の人間を振り向いて、上辺だけ申し訳なさそうな表情で取り繕ってみせた。
「最初に見せていただいたもので、用意してもらえるか」
 店員も上辺だけ愛想良く快諾する。門倉を一瞥もしない態度に、恨みがよくよく顕れていた。「在庫を確認してまいります」と言ってから、ちらっと門倉を見やった。
「お色は……」
「黒」
 門倉が口を挟む。これには南方が驚いたのか、少し目を見開いた。
「アイボリーかベージュか知らんが、ぼやっとした色は嫌いじゃ。眠とうなる」
「……だそうなので、黒で用意してくれ」
「かしこまりました」
 店員が立ち去ってから、南方は門倉を振り向いた。
「部屋の真ん中に黒があると、重苦しくならんか」
「さあ」
 門倉がすっとぼける。本当は色に要望などない。何色のソファが置いてあろうと、あそこは南方の部屋なのだ。好きにしたらいい、そう思っている。しかし、南方が門倉の好みを置きたいのだというなら、話は別だった。
「置いてみて、気に入らんかったら変えたらええじゃろ」
「何のために下見に来たかわからんな」
 南方が呟く。見ると、笑いを噛み殺した顔をして、明後日の方に視線を逸らしている。急に要望を言い出したのを「カワイイ我が儘」とでも捉えて、悦に入っているらしい。のんきな思い違いをしている南方に、門倉は呆れ顔で言いやった。
「そがなおめでたい頭で、ようキャリアやれとるのう。じゃけえ、いつまでも新人立会人扱いされるんじゃ」
「それは今、関係ない話じゃろが」
 良い気分に水を差されて、南方が憮然とする。店員を相手にしていたときの、ふてぶてしい態度が嘘のようだ。
 待っている間、門倉はそのあたりのソファに腰を下ろした。座り心地が抜群に良く、下らない思いつきで安物にしたのをわずかに後悔しそうになった。
 南方が門倉の隣に腰を下ろす。黙然としている門倉の顔を、横から覗き込む。後悔を見抜いたのか、ニタニタと嫌味に嗤っていた。腹立たしい笑い方をじろりと見やって、門倉が言いやる。
「ずうっと気取ったしゃべり方しとったけど。肩書きで気圧すの、やっぱりええ気分なん? エリート警視正殿」
「無知無害な市民相手に、ええ気分もクソもないわ。相手が勝手にペコペコしてきただけじゃろ」
 南方の返事はにべもない。揶揄を撥ねのけたというより、相手は眼中にないと雑に突き返す口調だった。正面に向き直った南方の、厳しい横顔を見て、門倉は何を考えているのか薄々察した。
 南方は、警視庁が抱える暗部を知り得たことで、世の中の裏側を──それも相当な裏側を見たと、思っていた。しかし立会人となり、賭郎の抱える情報を見て、自分が氷山の一角にすら触れていなかったのだと思い知ったのだ。門倉がより高みから世の中の裏表を見てきた事実に、改めて打ちのめされたのだろう。
 悔しさを噛みしめつつも、けして折れない南方を見ると、門倉は言いようもなく全身が滾る。胸奥に沸く感情をなんと呼ぶのが正しいかは、門倉にも解らない。ただ、この感情に揺さぶられるのを楽しいと感じているのは、確かだった。
「ワシとおったら退屈だけはせんよ。そこは保証したる」
 うそぶく門倉に、南方は革張りの背もたれにもたれかかる。顎を引き、拗ねたように口先を尖らせて呟く。
「そんなのは、とうの昔から知っとるわ」
 だから今、こうして隣にいるのだ。言外にそう言われ、門倉は顔を上げて短く哄笑した。 
 

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