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Punishment Room

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 最初の打擲を受けた瞬間、南方は痛みが脳天から火花になって飛び散るのを見た。火傷に似た皮膚の痛み、続いて大臀筋がじんわりと熱を持つ。余裕を持とうと意識しているのに、自然と息が詰まる。息が吐けるようになるまで待ってくれるほど、指導役の棟耶は慈悲深くなかった。すぐに次のひと鞭が振り下ろされる。痛みが上書きされるたび、目の端から飛び散る火花は明るさを増す。
「……っ、……ぅっ」
 なめし革がしなやかに鋭く、皮膚を張り飛ばし、筋肉に重たい熱を残していく。じいんと腫れぼったく残る痛みの余韻は、次の一打ちでぱっと飛び散り、ちりぢりなり、もっと鋭い痛みになって戻ってきた。パドルの形状を感じ取る余裕はなかった。焼けてひりつく場所に、すぐさま新しい痛みが叩きつけられる。二発目、三発目と続き、一呼吸置いて、更に鋭く四発目を打ち込まれる。棟耶の手は休むことなく、肉付きよく引き締まった南方の尻を打ち据え続けた。
「……ぅっ、……っ! ぅ゛、ぐぅ……っ」
 奥歯を噛みしめていても、鼻先から悲鳴が洩れる。南方は臀部を焼く痛みから逃れようと、門倉の肩をいっそう強く掴んだ。弾ける痛みから逃れようとすると、自ずから頭が項垂れ上体を屈めてしまう。打たれていた門倉が顔を上げなかったのは、上げようとしなかったのではなく、項垂れざるを得なかったのだと、南方は痛みと共に理解した。気力の他に縋れるものは、対面で自分を支える門倉だけしかない。
 棟耶が何故、向かい合わせにさせたのか、真意を察する。みっともない姿を相手に晒す屈辱だけではない。南方に縋らざるを得ない状況にして、門倉のプライドを貶める意図も含まれていたのだ。
 南方は、肩を掴ませる門倉を見上げようとした。頭をもたげてみるも、次の一打ちに呻いて、視線を合わせられない。
(門倉、……門倉、さぞかし腹ァ立っとったろうに、……わしに掴ませてくれるんか)
 相手の肩を握る手が汗ばみ、はりついた布地の下に、門倉の体温を感じる。すでに落ち着いた呼吸と体温で自分を支えている門倉が、どれほど強靭な精神力でそれを成しえたのか。門倉の強さに負けてなるかという反発心が頭をもたげ、激痛に翻弄されて朦朧としかけていた意識が持ち直した。
(門倉に耐えられて、わしに耐えられんわけない……!)
 南方の覚悟など斟酌せず、棟耶の厳しい打擲は続く。痛みで全身に汗するにつれて、乾いた音が湿り気を帯びてくる。門倉の時もそうだったか思い出そうと試みるが、叶わなかった。皮膚を破らんばかりに張られる痛みに、思考を引き戻される。
 門倉は、三十回近く撲たれたはずだ。自分も同じだけ撲たれるものと考え、頭の隅で回数を数えていたが、もう解らなくなっていた。
「ハァ……、ァ゛、ぐ、……っ」
 門倉の上腕を掴む握力が徐々に抜け、膝が震え出す。食いしばった口を時々開き、悲鳴と一緒に飲み込んだ息を吐く。打たれても最初のような鋭い痛みはない。痛覚が飽和して、熱いものが皮膚の上を滑っていく感覚だけがあった。臀部の疼痛だけが、ダメージを測る感覚として残っている。鈍い痛みから逃げるように身をよじる。すると、黙って腕を掴ませていた門倉が、手を伸ばしてきた。南方の腕を取り、自分に縋る手をやんわりと解く。縋る先を失って胸ぐらに伸びてきた手を、門倉が大きな手で捕まえ、握りしめた。
 指を絡め合い、しっかりと繋ぐ。両手とも握りこむ形で繋ぐと、門倉はまだ紅潮している顔をいびつに歪め、弐ッと笑った。痛みに耐えようと背中を丸める南方の顔に顔を寄せ、耳打ちする。
「ええ顔しとるよ、南方。おどれはげに頑丈じゃのぉ、判事の指導なんぞ屁でも無いじゃろ」
「ふ、ぅ……、ぐっ、う゛……っ」
 門倉が耳打ちした言葉は、棟耶にも聞こえているに違いない。棟耶の打擲にますます力が込められ、指導が苛烈さを増す。
 門倉の台詞は見当違いだと、自分の本意ではないと、訴えることも出来た。実際、南方は棟耶の指導を手ぬるいと思ったことなどない。訴えれば、棟耶が言い分を容れてくれるだろうという、確信もあった。
 だが、南方は口を噤んだ。門倉が受けた以上の懲罰を受けきってみせると、腹を決めていたからだ。
 南方の意地を見透かしたように、門倉が目を細める。
「それでこそ、ワシの男じゃ」
「……っ、かど、くらぁ……っ!」
 食いしばった歯の間から名を呼ばわる。途端、尻ではなく背中にパドルの一打ちが飛んで来た。
「あ゛っ!?」
「無駄口は慎むように」
「っ、申し訳、ありませ……」
 当然の叱責に南方が呻き声で謝罪する。謝罪は受け入れられ、再びパドルが腫れ上がった尻を叩いた。残り七回、六回、五回、と順調に回数を刻む。既に数えられなくなった南方の代わりに、手を握りしめて支える門倉が低い声で回数を読み上げた。
「四……」
 残り三回まで来て、南方はとうとう自力で立っていられなくなった。膝を突くまいと、門倉の体にもたれ掛かり、上体を預けて縋り付く。門倉の腕がしっかり抱き留めつつ、腰を突き出す姿勢を取らせた。棟耶は門倉を一瞥すると、パドルを利き手に持ち替えた。
「三」
「……っ!」
 打たれた途端、全身から汗が噴き出す。今まで手加減されていたのだと知って、腹の底から冷たい恐怖が、次に灼ける悔しさがこみ上げた。歯噛みして唸る。その頭を門倉の片手が抱き支えた。
「二……」
 一瞬、間が空いてから、一の呼びかけがある前にパドルが振り下ろされる。そのまま、門倉に抱き留められてくずおれてしまう気がしたが、指導はまだ残っている。南方は自分の頭を抱き留めている腕から顔を上げ、汗と鼻水とで濡れた顔をシャツの袖で拭い、棟耶に向き直った。
「ご指導……ありがとう、ございました……」
 折り目正しく直立から深くお辞儀をして、指導への感謝の言葉を絞り出す。
 悲鳴を上げていないのに、喉が潰れたように痛い。落とした視線の先、革靴の上にぽたりと血痕が滴り、唇を噛み切っているのに気づいた。手加減してもらってこのザマか、と不甲斐なさに自嘲が浮かぶ。
「初めてで三十回耐えたのは感心だな、南方」
 南方が顔を上げる。南方の視線を受け止めてから、棟耶の視線は門倉に向いた。
「君は最初の指導の際、十回で気絶したのだったか」
「判事、昔の不躾については、ご容赦いただけませんか」
 昔話を振ってくる棟耶に、門倉が苦り切った声で応じた。その不貞腐れた声に、棟耶は目元を微かに綻ばせた──ように見えた。が、南方が改めて見た棟耶の顔は、いつも通りに淡泊で平静な、私情の推し量れない面持ちをしていた。

 

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