木製のドアはぴったりと閉じている。見た目に反して軽やかに開いたドアを、疲れ果てて泥のような体を引きずり、くぐり抜ける。中は、目を細めるほど明るい。朝日に似た白く眩い光に満たされた空間には、いくつかのテーブルが用意されているが、無人だ。
いや、テーブルの前に着席して寛ぐ人影が一人だけ、在る。
ヘクトールは失った右腕の分だけ軽いはずの体を、感覚の無い両脚で、ゆっくり、ゆっくり運んでいく。椅子に腰を下ろした途端、腹の底から絞り出すような長い溜息が溢れてしまう。
「やり遂げたか?」
「俺に出来る事は」
「それならいい」
他の誰でもない、最も信頼した男の為し遂げた結果をつぶさに尋ねもせず、ここを訪れた事実だけですべて承知する潔さが、部屋をさらにあかるくまばゆく、輝かせた。ヘクトールは左手を翳して相手の顔を見る──今は傷ひとつなく、すべてを全うし完璧な姿のアキレウスは、憎たらしくなるほど清々しい表情でこちらを見ている。ヘクトールは降参の苦い笑いで口元をほころばせた。
「君にはどうやっても適わないな、まったく」
「なんだ。今更、噛みしめてるのか?」
晴れ晴れと笑い、対面から手を伸べてくるアキレウスに、ヘクトールは観念して左手を伸べる。どちからともなく、軽やかに互いの手を打ち鳴らすと、窓の外──因果を取り囲む無窮の地平を同じように振り向いて眺めた。
[了]
394 views
