kengan

金魚すくい

kengan

 片原滅堂は長らく、個人の慈善事業として児童保護施設の運営を行っている。実際の運営は外部の信頼できる人物に委託し「金は出すが口は出さない」方針を貫いている。表向きは社会貢献としているが、各施設で特に適正のある青少年は、護衛者の候補生として引き抜き、直接手元で育成している。呉一族に依存しなくても良い体勢を作る思惑で始めた計画で、他ならぬ呉恵利央から提案された。
 始めは拳願試合向けの闘技者候補生を兼ねるつもりだったのが、蠱毒から救い出した少年との出会いで、この計画はもっと別の側面を持つようになった。
 人ならざる怪物に仕立てられた存在が、再び人の姿に戻るためには、滅堂一人の力では到底叶えられない。何人もの生きざまが必要になる。老齢の滅堂はそう悟り、己と収集した少年らの人生を怪物に食わせると決めた。
 生涯の共闘者である呉恵利央をして「残酷極まる」と言わしめた覚悟は、年月を経て、少しずつ実ろうとしている。

 宿舎のある敷地から徒歩とバスで一時間ほどかかる川沿いで、毎年、花火大会が開催される。候補生たちの移動圏内で一番盛り上がる夏祭りだ。川沿いを走る私鉄沿線上では、駅二つ分に渡って露店が軒を連ねる。付近の商工会もこぞって参加するので、あたり一帯の住民が集まって、大変な賑わいだった。
 宿舎で共同生活する中高生たちにとっては、仲間以外の同年代と交流を持てるまたとない機会だ。
 学業の他に、鍛練の日課がある候補生たちには、放課後があまりない。部活に参加する同級生と似たような生活に見えるが、内実はもっと過酷だ。厳しい鍛錬は、養育を受けるうえでの義務に等しい。放課後を過ごす同級生とは、面構えから違ってくる。
 校内で遠巻きにされがちな彼らだが、学区外から来た血の気の多い同輩となら上手くやれるかもしれないと期待するは、無理からぬことだろう。
 祭りに行って、ガラの悪い学生たちと喧嘩沙汰になり、警察の厄介になる者が出るのも、恒例になっていた。宿舎には毎年警察からお咎めがあるが、候補生たちを支援する滅堂が、「殺しさえしなければ喧嘩大いに結構」と呵々大笑するので、警察の骨折り損になっている。所轄の生活課は何年か前から諦めたのか、一般人を巻き込まないよう場所を移動させたり、取り返しのつかない大怪我にならないようセコンドの代わりを引き受けたり、処置が年々雑になっている。
 先輩格が地元の不良を叩きのめした話を聞いた時、鷹山は「花火見に行ってなんで喧嘩してんだ」と思っていた。祭りの活気や、相手を腕力で圧倒する快感に共感できる部分もあったが、外の人間相手に粋がる年長者たちに、どこか白けた気持ちがあった。
 その先輩格たちは、同じ年の冬に全員、年下の鷹山に敗れて、闘技者の道を断念した。すごすごと宿舎を引き払う年長者たちを見て、ああやっぱりこんなもんか、と鷹山は得意げな気持ちになった。やはり、祭りの賑わいに紛れた殴り合いでいい気になる奴らは、自分の相手ではないのだ、と。
 鷹山は、中高生の候補生の中で図抜けた強さを誇った。
 翌年、鷹山は加納アギトに敗北した。残暑の残る、秋のことだ。
 自分が、軽蔑した年長者と同じように驕っていたと認めるのは、怪我が完治するより時間がかかった。
 壮絶な敗北の後から、鷹山の世界は一変してしまった。今まで一喜一憂していた些細な諍いが、全部下らない児戯にしか見えず、仲間と意味のない喧嘩に興じる機会がめっきり減った。代わりに鍛錬に費やす時間が増え、学業がややおろそかになった。
 鷹山の中で世界の濃淡が一変してしまった事に、仲間のほとんどは気づかなかった。あの日、鷹山が加納に敗北した勝負を災害のように受け止め、皆それとなく意識の外に押しやっているようだった。しばらくは、加納の存在を話題にするのも避けていた。重苦しい冬のあと、加納は鍛錬の時だけ鷹山たちがいる場に姿を現したが、取り組むメニューも指導する相手も違い、ただ同じ時間・空間に在るだけの景色と同じように扱われた。自然の驚異に対する本能的な忌避として、加納を無いモノとして扱うしかなかった、鷹山を除いて。
 自分の世界に黒く巨大な影を落とした存在を間近に感じながら過ごした冬から春は、鷹山にとって灰色の季節だった。なので、夏祭りの話も、親友のJに持ちかけられるまで、さっぱり忘れていた。
「今年の花火大会、行かないのか?」
「んー……どっちでもいい」
 自習室で隣り合って宿題をやっていたJは、鷹山の気のない返事に驚いて振り向いた。
「なんだよ、てっきり行くんだと思って仲間に声かけたのに」
「来いっつうなら行くけどよ」
「じゃあ来いよ。喧嘩する気はなくても、浴衣の女子は見たいだろ?」
「それは、まぁな」
 上の空で適当な返事をする鷹山に、Jは景気よくノートを閉じ、体ごと向き直る。真面目な相談事があるとこうやって体ごと向き直るのがJの癖で、鷹山は親友の態度に横目で見やる。
「今年から加納の外出許可が下りて、俺らの組が加納のお守りをすることになった」
「ハァ!?」
 身を入れずに聞いていた鷹山が、自習室に響き渡る声で怒鳴り返した。逆にびっくりしたJが、軽く腰を浮かせて椅子を蹴り、勢い余って色つきレンズの眼鏡がずり落ちかけた。
「びっくりしたなぁ、オイ」
「そりゃ俺の台詞だ!」
「タカ、寮監さんの話聞いてなかったのか?夏休み明けたら、加納も俺たちと同じガッコに通うって。年が近いんで、俺たちの年次が面倒見ろって言われてんの」
「き、聞いてねえ」
「誰が面倒見る役するか、休みの終わりまでに決めろって言われててさ。夏祭りにつれてって、加納とそつなく話せそうな奴にしとこうぜ、って打ち合わせてんだよ。ちなみに、お前のいない時に話し合って鷹山を担当にするので、ほぼ決定だ」
「ざっけんな!」
 鷹山が力一杯、書き物机を殴りつけた。ニスを塗った木製の天板にヒビが走る。この三年ほどで、日常の振る舞いの力加減と年相応の自制心をたたき込まれた鷹山たちだが、そもそも鍛錬の度合いが普通の子供と違う。激して当たり散らせば、板きれくらい割るのは訳ない。
 自習室の監督役として奥の席に待機していた、大学生ぐらいの候補生が席を立った。自習室には鷹山とJしかいない、必然的に二人を睨み付けて「お前ら」と厳しい声で怒鳴る。
「ここは殴り合いも怒鳴り合いも厳禁だぞ。騒ぐんなら出て行け」
 二人を睨み付けた青年だが、年相応の体格のJと、頭一つ分は大きい鷹山の体格を交互に見て、口を引き結ぶ。ふてぶてしく睨み返す鷹山と対照的に、Jは年長者への礼儀を心得た腰の低さで、相方を押さえつつ小さく頭を下げた。
「はい、すみません。もう帰ります」
 親友に促され、鷹山は荷物をまとめて席を立った。Jも後に続く。
 自習室を出るなり、鷹山はJの肩を掴み、食ってかかった。
「俺は納得してねえからな!」
「まあまあ。夏祭りに連れてってみて、どうしても駄目そうなら駄目だって言えばいいさ。そんときは、俺たちも無理強いしない。俺や他の奴で、なんとなくフォローするだけにしとけばいい」
 鷹山が怒り出すのは計算のうちだったのか、Jは肩を怒らせてつかみかかる相手をやんわり押しとどめた。人の良さがにじみ出る笑顔からは、ポジティブを通り越した楽観が窺える。人が良く楽観的なJと、不器用でひねくれ者の鷹山は、正反対だからこそウマが合い、腹を割って話せる親友になったのだ。
 歯をむき出して唸っている鷹山に、Jは気楽な調子で続ける。
「ともかく、夏祭りには加納が付いてくるから、お前も来いよ。加納と口きいたことあるの、お前だけなんだし」
「しゃべったことねーよ!」
「真剣に闘った仲なら、喋ったのも同然だって」
 あっけらかんとするJに、鷹山は最後まで納得のいかない顔をしていた。

278 views