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 店までの道を知っているフロイドが運転し、南方が助手席で監視、後部座席には門倉と梶が座る配置になった。
 最初は、「助手席は梶だ」とフロイドが言い張って、梶を助手席に座らせた。だが、後部座席に詰め込まれた広島組の窮屈そうな両脚と、門倉に「かさばる」と嫌味を言われてこづかれ舌打ちされる南方に、梶が同情して、場所の交換を提案した。
 小柄な一人が後部差席に回ったので、多少全体のバランスは良くなったが、前座席の二人は憮然、あるいは消沈していた。
 フロイドが向かう店は、表参道と代官山の間あたりにあった。移動中、社内からは華やかな街の景色が見えていた。これまでいた茅場町近くのビル街とは、風景の情報がまるで違う。テレビで見かける有名店のディスプレイ、歩道の通行人のファッション、あちこちに貼り出された広告。街のカラーすべてが、トレンドの発信源だという自負に溢れている。梶が、賭郎勝負の仕込みで出入りするホテルや、勝負の舞台となる様々な建物や場所とも、異なる雰囲気だ。
 そして、フロイドならこういう場所も似合ってしまう。梶は車窓の鮮やかさに徐々に圧倒されていった。
「こういう場所は梶くらいの年頃が一番うろつく場所だろ」
「そんなことない。こういう場所に来られる人種だったら……」
 梶の口から自己否定の文句が出そうになり、運転席のフロイトと、隣に座る門倉が耳をそばだてた。
 信号待ちで車が止まり、眼の前の横断歩道を通行人や勤務中の人々がまばらに歩く。フェイクか本物かわからない高級バッグを持って通り過ぎた同年代の女子たちを見てから、梶は首を振った。
「こういう場所に来られた人生だったら、貘さんに会えてなかったですよ」
 卑屈なような、自己肯定のようなコメントを口にした梶に、門倉はふと口元を緩ませ、フロイドはフウンと生返事をする。まだ、貘の勝負を目の当たりにしたことがないフロイドは、梶の心酔ぶりを面白く思っていないのだった。
 車は表通りから路地に入り、ロッジ風の店の前に停まった。周囲は日本の高級住宅街の佇まいを見せているのに、店鋪はアメリカのダイナー風を演出している。
 フロイドは店構えの部分だけ切り取ってうそぶく。
「周りの景色がなきゃ最高なのにな」
「なに言ってんの」
 傲慢な物言いに梶が白けた声をかける。
 フロイドは、降りた南方と門倉を振り向いた。
「あんたらはどうする? 入るかい」
「監視業務だからな」
 南方の言葉に、フロイドは口端を下げて面白くなさげに「あっそ」と呟いた。親しげに梶の肩を抱いて、入り口の階段を上がる。
 間を置いて続いた南方の背中に、後ろから門倉の不機嫌な声がぶつけられる。
「アイツ、適当にでっちあげて、ぶち込めんのか? おどれの十八番じゃろ」
「イヤミか? できるんやったら、わしじゃのうても、外事あたりがとっくにやっとるんじゃ、ボケ」
 警察も手出しできず歯噛みしているとよく分かる答えに、門倉は肩をすくめた。

 

 店内には、今から会計する観光客らしきアジア人のグループがいるだけで、閑散としてる。平日の昼過ぎなのでこんなものなのだろう。
 店長兼コックと思しき若い男が、入ってきたフロイドを見てニコッと笑顔を見せた。顔なじみの客が久しぶりに来てくれた、と素直に喜ぶ態度だ。手を上げたフロイドは、店員の案内を待たずに一番広い窓際のテーブル席を陣取った。
フロイドは、それとなく立会人たちに、よそのテーブルに座るよう目配せする。露骨すぎる独占欲に、南方は思わず嫌味に笑ってしまった。欧米人は表情筋が豊かというが、フロイドは国籍不明と触れ回っているのに、態度や仕草は完全に欧米人のそれだ。
 南方と門倉は、フロイドの様子が見えるボックス席に収まった。
 南方がメニュー表を取る。文字だけのメニューだが、料理の説明書きは丁寧だ。ビールの種類も豊富だった。門倉が、南方の見ているメニュー表を対岸からちょいと引っ張って覗くと、やる気なさそうにつぶやく。
「お前、適当に決めてくれ」
「なんじゃ。腹ァ空いとらんのか」
「こういうのはわからん」
 門倉がぼそぼそ呟く。このテの店は馴染みがない、と言いたいらしい。南方は、意外な気がして「へえ」と眉を開いた。門倉がジロリと睨み、無言のまま脛を蹴っ飛ばしてくる。南方は痛がるふりで首を振った。
「わかったわかった。じゃあ、腹は空いとるんじゃな」
「カツ重に天ザル二枚食えるくらいは空いとる」
「それは食い過ぎじゃ」
 和食の例えで返してきた門倉に南方は言い返し、相変わらずの健啖ぶりに胸のうちでこっそり笑った。
 南方は書いてあるメニューの説明文を黙読した。親切な説明文があるので順番に読み上げてやろうかと思ったが、余計な真似だと言って、また脛を蹴られかねない気がした。多分、ハンバーガーという料理に乗り気でないのだろう。
 門倉は、梶と話しているフロイドを見てから、店内のレイアウトや装飾を見回し、最後に南方に視線を戻した。
「決まったか?」
「お前の分は決めた。わしのは……」
「ワシと同じもん頼むなよ」
 門倉に一番美味しそうに見えたハンバーガーを選んで、自分も同じものを食べるつもりになっていた南方は、仕方なく次点のメニューにした。これは多分、一口寄越せといわれて徴収される流れだ。太るぞ、と毒づいた南方の向こう臑を、門倉がもう一度軽快に蹴っ飛ばす。
「ワシよりおどれのほうがすぐ肉付くくせに、よう言うたな。今より一キロでも肥えてみろ、上に乗せたらんぞ」
「う……」
 それは困る、と南方は口にはせず眉根を寄せた。露骨に情けない顔をする南方に、門倉はニヤニヤしながら囁く。
「心配せんでも、ワシが上に乗ったるけえな」
「それはそれで嫌じゃ」
 門倉がフーンと返事とも溜息とも付かない声を返し、白けた目で見やってくる。見下してくる片目に、南方は渋々答えた。
「一口だけじゃぞ。多分、おどれの想像してる倍くらい巨大なのが来る」
 南方は答えつつ、フロイドたちの卓を見た。もう頼んでいるかと思ったが、まだ注文すらしていない。長考している梶に、フロイドが向かいからあれこれと口を挟んでいる。メニューの説明をしているらしい、フロイドはいかにも楽しげな顔をしていた。
 待つ義理もないなと思い直し、店員を呼ぶ。
「サルサアボガドダブルバーガーと、チェダーチーズエッグダブルバーガー、コールスローとシュリンプ、コーヒー……」
「クラフトビール。ワンパイント」
「……」
 門倉が目顔でお前も飲めと誘ってくる。南方は黙殺して「ビールは一つで」と念押しした。
 店員が下がると、南方は腕組みして門倉を見やる。
「なに?」
「知らんぞ。わしはフロイドの監視はするが、梶様の面倒は見んからな」
「ビールぐらい、味の付いた水じゃろ」
 門倉はそこそこ酒豪なうえ、仕事がなければ限界ギリギリまで飲むタイプだ。門倉の酒量を把握している南方からすると、ビールが水の言い分は解らなくない。だが、聞き間違いでなければパイントで注文していた。グラス一杯なら水も同然だが、ワンパイントは結構な量である。しかもクラフトビール。
「お前、なに注文したかわかっとんの?」
「知らん」
「……嘘じゃろ?」
 引きつった笑いで返す。門倉はなにも案じていない顔で頬杖をつき、フロイドと梶のテーブルを見やった。別に何が運ばれてきても南方がいるのでどうとでもなる、そんな横顔でいる門倉に、南方はあ然とし、閉口してから、妙にくすぐったい心地になってきて、フロイドたちのテーブルに視線をそらした。
 テーブルでは、フロイドが店員とフランクに談笑しながら注文しているところだった。梶は彼の陽気な雄弁さに、むっつりと黙りこくっている。上手くいっていないフロイドの様子を見て南方が含み笑いを洩らすと、門倉も似たようなせせら笑いを浮かべていた。

 

「絶対食えたって。なんで怯むんだよ」
 注文を終えたフロイドはニヒルな男前に不似合いな拗ねた顔をし、口を尖らせている。梶はフロイドの意見に「だから」と同じ反論を繰り返した。
「パテが二枚って、ハンバーグ二枚挟まってるんだろ? 僕は最近、三食ちゃんと食べてる。今朝だって食べた。なのにそんな巨大なの、入るわけないだろ。……いくら美味しくても」
 途中から言い返す声に勢いがついてしまい、クレームを付けているように感じて、最後にフォローする意図で味に言及しておいた。厨房は聞こえていないかふりをしているだけか、テーブルを見向きもしない。
フロイドは「絶対いけたって」とまだ口の中で呟いている。
 梶はフロイドの体つきを見て、確かに彼なら平気なんだろうと想像し、微かな羨望を覚えた。がっしりした肩幅、適度に鍛えられた肉体、国籍不明だが明らかにモンゴロイドの骨格ではない。骨が太く身幅も厚みもある。中に詰まっている内臓もさぞかし立派で頑丈なのだろう。
 あれこれ想像しているうち、矛盾遊戯で「撃て」と試してきた姿を思い出し、苦い顔をした。撃たないと読んでの挑発なのは解っているが、あんな意表の付き方が出来たのは、自分の肉体美に対する自信が何割か占めていた気がする。
 もちろん当時、そんな想像をする余裕はなかった。梶が見たのは、銃弾の前にさらけ出された心臓そのものだった。
「どうした?」
 じっと見つめいる梶に気づき、フロイドが笑み返す。梶は首を振った。
 年齢不詳と嘯くフロイドは、貘と同じくらいの近い年差に見えるときもあれば、ずっと年上に見えるときもある。無鉄砲なバカヤロウと思うときもあれば、頼もしい共謀者と思ってしまうときもある。
 貘やマルコと違う距離感で、確かに隣あって同じ方向を見ている感覚を、梶は何と呼べばいいのかまだ知らなかった。ただ、フロイドに聞けばすぐ正解が貰えそうな気はしている。
「そういえば忘れてが、梶は酒の飲める年だったな。この仕事が終わったら、とっておきのバーに連れてってやるよ」
「そういうのいいんで」
「なんだよ、相棒と祝杯上げるくらい付き合え」
「僕の相棒はアンタじゃなくて、貘さんなんですけど?」
 ああ言えばこう言う、軽妙なラリーが止めどなく続く。それが、梶はだんだん楽しくなってきている。
 フロイドと軽口を叩くのは、他の誰かと交わす他愛ない会話よりテンポがいい。気持ち良くステップを踏まされている感覚がある。リードされていると理解していて、それが面白くない気持ちもあるのに、止めどなく出てくる下らない悪態の放物線が爽快で、やめられない。
 会話は言葉のキャッチボール、と字面で見たことは何度かあるが、実感したのは数えるほどだった。一番長くキャッチボールしている相手は、もしかするとフロイドなのかもしれない。
(最初が、殺し合いだったせいかな)
 梶もフロイドも、どこまで踏み込むと殺されるか殺してしまうか、あるいは殺せないのか、全部カードを見せ合ってしまった。だから、その後はひたすらカードゲームをしているようなものかもしれない。ルールが明確なゲームなら、多分楽しいのだ。梶はそう思う。フロイドとは二度とギャンブルをしない。ゲームなら、勝っても負けてもノーサイドでいられる。
(……それってもしかして、友達、ってことなのかな)
 「友達」という概念がぼんやり過る。梶には今でもそれがどんな状態なのか、解らない。だから断言は出来なかった、梶はまだ想像の中でしか友情を体験したことがなかった。運命だった貘も、家族になったマルコも、夜行や門倉、他の立会人たちも、共に死線をくぐったカール・ベルモントも、友人ではない。プロトポロス島で出会ったチャンプとりゅうせいが、一番近いかったかもしれないが、彼らと梶では目指すフィールドが違っていた。
 こちらとあちらの境界線上で、こちら側に顔を向けつつ語り合うフロイド・リー。この男は、もしかすると一番、現時点の座標が近いのかもしれない。
「お待たせしました~」
 梶がじっと物思いに耽っていると、弾んだ声と共に店員が大皿に盛り付けたハンバーガーを持ってきた。フロイドの皿、梶の皿。どちらも同じ料理が乗っている。
 「アンリミテッドバーベキューダブルバーガー!」と書かれていたメニュー名が、梶の脳裏でテロップとなって過っていった。
「なんでだよ!」
「梶ィ。いい加減、英語出来るようにならねえとなあ~」
 フロイドが巨大なハンバーガーを前にニヤニヤしている。
 さっき、店員とフロイドの雑談があまりに楽しげだったので、なぜか腹が立って意識をフェードアウトしていた。確かに、英語の会話がちょっと聞こえた気がする。
 ペーパーに包まれ、ソースとトマトとグリルドオニオン、レタスやピクルスと分厚いパテが二枚、たっぷりのバーベキューソースとパンズで挟んだハンバーガーは、チェーン店の薄っぺらなハンバーガーとはもはや別の料理だった。肉汁とソースの匂いがものすごく食欲を刺激してくる。ひょっとするといけるんじゃないか、と錯覚しそうになってしまう。
 唾をごくりと飲んだ梶に、フロイドが背中を押す口調で告げる。
「こうやって、手で潰しながらかぶり付くんだよ。見てな」
 フロイドは包み紙の中にバーガーを押し込みつつ持ち上げ、大きな手でぎゅっと上下から圧をかけた。パンズに失礼なくらい押し潰して、かさを圧縮しつつ、大口を開けてかぶり付く。ばくん!と空間ごともぎ取るような一口に、梶はぽかんと口を開ける。その開いた口より、フロイドの一口は大きかったかもしれない。
 まさに頬張るの文字通り、口いっぱいに頬張って何度か咀嚼し、喉を鳴らす。一口でバーガーの四分の一、いや、三分の一はいったのでは、という豪快さに、梶は即答した。
「無理。完食無理」
 梶が、銅寺立会人みたいな口調になって首を振る。やりきった表情を浮かべていたフロイドがすぐさま顔をしかめ、口の端を下げた。
「ハァ? どこが無理だよ。実演しただろ、今」
「こっちは、アンタみたいな口のサイズしてないんだよ! 胃袋も! すみませ~ん、フォークとナイフ貰えませんか」
「お前、マナーってもんがねえのかよ。よこせ、潰してやる」
「ちょっと!?」
 僕のバーガーに話しかけないでよ、と言い返す梶を無視して、フロイドは包み紙のバーガーを手際よく圧縮して、だいぶ分厚いサンドイッチくらいまで厚みを減らしてやる。これならどうだ、と皿を返すと、梶はしぶしぶ、かじりつく。
ソースと脂とパンズの香ばしさは裏切らなかった。一口食べて、人生で食べたハンバーガーで一番美味いと断言できた。
「美味い!」
「だろぉ?」
 思わず歓声を上げた梶に、フロイドは得たり顔で頷く。
 梶は、初めて食べる本場のハンバーガーを、大事に、ゆっくりと噛みしめた。ダブルのパテと野菜とソースを、パンズの間から一口ずつ囓り、徐々に膨れ始めた胃袋に幸せを感じる。同時に、完食は出来ない確信を募らせていく。食べても食べても質量が減っていない気がする。
 やりゃあできんじゃねえか、などと呟いているフロイドに、何口目かを食べた梶が呟いた。
「でも、完食は無理だからな」
「なんでだよ」
 二口目にいこうとしたフロイドの顎が、がくっと下がる。
 納得のいかない顔で睨んで、毟り取るように自分のバーガーに食いつくフロイドに(この時点で梶の食べている量の倍は食べている)、梶は、どこかで聞きかじった知識で対抗した。
「日本人には小麦を大量摂取できないタイプがいるんだよ、肉や油を分解する力だって……そもそも、欧米人とは胃腸の構造からして」
「だったら、梶。あいつらはどうなんだ」
 バーガーを飲み込んだフロイドが、つらつらと説明する梶を遮り、言い返した。視線の先を、梶が振り返る。

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