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 フロイドたちの卓の少し後にバーガーその他が運ばれてきた南方と門倉は、南方が知ったかぶりを発揮して潰して食べる手順を試み、見よう見まねの門倉が失敗していた。
「じゃけぇ、こう包んでから潰して……」
「そがいな、絶対こぼれるじゃろ。……チッ。ほれ見ぃ、横からはみでとるけん。あー、わやんなった」
 白手袋が汚れるのを諦め、紙に包んで、というより紙の間でパンと肉を真ん中からへし折る手つきで、握りつぶす。溢れてきたソースやらアボガドやらパテをがつがつと頬張り、舌なめずりしてから、南方を睨む。
「これ……おどれの選んだメニューが食べにくいんとちがうか? わざとか?」
「売るなや。おどれがこがいな不器用とは、わしも思わんかったんじゃ」
「おん? なんじゃ? 今なんて言うた?」
 門倉は睨み付け、バーガーを皿に置いた。おもむろに南方の皿を取り、料理を交換する。門倉と比べて上手く圧縮できた手つかずのバーガーを、勝手に食べ始める。
「ほれ見ぃ、こっちのが食べやすい」
 難癖をつけた門倉は、そのまま、美味い美味いと頷きながら、交換した方をばくばくと食べてしまう。南方は諦めて、押しつけられた悲惨な有様のハンバーガーを、なるべく綺麗にたいらげた。
 この時点で、梶とやいのやいの言い合いながら、フロイトは二口目を飲み込んだところだった。
 フロイトはなんだありゃと内心で唸りつつ、目を丸くしている梶を振り向く。
「連中にアレが出来て、お前に出来ないなんてことないだろ。つか、こんくらい食えるようになれば、もうちょい体格良くなるんじゃねえ?」
 信じられない大食いと早食いの二人を見て、フロイドが言いやる。
「あ、あの人たちは、……その、ちがうんですよ」
「なにが」
 言い訳がましいぞ、とフロイドは梶に鋭い視線を戻す。が、梶は本気で困惑して、半笑いを浮かべている。それは、説明できない何かを目撃し、説明を強いられている者の顔だった。
「えーと……体の構造とか……多分、僕らと内臓が違う成分て出来てるんじゃないですか……ね?」
 急に丁寧語になった梶のしどろもどろな説明に、カタンとグラスを置く音が響いた。
「聞こえとるぞ、梶ィ」
 やや凄みを含んだ間延びした声と共に、門倉が離れたボックス席から割り込んできた。すでに半分飲み干したパイントグラスを掲げている。向かい側の南方は制止を諦めた顔をして、主な料理を平らげたところだった。
「門倉さん、なんでお酒飲んでるんですか!? 今って仕事中なんじゃ?」
「どいつもこいつも、真面目じゃのお……。梶様、そっちいってええ? この席、狭い」
「えっ」
「ハァ?」
 梶とフロイドが交互に声を上げる。困惑する二人を後目に、ゆらりと立ち上がった門倉は、革靴でフローリングの床を蹴ると、料理とビールを持って、フロイトの隣にどっかと腰を下ろした。梶の対面に座るとばかり、フロイドを奥に押しやろうとする。
「オイッ、なにすんだっ」
「おどれ、横詰めろ。若造が広々と陣取りよって」
 梶が助けを求めるように南方を振り返ると、南方はいつの間にか残りの料理皿を持って、梶の隣に立っていた。門倉と体格で張る南方がぬっと横に立って見下ろしてくると、それだけで威圧感がある。
「梶様。隣、失礼してもよろしいですか」
「えっ? は、はあ」
 礼儀正しく警察官僚の顔で一言断ってから、南方が腰を下ろす。六人掛け想定のテーブルは、三人の大男が座ったことで、四人がけの狭さになってしまった。
 南方の飲み物がコーヒーだけと気づいた梶が、ほっと胸をなで下ろす。
「南方さん、お酒飲んでないんですね」
「一応、職務中の扱いですので」
 すかさず対岸から門倉が口を挟む。
「構うな、梶。そいつはただ、ええカッコしぃしたいだけじゃ」
 砕けた口調の門倉だが、酔っているわけではなさそうだ。フロイドをジロリと横目に見やってから、梶を見やった。
「梶は小食すぎる。そこには、ワシも同意じゃ」
「えっ、門倉さんフロイド側に付くんですか? 専属立会人なのに」
「おどれは黙っとれ。確かに、こういうバタ臭い飯をようけ食えんでもええが、どんぶり飯も食えんのはどうなんじゃ? 腹ぁ減らんのか?」
「だからちゃんと三食満腹食べてますよ、今は。マルコにつられるのもあって、前より、かなり食べてますよ」
 睥睨してくる門倉に、梶は必死に反論した。
 賭郎勝負が長引くと食事休憩を挟む対戦者もおり、また仕込みの際に今回のような護衛や運転役を頼む機会があって、門倉とは何度か一緒に食事をしている。そのたび、食べる量を目測されていたのだろう。それでも、梶自身の体感ではかなり食べるようになっているのだ。筋肉や体重にも、微々たるものだが反映されている。
 フロイドが顎を撫で、門倉を見やった。
「本当か?」
「梶の飯はのう~、子供茶碗に、こんくらいじゃ」
 門倉が指でくるりと小さな孤を描いてから、丸めた親指と人差し指を置いてみせる。
「さすがに少なく見積もりすぎでしょ、せめてこんくらいは食べてますよ!」
 大げさな門倉の表現に対抗して、梶が拳を握りしめて差し出す。おにぎりにしたらこれくらい、のつもりで拳を出した梶だったが、今このテーブルの尺寸がおかしなことになっているのを忘れていた。成人男性平均並みの拳を出したにもかかわらず、三方向から憐れみと心配の視線が向けられてしまう。
 南方がそっと肩に手を置き、外面ではなく優しい年上の面持ちで微笑んだ。
「梶様。今度、所轄の刑事御用達の美味い定食屋にご案内しますよ、あそこならどんぶり飯がいくらでも進みますから」
「は、はぁ……」
「そうそう、一汁三菜と米食って、貘様にこき使われとれば、もうちっと体もしゃんとしてくるじゃろ」
 隣と斜向かいから和食を推され、梶は曖昧に頷いた。押しのけられていたフロイドが、隣の門倉を押しやって身を乗り出す。
「オイオイ、俺の相棒相手に、なに勝手に話進めてんだ」
 割り込んできたフロイドに、門倉と南方がやり返す。
「肥満率世界トップの国から来た奴に言われとうないわ」
「あとお前、来たついでに他人んとこの警察で遊ぶな。現場は迷惑としるんじゃ」
 何故か、梶を挟んでフロイド・リー対賭郎立会人の様相を呈してきたテーブルで、梶はうーんと頭を抱えた。
 全員の意見に言いたいことはひとつ。人の胃袋事情に口を挟むな、だ。
 しかし、机を叩いて言い返す度胸はない。
 フロイドは、横と対面から、「ああ?」「おぉん?」とメンチを切る門倉と南方に閉口して、梶を振り向く。
「梶、こいつらのご主人様だろ。なんか言えよ」
「ご主人様って」
 梶は慌てて首を振った。立会人は賭郎・お屋形様に従属する者で、梶はたまたま貘の計画に参加しているから護衛してもらっているに過ぎない。門倉は、専属立会人が継続しているのだとしても、賭郎勝負以外で梶に構う義理はない。南方に関しては、梶とはほぼ関わりない、とちらかといえばフロイド側の立会人である。
 梶は向かいと隣の視線を振り向かないようにしながら、フロイドの不満顔にこそこそ言い返した。
「郷に入り手は郷に従えって言うだろ、フロイドは今、賭郎の仕事に参加してるんだからさ……」
 長いものに巻かれようとする梶の態度に、門倉が目を細くしてニタリと笑う。極悪人の人相で凄みある美貌が台無しになり、梶よりも隣の南方が若干引いた。
「梶様はいつも良い事をおっしゃられる」
「……だそうだが、フロイド・リー」
 南方が水を向ける。フロイドは、料理を退けて梶の手を掴もうとし、ひょいと逃げられた。
「梶~。お前、そんなつまんない男じゃねえだろぉ?俺と組んでるときのふてぶてしさは、どうしちまったんだ」
「いや、門倉さんたちは立会人だからさ」
「立場見て態度変えんのか」
「そうじゃなくて、フロイドはチームメンバーってやつだろ。だったら、なんだって言える。門倉さんたちはそうじゃないから」
 梶の答えに、大男三人が顔を見合わせた。
 フロイドが堪えられない顔で勝ち誇った笑いを噛み殺し、門倉はへえと感心した表情になる。南方は、納得するも已む無しという複雑な表情になって腕を組んだ。
「え、なに?」
 梶が三者三様の反応にきょろきょろと三人を見回す。フロイドは唇を歪めて得意のニヒルな笑みを浮かべ、立会人たちを見やった。
「これだもんなあ、まったく参っちまうぜ。アンタらも、こういうのにやられたクチなんだろ?」
「私は梶様の立会に加わったことがありませんので」
「私も、別に?」
 南方は淡々と事実を返し、門倉がしらっと空とぼけた。一人、蚊帳の外になった梶が、フロイドを睨み付ける。しかし、フロイドは肩をすくめるオーバーリアクションでノーコメントを貫いた。
 梶は、じれた表情で門倉を振り向く。
「ねえ、なんの話です?」
「そうですねぇ。我々のような人種は、相手の生き様が魂に響いてしまったら負け、という話です。……のぉ? 南方。おどれなんか、心当たりしかないよなあ?」
 門倉が突然話を振ってきて、他人事の態度だった南方が盛大に噎せた。門倉をジロリと見やる南方の視線で、フロイドは立会人達の因縁をうっすら察し、ニヤニヤと南方を見やる。
 まだ話が解っていない様子の梶は、この場の誰もはっきりした回答をくれそうにないと察すると、もういいです、と拗ねたように呟いた。まだ温かいハンバーガーを持ち上げて、もくもくと口に詰め込む。
 そんな梶を見て、フロイドは肘を突いて苦笑いした。
「お前だって、とっくに知ってるはずだけどな」
 もくもくと食事を再開した梶は、フロイドの指摘に顔をしかめて答えなかった。フロイドとの対戦で貘に向けた覚悟のほどを言われていると解るのは、もっと後──この計画の終盤に、遅効性のひらめきでもって気づくことになる。
 大概の場面で人並み以上の聡さを発揮するのに、自分自身のこととなると鈍感な梶の歪さに、フロイドは改めて気長に待つ心持ちになった。
「飯と同じで、おいおい慣れてきゃいい」
 そう言って、梶の皿に自分の皿から付け合わせのフライドポテトをよそってやる。ようやくバーガーの半分に到達した梶は、口にいれた分を飲み込むや、ぶすくれた顔でフロイドに言い返した。
「だから無理だって言ってるだろ……」
「そういうときこそ、俺や立会人に頼れって話だろ」
 フロイドはウィンクして見せると、テーブルの真ん中に梶の皿を押しやった。
 そうして四人は、シェアプレートよろしく配置された皿から山盛りになったフライドポテトを好き勝手に取りつつ、今回の計画の全貌に関する憶測を、ラフな雑談のようにあれこれと交わし始めた。

おわり

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