bleach

燦々たる昔日よ

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 慣習で魂魄の往来が盛んになるとされる盂蘭盆会。実際には、現世と尸魂界で魂魄の往来があるわけではない。ただ習慣が動機づけを強くするためか、整の魂魄の目撃情報が増加し、魂魄たちの自我も幾分か強固になる。整の魂魄が活気づくと同時に、虚の出現も増加する。結局、迷信どおりに魂が安全にさまよい、最終的に魂葬されるために、死神たちは現世に出払わなくてはならない。
 八月十四日。六車にとって盂蘭盆会のただ中、現世の巡回がピークを迎える繁忙期でしかなかった。
 穿界門の前で九番隊内から選抜された隊士たちが、隊長・副隊長に続いて隊列を為している。
 既に三番隊、五番隊は現世に向かった後だ。整の魂魄を誘導、保護する任務を主に請け負う隊と、それらの魂魄を狙う虚を撃退する隊で役割分担しており、六番隊、七番隊、九番隊、十一番隊は荒事を引き受けた。
 隊首会で担当の割り振りが議題になった際、虚退治を請け負うと決めたのは六車だ。これまで、九番隊は整の保護も虚退治も両方請け負う、臨機応変な活動をしてきた。それが武力一辺倒になったのは、他隊との兼ね合いだけが理由ではない。元隊長の方針を引き継がない、今は「六車九番隊」だと隊士たちに改めて周知する意味があった。
 隊士たち、というより、副隊長の檜佐木修兵に対してだ。
 部下の点呼を終え、六車の隣に戻ってきた檜佐木は、六車も地獄蝶を携えているのを見て、戸惑いを浮かべた。
「六車隊長も出るんですか」
「おう。どうせ隊舎にいても書類仕事だ、身体を動かしてた方が性に合ってる」
「なら、俺が残っていましょうか?」
「前線慣れしてる上官は多い方がいいだろうが。まさか今更、虚退治が怖ぇのか?」
 じろりと睥睨する六車の厳しい視線に、檜佐木は自嘲した。時折見せる、自己嫌悪をはらんだ苦々しい横顔で、呟く。
「ええ。現世に行くのはいつだって、怖いですよ」
 檜佐木の言う「現世に行くのは怖い」には、幾重もの意味が込められている。
 ほんの一年ほど前、檜佐木は現世で、藍染と破面の強襲部隊と正面から激突した。
 心酔していた隊長の裏切りと否応なく向き合い、自らの手で致命傷を与えた。六車があとで狛村から聞いた話だと、最期の言葉をすべて聞き届ける前に、藍染が東仙を殺したという。東仙を赦す言葉をかける暇もなかったという檜佐木の心中は、無骨な六車でも察して余りあった。
 他にも、破面の従属官たちが生み出した怪物・アヨンによって握りつぶされ、圧死寸前まで追い詰められた。あの戦いでは、明確な死の手応えが何度となく檜佐木を襲った。外傷は癒えたが、心の傷はまだ生々しく血を滲ませ、ことあるごとに檜佐木の魂と魄を傷つけているはずだ。
「テメェが行きたくねえと言っても、連れて行くぞ」
「俺は、九番隊副隊長です。大丈夫です。任務は、やり遂げますよ」
 門が開き、地獄蝶を携えた一行が現世へと渡る。歩法で断界を疾走しながら、六車は半歩斜め後ろを奔る檜佐木を一瞥した。厳しい表情だが、怯えはない。恐怖している、と言うが、恐れながら覚悟を決めている顔だ。
(ただの盂蘭盆会の警備、そんな気負う仕事じゃねえだろ)
 余裕のなさは焦りを生み、焦りは隙を生じさせる。だが、そんなことは檜佐木も十分承知しているだろう。檜佐木の語る「怖れ」は、後ろ向きの恐怖ではないらしいと、この一年弱で六車も理解し始めていた。油断の無さ、過信に陥らない自制心、実力の客観視。言い変え方はいくらでも思いつく。だがそれだけではなく、確かに、檜佐木は「怖れ」ている。
(こいつが怖れてるのは、喪失だ)
 あったものが、連綿と続くと思っていたものが、失われ、断絶する恐怖。六車も身に覚えがある恐怖だ。
 檜佐木は喪失の恐怖から目をそらさず、油断なく身構え、注視し続けている。
 それは賢明な勇敢さと言えないか。六車はそう思い、多分違うのだ、といつもの結論に辿り着く。
 喪失や、死や、取り返しがつかない事への怖れ以外にも、檜佐木は怖れている──おそらく、現在を、怖れている。
(亡くすものがまた出来た、ってか?)
 六車は一人で勝手に思い巡らせ、一人で勝手に憤慨する。
 尸魂界から追放され「無く」なった自分が、目の前に戻ってきた巡り合わせに、この先の喪失を先回りして怖れている檜佐木に、なんと言葉をかけてやるべきか、どう接してやればいいのか、六車はまだ決めかねていた。直情的な勘で人付き合いをしてきた六車にしては珍しく、檜佐木とどんな距離で向き合うのか、まだ見定められずにいるのだ。
(そもそも、仕事以外でろくに口を利いてねえしな……)
 先導して翻る黒いアゲハチョウの輪郭が、視界を横切る。今日の仕事を終えて、ねぎらい以外の言葉が出てくるだろうかと想像してみたが、何も思いつかなかった。

 
 

 九番隊が派遣された町は、古くから宿場町として栄える地方都市で、空座町ほどの重霊地ではないが、大きな霊脈が横断している。都市部の帰省先という現世の地域性と、霊的な地理条件が相まって、中級虚が多く出現した。射場副隊長率いる七番隊の隊士と共同で、整の魂魄を保護する防衛線を維持し、押し上げて、封じ込めるまでしたところで、交代の刻限を迎えた。
「よし、後発と交代だ。いったん引き上げるぞ」
「はいっ」
 六車のかけ声に、七番隊と共に混戦の様相を呈していた九番隊は、陣形を組み直した。檜佐木が席官に指示出しし、席官たちは粛々と従う。足取りは普段の鍛錬通りだが、隊士たちは妙に焦っているように見える。
「おい、足取りを乱すな! 陣形そのまま、もう一度押し上げるぞ!」
「はいっ」
 六車の声に応じる、檜佐木の力強い声。黒い痩躯がばっと前線に飛び出し、始解した風死の鎖が虚を次々と縛り上げる。続けて、中堅の隊士たちが次々に虚に赤火砲を打ち込む。
 盂蘭盆会の警戒は、檜佐木や六車にとって苦戦するような仕事ではないが、実戦経験の浅い隊士たちにとって、良い実戦訓練となる。それを踏まえた檜佐木の攻勢に、六車は納得した面持ちで肯いた。申し分ない判断だ。
 しかし、実戦訓練に臨む隊士たちは皆、肩に力が入りすぎている。新人ならともかく、持ち回りの現世巡回もしてきた中堅隊士が、この程度の混戦で取り乱すのはおかしかった。
「おい、焦るな! 修兵の動きを良く見て、合わせろ! 的作ってあるだろうが!」
「はいっ、……っ」
 詠唱破棄を試みた隊士が鬼道を暴発させる。それで動揺した隊列の一部が乱れかけ──。
「お前ら、集中しろ! 余計なことは考えるな!」
 檜佐木が鋭い大声で叱責する。途端、浮き足だっていた隊士たちの動きが、精彩を取り戻した。
 その後は、六車の目から見て十二分な働きで、一番巨大な霊圧を抱えた虚を消滅させ、防衛線を更に押し広げた。一人で中級虚を相手取っていた六車も、目前に迫った一体を打ちのめす。
 それが最後の一体だった。九番隊の管轄内に跋扈している、主要な虚はすべて討伐された。
 一人、離れた場所に着地した六車が隊に合流すると、隊士たちは檜佐木を中心に円陣のようなものを組んで、互いの健闘をたたえ合っていた。
 近づいてきた六車に気づくと、隊士たちは慌てて陣形に戻った。檜佐木は斬魄刀を鞘に収めて、やや頭を下げる。
「捕捉していた中級は、すべて掃討終わりました」
「よし」
 六車のねぎらいに、檜佐木と彼の後方に控える部下達がほっと胸をなで下ろす。
 防衛戦がいったん落ち着くと同時に、六番隊が次々と到着した。朽木白哉と阿散井恋次が、引き継ぎ元の七番隊副隊長・射場の元へ向かうのが見える。そこから数分の間があって、十一番隊の荒くれ隊士たち、そして隊首羽織を翻し、肩に草鹿やちるを乗せた更木剣八が姿を現した。
「おう。ご苦労」 
 六車が手を挙げる。更木は霊地全体をぐるりと見回してから、派手に舌打ちした。
「んだよ、もう終わってんじゃねーか。来るんじゃなかったぜ」
「悪いな、美味いところを総取りして」
「中級なんざカスほどの歯ごたえもねえだろ。おい、一角、弓親。後始末しとけ」
 更木の後ろに控えていた、実質の副隊長職である二人に命じて、更木はすぐそこの石塀に腰を下ろした。やちるが「ねえ、お菓子見に行きたい!」と耳を掴んで叫ぶのを、喧しそうな顔で背中を掴んでひっぺがす。
「あとは任せたからな。部下任せで適当すんじゃねえぞ」
「あ? 雑魚の始末は一角たちの仕事だ。言うならヤツに言え」
 更木が片目でギラリと六車を睨め下ろす。六車の視線とぶつかった瞬間、バチッと霊圧を鞘当てするきな臭さが漂った。
 横で様子を見守っていた檜佐木が、固唾を呑んで二人のやり取りを見まもりつつ、万が一に備えて部下を庇う位置に立つ。六車はその様子を横目で見て、小さくせせら笑った。
 更木の挑発に、六車は憤然とするでもなく、小さく口の端を上げた。歴代「剣八」の素行不良をよく見知っていて、だろうよ、と言いたげな表情だ。更木の方は、六車を始め九番隊にまったく興味をなくしている。
「ねえ、白ちゃんは留守番?」
 やちるが六車たちを見回してから、檜佐木に尋ねる。
「ええ。久南は待機させてます、残りたいと言ったんで」
「そーなんだあ。じゃあ、あとでケーキもらいにいくって伝えて! いいよね?」
「いいですよ」
 やちるの実力を加味しての敬語か、檜佐木が穏やかに応じる。後ろにいた席官が、いいんですか、と耳打ちするのを、笑って首を振って窘める。
 そのやりとりを見ていた六車は、今日なにやら、自分が知らない慣習が行われるらしいとようやく気づいた。六車は察しのいい方だ。
 檜佐木を気遣う部下たちの様子。ついてこなかった久南と、やちるのはしゃぎ方、そしてケーキ。
「……修兵。お前、誕生日か?」
「えっ」
 六車と檜佐木の間に、微妙な沈黙が流れる。檜佐木は困惑した苦笑いを浮かべてから、「はい」と肯いた。多くを語らず事実だけ肯定した檜佐木の慎ましさに、後ろで黙っていた隊士が声を上げる。
「毎年、盂蘭盆会の後の打ち上げで檜佐木副隊長の誕生日祝いもしてるもので」
「恒例になってて、今年もそのつもりで来たものですから」
「打ち上げが楽しみで浮ついてたのかよ、テメェら」
 黙然と言い分を聞いていた六車が、微かにこめかみを引き攣らせた。びくっと隊士たちが肩をそびやかす。
「あ、あの隊長、コイツらには俺からよく言って聞かせますから!」
「……祝うなっつってんじゃねえ。お前らが浮ついて怪我でもしたら、祝われる修兵が気に病むだろうが」
 六車の叱責に、隊士たちが気まずく視線を逸らして俯かせる。はぁ、と溜息をついて腰に手をやった六車は、胸を膨らませ、大音声で一喝した。
「戦場だぞ、頭の切り替えはきっちりしとけ! パカヤロウ!」
「はいっ!」
「申し訳ありませんっ!」
 一喝した声が届いたのか、防衛用の鬼道を確認していた一角と弓親が振り向いた。部下ともども叱り飛ばされている檜佐木を見て、顔を見合わせる。アイツなにやってんだ、といいたげに肩をすくめ合っている。その様子を視界の端に捉えた檜佐木は、苦い表情で視線を送り、「気にすんな」と合図した。
「オイ修兵! テメェまで浮ついてねえだろうな!」
「はい、集中してます!」
 視線が明後日を向いたのを見とがめられ、更に大音声で叱り飛ばされた修兵は、姿勢を正し、腹に力を入れて応答した。きびきびと緊張した面持ちになった一同を見回し、六車は憮然と鼻を鳴らす。
 九番隊の様子を興味なさげに見ていた更木が、かったるそうに声を上げる。
「オイ。ガキどもの躾は終わったか? 戦わねえヤツにぞろぞろ並ばれてると迷惑なんだよ」
「ああ、邪魔したな。もう引き上げる」
 口さがない更木の言い回しに、六車は厳めしい顔のままで応じると、檜佐木をはじめ、部下を引き連れて撤収地点に歩き出す。
 薄暗い盆の暮れ、護っていた整の魂魄が一人、また一人とゆかりのある家屋に駆け去って行くのが遠くに見える。すべき事を為した後にしては、やや項垂れた足取りになった九番隊に、六車は内心で腹を立てていた。
(そういうことは先に言えよ。いや、聞かなかった俺が悪いのか?)
(つうか、白のやつは知ってんだよな。……だったら言えよ!)
 自己嫌悪と八つ当たりめいた怒気を孕んだ霊圧に、地獄蝶が押し流されるように翻る。六車はひとつ深呼吸した。ふつふつとした不機嫌を露わにするのも大人げない。なんにせよ知ったのだから、一言くらい祝いの言葉をかけてやるべきだろう。
 六車はそれとなく、後ろに続く檜佐木を見やった。叱り飛ばされたのを気にしているのか、誕生日で仲間と浮かれていたのが気まずいのか、視線を落とし気味にして、微かに唇を噛みしめている。六車の視線に気づくと視線を上げ、ばつが悪い苦い顔をした。
「修兵」
「はい」
「浮かれんなっつってんじゃねえよ。部下の気を引き締めんのは、俺とお前の仕事だろう」
「……はい」
 六車はそこで言葉を切ってしまった。この流れでさらりと、おめでとうの一言でも言える器用な男なら、六車自身も苦労していない。

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