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昔日菜譜

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 翌日も本部に資料を取りに立ち寄る必要があり、昼過ぎにビルに向かった。連日、本部から呼び出されるのは珍しい。
 昼休み開始のタイミングとバッティングしてしまい、エレベーターホールはビル内の事務所や賭郎本部の事務部門から出入りする社員で混み合っていた。このビルは昼休み、エレベーターに乗るのに並ばなくてはならない。昼休み時間をずらしているのだろうが、それにしても不便な話だ。
 時間をずらして降りてきた面々とすれ違う、その中に門倉の黒服たちを見つけ、俺は軽く手を上げる。
 門倉の黒服でも最古参の連中は、門倉が賭郎入りしてすぐに呼び寄せた、奴の腹心同然の連中だ。つまり、俺が門倉のグループと角を突き合わせていた広島時代を知る面々だった。当時、実際に顔を合わせてはいない。だが、何度か話す機会があり、それなりに距離を縮めていた。向こうは、また門倉の前に現れた厄介者が、と思っている節がある。露骨に煙たがっている奴もいれば、南方は門倉の軍門に降ったと嗤う奴もいる。ただ、赤の他人の黒服に比べればずっと扱いやすい。酒を交えて話に水を向ければ、同じ地元の同期も同然の間柄には違いない、と認識を改めたようだった。
 こっちとしては、賭郎内でかなり気安く話せる貴重な人間たちだ。自分の手駒が賭郎内にいない現状、悪くない距離感で付き合いを持っておきたい。音沙汰が掴めなかった期間の、門倉の話を聞きたいという下心もある。
 俺を見て、黒服たちは三者三様の表情を見せた。構わずに話しかける。
「お前ら、今から昼か? 門倉も上に来とるんか」
「雄大クンは判事の付き添いで出払っとる」
「おどれ、こっちを言い訳に本職サボっとるんと違うやろうなぁ?」
「生憎、サボって出世できるほど甘い仕事と違うんでなァ」
 堅気の社員がちらちらと様子を窺う視線を向けてくる。端から聞くと険悪なやり取りに聞こえるかもしれないが、門倉の親しみを込めた罵詈雑言と同じで、単にくだけた会話をしているだけだった。
 俺は列から離れ、昼飯に行こうとしている一行を追いかける。
 黒服たちは、追いついた俺をばらばらに振り向いた。笑う奴、苦い顔をする奴、何食う? と聞いてくる奴。リアクションにまとまりがない。
「なんで着いてくるんじゃ」
「たまには相席してもいいだろ」
 一番邪険にしてくる奴は露骨にイヤそうにしたが、一番あたりの緩い奴が「ええじゃろ」と横から宥める。
「お偉いケーシセー殿が奢ってくれるいうんやから、乗っとけば」
「お、そうなん? ゴチになりますぅ」
「あざーっす」
「おどれらな……」
 アタリの柔らかい奴が一番抜け目なかった。とはいえ、警察に交際費はつきものだ。ええよ、と頷くと三人とも顔を見合わせてから、ニタニタと気味悪く笑う。
「南方の財布に一番きつそうな店にしよか」
「たっかいランチ、どっか知らん?」
「お高くとまった店、俺はイヤじゃ~」
 飯を食う算段より俺の財布を削る算段を始めた黒服は、背格好こそいい大人だが顔つきが完全に地元で徒党を組んでた頃の、クソガキの面構えだった。思わず呆れ顔で呟いてしまう。
「いいオトナが、なんなら……」
「南方はひっこんどれ」
「わしらがたかって困るような手取り違うじゃろが」
「元を正せば我々の税金ですし」
「……」
 連中がごちゃごちゃアタマをひねる前に、さっさと買収してしまおうと決めて、この辺りで一番値の張る寿司屋を検索して連れて行った。安直だが、こういう奴らには一番効く。
 近隣の店は列が出来ているのに、寿司屋に並ぶサラリーマンはいなかった。昼だと安価なランチも出しているようだが、それでも良い値段をしている。安月給がちょくちょく食べに来られる昼飯ではない。
 三人が看板を見て顔を見合わせているのを後目に、俺はさっと暖簾をくぐった。黒服たちが後ろから慌ててついてくる。金の力で立場を逆転する歪な優越感は、この仕事に就いてから覚えたしょうもない手管だが、いろんな場面で面白いように効く。
 わざと奥の座敷席に案内してもらい、他の客と距離を置く。こいつら、奥まった場所に囲われるリスクが頭にないのか、と呆れそうになったが、門倉の舎弟が場の不利を気にするわけがないと思い直す。
「なんでも好きに頼め」
 投げやりに言ってやる。すると、三人は顔を見合わせから、ゲテモノでも食わされたかのような顔になった。
「昼に寿司に連れてくるっちゅう、これな。これだよ」
「そうそう、これだから南方はよぉ、ちゅう感じじゃな」
「おん。奢ってもらうくせに言い様じゃのう」
 言いたい放題の連中にこめかみを引き攣らせる。すると、涼しい顔をした黒服が言い返した。
「雄大クン、こういう嫌味な真似は絶対しないからさあ~」
 一番、標準語寄りの黒服がチクリと刺してきて、俺はさらに顔を引き攣らせる。こんな挑発に乗るわけにもいかない。
 まあ、門倉に心酔して人生を賭けてる連中なので、門倉の価値観にも心酔していて当たり前だ。
「筋金入りだな」
 せせら笑うと、「当たり前だろ」と三方から怒鳴られた。釈然としないが、なにしろ多勢に無勢だ。昨日に引き続き、アウェイで飯を食うのは腹に悪そうだと苦笑いが浮かんでくる。
 つられて、昨日の中華屋でのことを思い出す。あの店には、こいつらとよく行っていると話していた。
 運ばれてきた煎茶を啜りつつ、それとなく聞いてみる。
「お前ら、反対側方向にある、桃園て町中華、知ってるだろ?」
「ああ」
「雄大クンお気に入りの町中華な」
「そこで飯食うたんじゃが、天津飯頼んだら変な顔されてなあ。あいつ、食いモンに好き嫌いあるんか?」
「ないねぇ」
「雄大クンはなんでもようけ食べるよ。食っても太らんらしいし。羨ましいのう」
「しかし、天津飯ねえ~」
 黒服のうち二人が顔を見合わせてニヤケ笑いを浮かべる。
「なんじゃ。いかんのか?」
 俺が訝しんで尋ねる。二人はこっちと目を合わせずに、まあねえ、ともったいぶった態度で出し惜しみしてくる。
「いやぁ~? 接待慣れしてるとかいうわりに、粗忽ですよね」
「雄大クンの腹がわからんかった阿呆やけ、あかんのじゃろ」
 俺と口を利いていた二人は、急に無視してメニューを眺め始めた。腹立たしいが、門倉の話題となると、長年側仕えしてきたコイツらの方が有利だ。俺が、上京してからの門倉について知りたがっているのも、薄々勘づいている。あっという間に立場が逆転してしまい、嫌な手汗が滲んできた。内心苛立ちつつ、どうにか口を開かせようと話しかける。
「味付けが違うとか偽物とか言うてたが、そがいに気になるか?」
 黒服どもは、わざとらしく間を置いてから、どこか得意げに語りだした。
「懐かしい話ですね。天津飯が違うなあ~なんて、十何年も前にちょっと出たくらいで。あんな料理に良いも悪いもないでしょ、って言ったら、雄大クンに睨まれたっけ」
 標準語よりの黒服は、態度こそ柔らかい印象だが、話し方の端々に辛辣さが見える。この三人で一番薄情なヤツなんだろう、などと勝手に想像していた。あんな料理と言われた天津飯に同情するが、言わんとするところはわからなくもない。
「確かに、俺らも雄大クンも、好き好んで頼まんなあ~と思うて。やっぱ蓬莱の天津丼みたいなぁじゃないと、食うた気がせんのよ」
 言いながら、黒服は大げさにどんぶり鉢を持つ手付きをしてみせた。バカでかい丼になみなみと盛られたかに玉の絵が脳裏を過る。やけに鮮明なイメージで、自分でも戸惑った。二人は勝手に地元の、更に局地的な話で盛り上がり始める。
「雄大クン、あれ食うて、餃子も食うて、それで八分目言いよったな」
「昔から気持ちの良い食いっぷりじゃったなあ」
 そうしてる間に、握りが次々運ばれてきた。人の金だと思って、三人とも特上一人前に追加で高いネタも頼んでいる。もう好きにしてくれ、という気持ちで相手の皿は見ずに、自分の分に箸をつけた。連中が特上で俺が梅竹というわけにもいかない、予定にない豪華な昼飯をなるべく堪能しようと、味覚に意識を集中する。
 見せつけるように、うまいうまい言いながらと食べている隣の二人とうってかわって、対面の黒服は不機嫌に黙り込んで食べていた。さっきから一言も口を利かない男だ。態度が徹底している。古参の中で一番俺に当たりのキツイ黒服だった。門倉の舎弟というより信奉者じみた男だ。舎弟どもは門倉が死ねと言えばどいつも死にそうだが、いの一番に名乗り出るのはコイツなんだろう、という確信がある。
 残りの二人がいるので仕方なく相席しているが、本当のところ、俺の顔を見ながら寿司なんて食いたくないに違いない。
 男は、対岸の俺を無視し続け、手元から視線を上げようとしなかったが、見られているのに気づいたのか、藪睨みの目をこちらに向けてきた。目が合っただけで喧嘩を売るつもりなのが解る。
「おどれ。たいそう頭ええらしいが、物覚えは悪いんじゃのう」
 口を開いたと思ったら皮肉のこもった罵声が飛び出した。隣の二人も、感心しない顔で見やっている。俺はすかさず言い返した。
「お前に売られる覚えはないが?」
「売っとらん、事実じゃ」
 なんとも吠える番犬だ。門倉と俺が親しい間柄になったのが、ともかく面白くないという態度だ。
 門倉の舎弟にはこういうタイプがちらほらいるが、コイツは露骨に吠えてくる。つい、悪い虫がムズムズと疼く。そんな態度でこられると余計に優越感がくすぐられるだけだが、と忠告して煽り立てた上で、実力行使で叩きのめしたくなってしまう。
 もし、ここに門倉がいたら、俺の顔を見た途端、問答無用で裏拳をぶちかましてきただろう。俺と舎弟の面子なら、当然、舎弟の面子を取るのが門倉雄大という男だ。
 俺のニヤついた態度がよほど腹に据えかねるのか、男はまだ食べ終えていないのに箸を置くと、じっと俺を睨んできた。
「広島の。蓬莱ちゅう店、覚えとらんか。コイツが言うとった店じゃ」
「さぁ……こっちに来て十年以上経っとる。昔のこと、いちいち覚えとらんのう」
「おどれ、その店で雄大クンに会っとるじゃろうが。それも忘れたんか」
 せせら笑って返した俺に、男がぐいと身を乗り出して言い放った。凄んで潜めた声が、ずいと胸ぐらあたりに刺さるのを感じて、俺は箸を止める。
「知らん」
 本当だ。この男の話を、俺は知らない。さっき、会話の合間によぎった料理の鮮明なイメージに気づいて、男を見据える目に知らず知らずのうち、力が入っていた。
 俺の表情を見て、男が得たり顔になり、嫌な笑いを浮かべる。
「ははぁ、忘れとるんじゃろ。教えたろうか?」
「……」
「雄大クンな、『蓬莱で南方恭次と会うた』て、言うとったんじゃ。バカ盛りにした天津丼がっついとって、お勉強上手なトコの坊ンかと思うとったが、あがいなぁなら、案外脳筋のアホかもしらん。そんなような話をな」
「……」
「こうも言うた。『同じモン食いよるなら、話くらいできるじゃろ』ってな」
 男の話が、記憶違いや与太なのか判断できず、他二人の黒服を素早く見やる。一人はウンウンと頷き、一人は記憶をたぐる思案顔で首をひねっている。美化や誇張が混ざっているのは間違いなさそうだった。だがしかし、それでも、聞き流せない話には違いなかった。
「そがいな話は、知らんぞ」
「知らんちゅうことは、雄大クンが昔のハナシを無かったことにしたい、思うとるんじゃろうのう。あん時のおどれに、そこまでの価値はなかった、そう言いたいのと違うか?」
 男は、神経を逆撫でする言い方でわざとらしく挑発してくる。が、今の俺にはそれどころではなかった。
 門倉とは、再会するまでの間にどうしていたのか、積もり積もった話をしてきた。酒の肴に、お互いの苦労話で盛り上がっては、どちらか酔い潰れるまで飲み明かす夜もあった。話のほとんどは、俺が警察の歯車になる経緯を語らされるばかりで、門倉からはたまに、面白かった立会について、細部をぼやかして話すのみだった。
 ただ、道行きが交わったあの夜の前後については、なんとなく話していない。気恥ずかしさもある。それ以上に、共有の思い出というには、お互い見ていた相手の姿が本人とかけ離れすぎていたと、知っていたせいだ。
 俺たちは、相手の噂に自分の見たい姿を勝手に見い出して、根拠ない期待や連帯感を得ていただけだった──それをあの夜、暗い空の下に晒されてしまったのだ。
 だから、あんな決着になり、門倉は未練なく街を出て行った。
 もしかすると、無意識に避けていたのかも知れない。門倉の口から聞く、かつて門倉が見ていた、昔の自分の姿を知りたくなかったのかもしれない。
 黙り込んでしまった俺に、男は仲間の二人を振り向いて、それみたことかと言いたげにつばを飛ばした。
「ハッ。やっぱりコイツはド阿呆じゃ。顔合わせた覚えもないちゅうとるんやぞ? 雄大クンは、ちゃんとおどれの面ァ拝んで見極めたから、話つけるて決めたらしいのに」
「……本当にわしは阿呆じゃの。門倉があがいな顔するのも、無理ないわ」
 ひとりごちる。門倉の舎弟たちの反応は、もうとっくに意識の外だった。門倉の憮然とした、面白くなさそうな態度がなんだったのかわかってしまうと、今すぐにでも会いに行きたかった。顔を合わせたところでどんな釈明も意味をなさないが、それでも会いたいと思った。
 が、そういうわけにもいかない。判事と出払ったというなら、かなり重要な仕事に違いない。
「この後、門倉に会うたら、わしが顔見たい言うとったと伝えてくれんか?」
 恥を忍んで舎弟たちに頼む。すると、三人は顔を見合わせてから異口同音に返事をよこした。
「誰が頼まれるか、ボケッ」
「おどれの肩ァ持つわけないじゃろ」
「雄大クンの連絡先知ってるなら、自分で連絡したらどうです?」
 にべもないとはこのことだ。しかし、当然の返事だった。呆れ果てた三組の目に睨まれた俺は、肩をすぼめて「すまん」と項垂れた。
 
 
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