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Punishment Room

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 二人に指導という名の折檻を終えた棟耶は、最初に座っていた椅子にゆっくり腰かけ、パドルをテーブルに置いた。億劫な仕事を終えたとばかり、気怠げに首を回す。
「二人とも来なさい。反省の時間だ」
 棟耶が、きびきびと事務的な声で呼ぶ。門倉は不承不承といった体で棟耶の前に立つと、背を向け、手を後ろに組んだ。南方も臀部の灼けるような痛みを堪えて、門倉の隣に並んで同じ姿勢を取る。
 背後でプラスチック製品の擦れる音がした。門倉が無言で俯き、パチン、とベルトを止めるような音がした。
 南方が身構えていると、棟耶に手を掴まれた。驚いて前にたたらを踏み込みそうになる。力強く手首を捕まえられ、両手の親指を束ねて握りしめられた。固いプラスチック製の結束バンドで親指を縛られて、南方は何をされたのかようやく理解した。
 門倉が棟耶に向き直り、南方もそれに倣う。
「正座だ。靴は脱いでいい」
 悠然と腰かけた棟耶が言い放つ。南方が思わず「えっ」と声を上げると、それを窘めるように門倉が短く舌打ちした。
 さんざん打たれた尻でそのまま正座する、腫れ上がった皮膚がどれほど痛むか、想像しただけで股ぐらが縮み上がる。
 南方が逡巡している横で、門倉は革靴だけ脱いで、拳を握りしめてゆっくり正座した。
「……っ!」
 靴下を脱ぐ許可は与えられていない。叩かれてすり切れた皮膚に靴下の布地が擦れて痛いだろう、座るときの一瞬だけ、息を呑む。しかしそれ以外は、顔色ひとつ変えずに腰を落ち着け、椅子の上の棟耶を見上げた。
 門倉の挙措を見届けた棟耶は、南方に静かな視線を向ける。
 南方も腹をくくって、靴を脱ぎ、膝を突いて、ゆっくり正座する。綿生地が腫れ上がった皮膚に触れた途端、ひりつく痛みで脳天が痺れた。かみ切った唇を更に噛みしめて、呻きをこらえ、顔を上げる。
 棟耶と視線が合った。淡々とした、感慨の薄い目に一瞬、満足の色が過り、すぐ消えた。
「一度に二人分の懲罰は、さすがに疲れるな」
 疲れるとのたまう棟耶だったが、南方が部屋に入ってきたときと、出で立ちはほぼ変わっていない。汗もかいておらず、髪もジャケットも乱れていない。外したカフスを付け直しただけで、パドルを振るう前の棟耶に戻っていた。立会人の服を着ていないのも相まって、私的制裁が棟耶の愉しみであったかのような錯覚に陥る。
 肘掛けに肘をついて、しばらく沈黙したのち、棟耶は口を開いた。
「君たちも、もう若造の歳ではあるまいし、羽目を外して、私の手を煩わせるな」
「……」
「……」
「今一度、立会人のあるぺきを見つめ直すように。よく反省したら、退室してよい」
 棟耶は苦く厳しい表情で告げ、立ち上がった。南方が腰を浮かせようとするのを、目顔で制止する。そうして、肘の触れあう距離に並んで座る二人の間を、わざと跨ぎ越すように通り抜けていった。二人の体を過る際、懲罰を耐えきった精神力を褒めるかのように、門倉と南方それぞれの肩口を乾いた手で、ひと撫でしていった。
 ドアの閉まる音が静かな部屋に響く。棟耶が部屋を出てからしばらくして、先に正座を解いたのは門倉だった。
「景気よう撲ってくれたもんじゃ」
 そう呟いて、膝でいざり、南方に背を向ける。怪訝な顔で振り向いた南方に、焦れた声が飛んできた。
「後ろ。手向け合えば、縛ってるの外せるじゃろうが」
「あ、ああ……」
 そういうことか、と理解して、南方もそそくさと正座を解いた。背中を向けあい、お互いに縛られた手を探りあって拘束を解こうと苦心する。後ろ向きのまま、指相撲する要領で四苦八苦するうちに、先に門倉の結束バンドが外れた。門倉はさっさと振り向いて、南方のバンドを外してやった。
 南方は正座のダメージを逃がそうと四つん這いになり、そのままベッドに掴まって立ち上がる。どこにせよ、どんな姿勢にせよ、腰を下ろすのは躊躇われた。
 身の置き所に困って棒立ちになっている南方を後目に、門倉は椅子に掛けたジャケットを広げると、胸ポケットから真鍮製の軟膏入れを取り出した。市販の容器ではないそれを、所在なげに下を履こうとする南方に投げて寄越す。
「なんじゃ」
「”指導”のあとは、そいつを塗るんよ。したら、明日にはなんともなくなっとる」
 説明した門倉は、むち打たれた痛みなど屁でも無いという顔で、ダブルベッドの上に乗り上げ、うつ伏せに横たわった。
 薬を塗れと振り向いた目顔で促され、南方は傷に響かないようそろりとベッドに上がり、真鍮の蓋を開く。黄色みがかった軟膏がたっぷり収められており、清涼感ある苦い匂いが鼻を突いた。南方は、薬を指に取り、門倉の熱を持った臀部にそっと置く。傷に触らぬよう、力を入れず優しく塗り広げてやる。消炎成分が含まれているようで、塗り込めてすぐ、うつ伏せた門倉が、ほっと息をつく声が聞こえた。
「こがな薬、よう持っとったな」
「判事に仕置きされる時の必需品じゃ。尻叩き以外の仕置きもあるんじゃが、なんにせよソイツを塗っとけば治る」
「へえ」
 何故か得意げに語る門倉に、南方は門倉の賭郎での時間を思った。
 誰かが──もしかすると懲罰した棟耶自身が、痛みに苦しむ門倉を見かねて、与えたのかもしれない。門倉が、撲たれるくらいで音を上げるとは思えない。絶対に膝を折るまいと頑なに抵抗しただろう。そんな門倉の意地に根負けした、棟耶の姿を思い浮かべる。
(判事も難儀されたろうな。……)
 あれこれ憶測を浮かべているうち、どんどん複雑な気分になった。棟耶の薫陶を長らく受けてきた門倉にも、門倉を厳しく躾けて賭郎の色に染めた棟耶にも、粘ついた嫉妬を抱いてしまいそうになる。
 憮然と沈黙し、手当の手も止めた南方に、門倉が胸中を察し、先回りして口を開いた。
「ワシのごんたに判事が手を焼いて、見かねた御大が賭郎の作法を躾けてくださったんじゃ。軟膏もそん時、御大から頂いた」
 門倉が賭郎で最も敬愛している間紙立会人の名が出てきて、南方は納得する。判事では手懐けられなかった門倉を、間紙ボロがもっと苛烈に躾けて、門倉に立会人としての基礎を叩き込んだらしい。
 同時に、年季の入った真鍮の容器をまじまじ見てしまう。
 多分、きかん気の門倉に手を焼く棟耶を見て、あるいは、いつまでも鶏冠を下ろさず己を貫く門倉の根性を見て、あの老人がコレで手を打つように、寄越したのだろう。そんな想像をする。
 若かった門倉は、間紙の手を煩わせたことに恐縮して、恭順さを身につけたのかもしれない。
(こいつ、認めた年上にはめっぽう弱いところあるからの)
 南方が手を止めたので手当が終わったと思ったのか、門倉がむくりと起き上がった。
「次は、おどれの番じゃ」
 南方の手から薬を取り上げ、尻を付けないよう膝立ちになっている体を突き飛して、うつ伏せに転がす。
 門倉は、特に気遣ってやる素振りをみせず、腫れあがった臀部にぺたぺたと薬を塗りつけてすり込んだ。染みる痛みに、何歩法が呻く。その声を聞いて、門倉は喉を鳴らした。
 臀部にあらかた刷り込み終えると、シャツの裾を捲り上げた。背中にもひと鞭、食らっている。腰の窪みから上、背中の真ん中にかけて、ミミズ腫れのような痕がつき、充血していた。腫れた傷に、薬のついた指をそろりと這わせる。
「……っ」
 冷たい軟膏のついた指で、ぬるりと傷に触れる門倉の指を感じ、南方が身じろぎした。
 痛がっていると思った門倉は、舌打ちし、「我慢せえ」と叱り飛ばす。すると、南方は腰をもぞもぞさせてから、わかっとる、とばつの悪そうな声で呟き返した。
 声の加減で痛がっているわけではないと察して、門倉はきょとんとしてから、声を上げて笑い出した。
「たった今、説教されたばかりなんに、大概じゃのう」
「仕方ないじゃろう! こんな目に遭うて、あんなお前を見た後なんじゃ」
「おうおう、開き直りか? 判事のお気に入りのくせに、反省せんでええんか?」
「おどれこそ、反省しとらんじゃろ」
 うつ伏せたまま言い返してくる南方に、門倉は笑いながら言い返し、空いた手で後ろ頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。南方が振り向いて、その手を掴む。
 神妙な目で見上げてきた南方に、仕方ないというため息を溢した門倉が、そろりと体を伸び上がらせ、顔を寄せる。噛みきって血の滲んだ唇を一度、ぺろりと舐めた。
 門倉の頭を抱き寄せようと、南方が片手を伸ばす。
 その時、入り口でノックの音がした。南方も門倉も、ぴたりと動きを止め、息を潜める。
 数秒置いて、ドア越しにホテルマンが声を掛けてきた。
「お客様。いらっしゃいますか」
「はい」
 門倉が応じる。ホテルマンがすぐに用件を述べ立ててきた。
「棟耶様から部屋の様子を見てくるよう承っておりまして……、恐れ入りますが、こちらのお部屋はチェックアウト済みとなっておりますので」
「解りました、すぐ出ます」
 通る声で応じると、ホテルマンは「お願いいたします」と一礼して、ドア前から立ち去った。
 門倉は、南方の隣にごろりと横たわり、鼻を鳴らした。
「判事はなんでもお見通しじゃのお、つまらん」
 内線ではなくわざわざ人を寄越すあたり、二人が大人しく反省するわけがないと、棟耶は端から読んでいたわけだ。面白くなさそうに口を歪めた門倉に、南方が渋い顔でたしなめる。
「本気で反省せえ、ちゅうことじゃ」
 そうと解れば、部屋に長居は無用だった。南方は、ヒリつく痛みをこらえて起き上がり、身支度を始める。薬のおかげで、痛みはかなり引いていて、服を着るくらいなら支障はなさそうだった。
「ほれ」
 門倉に服を放り投げてやる。
 起き上がった門倉は、不承不承のつまらなそうな顔で、かろうじて形を残していた鶏冠をくしゃくしゃと下ろした。着替えてしまった南方をじっと睨んでから、「つまらん」とそっぽを向く。
 ようやく着替えはじめた横顔は、風紀指導に叱られた不良の顔つきそのもので、南方は思わず頬を緩ませてしまった。

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