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決定的醜聞

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 昨夜、南方は本部で鉢合わせた門倉に誘われ、飲みにくり出した。
 いつもと違ったのは、最上も同席していた点だった。
 南方と最上は、賭郎の業務関連で事務的に会話をする程度の仲だ。しかし、門倉と最上は歴に差はあるものの、立会人として賭郎に長く所属する者同士、話すだけでなく飲みに出かける機会があるのだという。異なる信念で同じ組織に集った同志のような間柄──平たく言えば女友達に近い関係だった。
 門倉は、同期同然の最上に南方を紹介しようと思いつき、わざわざ誘ったらしかった。
「お前に、コイツの話をしときたかったんじゃ」
「わざわざ呼ばなくても、資料を読めば済む話でしょ」
「わかっとらんな、積もる話があるんよ。この阿呆とはな」
 距離感を掴みかねる南方を後目に、門倉と最上は肩を並べ、ざっくばらんな調子でぽんぽんと会話を応酬していた。門倉が舎弟とする会話のテンポに近い。
 門倉は南方と違い、縦より横の付き合いを好む。舎弟たちも、明確な上下関係はあるものの、門倉にとっては横の付き合いに含まれる。最上も、そうした横の付き合いをする間柄ということなのだろう。誘われた最上が、仕方なさそうに肩をすくめて了承したのを見て、南方は二人の関係を察した。
 一軒目は、門倉の贔屓にしている居酒屋だった。
 座敷ではなくカウンター席に、門倉を真ん中にして、南方と最上で挟んで座ると、門倉は初っ端からかなりハイペースに飲み始めた。
 酒と料理を交互に口に運びつつ、南方との因縁について主観だらけの説明をし、珍しく故郷の話もした。南方は門倉の思い出話に、おおむね同意しながら、時々己の名誉のために訂正を挟みつつ、ほとんど聞き役に回った。
 最上は興味なさげにしていたが、門倉は気に留めていなかった。この三人でここに来たかった、と何度も繰り返すので、よっぽどだったのだろう、と南方は微笑ましいような気持ちがした。
 最上は門倉の話を受け流しつつ、当たり障りなく南方の現職について話題を振り、南方は職務に影響ない範囲で受け答えした。
 逆に、南方は最上から表の仕事やプライベートについて一切聞き出せなかった。なにしろ、二人の間で適度に会話が弾むと、間に座った門倉が割って入ってくるのだ。最上とのキャッチボールは、上手くいきようがなかった。
 酒が進むにつれむ、門倉は酒を覚え始めたばかりの大学生よろしく、両隣に座る南方と最上の、両方に絡んだ。話を雑にあしらう最上に不満を洩らし、酒量を抑え気味な南方の飲み方にケチを付け、立会の話こそ漏らさないものの、
「いつかお前らとひりつく勝負がしたい」
「妙子は號奪戦をせんのか」
「南方はいつになったらいっぱしの立会人になるんじゃ」
 など、思いつくままに喋り倒した。
 南方は、初めて見る門倉の絡み酒に内心で目を丸くしていた。
 二人で飲む時は、割と淡々と飲み始め、しばらくして酒が回ってくると徐々に口数が増える。といってももっぱら喋っているのは南方で、門倉は聞き役に回ることが多い。話が弾むときも、大抵のきっかけは南方の投げた話題だ。飲むペースももっと緩い。寛いだ飲み方をしているのだと解釈していた南方だが、違ったのかもしれない、と急に自信がなくなった。
 門倉は多分、最上がいるこの場が楽しくて柄になくはしゃいでいるのかもしれない。それは、長らく音信不通だった南方相手には、けして見せられない顔なのかもしれない。
 門倉が最上との間に築いたある種の信頼関係を見せつけられたようで、南方は複雑な気分だった。
 門倉の表情は、立会のときに浮かべる悪辣を忍ばせた澄まし顔からは想像もつかないくらい、てらいなくあかるかった。あかるい笑顔を、南方にも、最上にも、等しく向けていた。
「今日は、だいぶご機嫌みたいね」
 最上は門倉のこうした醜態を見知っているのか、鼻先でせせら笑い、脈絡なく呼ばわる門倉のあしらい方も、随分慣れた様子だった。
「……門倉がこんな酔い方するとはのお」
 もはや会話の脈絡と関係なく、赤べこのようにうんうん頷く門倉を横目に、南方が意外そうに呟く。みっともない嫉妬をひた隠したつもりだったのに、最上の耳には届いてしまったらしい。艶やかな唇をお猪口につけた最上が、意味深な笑みを浮かべて南方を見やった。
「案外、アナタの前では格好をつけているのかもよ」
 それはどういう意味なのか。聞き返そうとした南方を、隣で項垂れていた門倉が押しやって割り込み、ジロリと最上の顔を睨みつけた。しかし、視線は定まらず、力が入っていない。
「妙子、わかっとらんな。コイツは南方やぞ? お勉強得意なだけの歯車やっとった男やぞ? なんでワシが格好つけなあ、いけんのじゃ」
 酔ってる時は常日頃の考えが露呈するという。具体的な悪態に南方は鼻先で笑い、混ぜっ返す。
「売っとるんやな? 表出るか?」
「おお、ええぞぉ? 今度は総入れ歯にしちゃるわ」
「ちょっとやめなさいよ。アナタたち、サシで飲む時もこんな調子なの?」
 呆れて仲裁に入った最上が尋ねると、南方はふるふると首を振り、門倉はうんうん頷いた。南方は思わず門倉を見やる。が、だいぶ酔いどれた目の門倉に「うん?」と不思議そうに返され、訂正するのを諦め、首を振った。
 店は、最初の一軒は門倉の馴染みの店だったが、次の店は最上の勧めで、客の多いスポーツバーに移動した。がやがやと賑わう店内なら、酔った門倉が多少大声でなにか話しても問題ない、と判断したのだろう。
 店を移動しても、門倉の上機嫌は続いた。今度は、南方に女性遍歴や女の好みを問いただし、最上にいちいち採点を求める、めんどうな絡み酒になっていた。南方は最初こそ適当に答えていたが、しつこく訊いてくる門倉に辟易し「いい加減にせえ」とたしなめた。
 最上は門倉の言葉やジェスチャーを適度にあしらいつつ、稀に見る上機嫌をどこか愉快そうに眺めていた。
 本格的に酔っていない南方には、彼女がそれなりにこの場を楽しんでいるように見えた。実際、南方と目があった最上は目顔で場を楽しんでいるのだと伝えてきた。
 奥まった席で、男ふたり女ひとりがやいやいと話していても、店内全体のガヤガヤした喧騒の前には、ささやき声も同然だ。三人はおのおののペースで好きなように飲み続けた。
 しかしそれも、門倉がスクリーンに気づくまでの話だった。サッカーの映像が流れる店内のスクリーンに気づいた門倉は、店がスポーツバーだと気づくや、「なんでカープの試合を流さんのじゃ!」と怒号を上げ始めた。奥まった席とはいえ、大男が立ち上がって喚けば、悪目立ちするし、暴れだしたら取り押さえられるのは南方くらいしかいない。
 なので、やむなくお開きとなった。
 南方が目配せすると、最上は目顔だけですべて察して、酔いどれの門倉を南方に預け、マスターの下に向かった。
 南方は、お互いの贔屓球団の話をぶつぶつ繰り延べる門倉に、適当に相槌を打ちながら席を立ち、店の出口を目指す。話題の解る南方の相槌に、門倉はすぐ機嫌を収めて、そうじゃろうそうじゃろう、こういうときはお前がおって良かった思うなあ、と都合のいい答えをひとりごち、繰り返した。
「ったく、調子ええヤツじゃのう……」
「なんか言うたか」
「なんも。そら、ちゃんと足に力入れんかい」
 門倉を歩かせつつ振り向くと、最上は知り合いらしいマスターと談笑している。南方と門倉が店を出ていくのを目の端で見留めると、会話を切り上げて、涼しい顔で戻ってきた。
「ここの代金、門倉にツケておいたわ」
「悪いな。おい、門倉。聞いてるか? お前の支払いやからの」
「んー…」
 門倉は、南方の腕を手すりかなにかと勘違いした様子で、腕を絡めて寄りかかっている。不明瞭な声は、返事なのか、うわ言なのかわからない。
 南方は公務員、しかも官僚をやっているだけあって、泥酔した上司や接待相手を介抱する経験は、何度もしている。だが、南方と同じくらい体格に恵まれた人間はそうそういない。へたった門倉はとんでもなく重たく、支えるのも歩かせるのも重労働だ。
 よたよたと肩でドアを開けて、門倉を表に連れ出すと、後ろから最上が含み笑いを交えて言ってきた。
「アナタがいるからこんなに飲んだでしょうね。担いでくれる相手がいる安心感かしら」
 確かに、と南方は半分納得した。体格の変わらない自分がいれば、泥酔しても担げる人間がいるので安心だ。だが、サシで飲んでもここまで酔ったことはなかった。しかも宅飲みではない、外で、最上も交えて飲んでいるのにだ。
 南方は最上を振り向き、酔いかけの兆しもない美貌を見つめてから、呟いた。
「あんたがいるからじゃないのか? 門倉は、あんたに随分、気を許してるようだからな」
「さあ……? アナタが考えてるような理由は、この男にはないでしょうね。私だってそんなつもりはない」
 最上の態度は淡々としている。というか、同年代の男が見せる幼稚さをあざ笑う、辛辣ささえ伺える。遠慮も加減もない最上の態度を見ていると、門倉が「妙子」と下の名前で呼び捨てにし、性別関係なく、腹蔵ない付き合いをしているのは、ごく自然な気がした。
 店の外に出ると、やや肌寒い外気に触れて、門倉が項垂れていた顔を上げた。店を出たと把握するや、最上に向かって「ワシが払うぞ」と喚く。
「アナタにツケたわよ。これ、店のカード」
「ん。……おい、南方」
 一旦、カードを受け取った門倉は裏表を確かめると、それを南方の鼻先に突きつけた。
「なんじゃ」
「払っとけ」
「なんでじゃ、おどれ払う言うたろ」
「なんで、おどれの飲み代をワシが払うんじゃ!」
 噛み合っているのかいないのかわからない会話に、南方はさっさと観念しておいた。明日以降、素面に戻れば門倉自身が失態を許せずに、何が何でも自分が支払うと言い出すに違いない。そういうけじめには、律儀なところがある。今は機嫌よく家に帰ってもらうのが最優先だ。
「じゃ、私はそろそろ」
 お荷物を南方に任せた最上は、二人を見やって駅の方へ向かおうとした。
「帰りの足はあるんか」
「終電には間に合うわね」
 立会人といえども女性だ。常識の範囲内で気遣う南方に、最上はおかしそうに笑み返した。自分にそんな言葉をかける南方が可笑しいとでも言いたげで、南方は内心でやりづらいと感じた。
 門倉が、上機嫌の笑みを浮かべたまま、よろめく体をしゃんと起こす。空いた片腕を最上の肩に回すと、問答無用でぐいと引き寄せる。そのまま、最上と南方を力任せに抱き寄せた。
「きゃっ!」
「おわっ!」
 ハイヒールを履いてようやく門倉と頭一つ差の最上、支えるために上背を伸ばしていた南方、高さも重さも違う二人が同時にバランスを崩す。最上は門倉の力に逆らわず、そのまま門倉の胸にもたれかかる。最上を支えるはずの門倉は、隣の南方に上体を預けようとする。
「ぐっ、こんの……!」
 南方は、ふらつく二人分の体重を支える羽目になり、唸りながら両脚を踏みしめた。門倉の腰、ジャケット越しにベルトを掴んで下手投げの要領で支えきると、門倉が感心した声を上げる。
「おー、持ちこたえよった。さっすが歯車、頑丈やのぉ。妙子、もっともたれてええぞ」
「お前らなあ!」
「私は巻き込まれただけなんだけど?」
「う……すまん」
 門倉を挟んで、最上が南方を覗き込む。冷ややかな視線に、南方は率直に謝るしかなかった。
 最上は自分を抱き寄せた門倉の腕を解いて押しのけて身を引く。
「まったく、男どもの暑苦しさときたら……」
「おい、妙子」
 片腕からするりと抜け出した最上に、門倉が憮然と声をかける。そうして、酔いどれた目で最上を見つめ、火照った顔を彼女の辟易している顔に近づける。
 思わず南方が引っ張り戻そうとする、それよりも先に、最上が顔をそむけた。それでもふざけて迫る門倉に、たしなめる平手で酔った顔をひっぱたく。流れる手付きで頬を掴むと、その顔を南方の方に押しやった。
「やめて頂戴。うっとうしい酔い方して、浮かれすぎよ」
「なんじゃ、友情のキスくらい、させえ」
「粗暴な男のキスを受ける肌は持ち合わせてないの、退いて」
「ほうか、つまらん」
 子供のようにぶすくれた表情になった門倉だが、すぐに隣を振り向いて、ニタッと笑った。しゃんとせえ、と文句を垂れつつ体を支え直す南方をじっと見つめるや、胸ぐらを掴んで顔を引き寄せる。
「!」
 ごち、と額のぶつかる衝撃のあと、南方の口をアルコール臭い門倉の口がむにゅっと塞いだ。唇を押し付けてきただけでは飽き足らず、門倉は両手で南方の頭を抱えて舌を押し込み、まともにキスを仕掛けてくる。
 店からはやや離れ、人通りも少ない深夜の暗がりとはいえ、まったく人目がないわけではない。そもそも、隣に最上がいる。だが、門倉はまったく構わず──というか、周囲がまったく見えていない様子で、南方の分厚い唇を思う存分、貪る。整った鼻先から、うっとりした溜息が洩れ、胸ぐらを掴んだ手を首に回してくる。
 南方は、門倉の背中を鷲掴みにして引き剥がそうとした。背中に手を回してから、ジャケットを軽く握りしめる。腕にもたれ掛かる重みと、唇と舌でじゃれついてくる気さくな呼吸が、すぐに人肌に夢中になる熱心さを孕んで、南方を誘惑してくる。自制していたとはいえ、南方もまあまあ飲んで、半ば酔っ払っていた。少しだけ、と気持ちがぐらついてもたれる門倉の体を抱きしめる。
 抱きしめてしまうと、もうダメだった。酔っ払いが悪ふざけの延長で仕掛けたキスに、まともな抱擁と熱情を込めて返してしまう。門倉は、強く抱きしめる南方の腕に気づいていないのか、アルコールで火照った舌を舐りあう感触を面白がって、合わせた口の間から笑うばかりだ。
 最上がはっきり解るように咳払いする。
 門倉の体越し、冷ややかな最上の視線に気づいた南方は、一瞬で興奮が冷めた。抱きしめていた手で門倉を引き剥がし、無言で押しやる。
「いい加減にせえ、門倉」
「んぁ、……なんじゃ、ええ気分やったのに、ノリ悪いのお」
「わしもおどれも、友情のキスするようなガラかよ」
 言い返しながら、門倉を押しやる。
 表面上は叱り飛ばす口調で突き放した南方だが、酔った門倉をだまし討ちにした罪悪感で顔色が悪くなっていくのを感じた。前後不覚の相手が仕掛けた悪ふざけに便乗するなど、卑劣この上ない。門倉相手にそんな真似をしてしまった自己嫌悪を噛みしめつつ、泥酔気味の門倉が明日、すべての記憶を失くしているよう、祈った。
 街灯の近くの明るい場所で、メイクを確かめて整えた最上が、南方にニコリと笑みかけた。
「終わったかしら?」
「なにも始まっとらん」
 苦い顔で答える南方に、最上は意味深に視線を合わせて見つめ返してきた。腹の中を見透かされた心地がして南方が目を逸らすと、くすりと笑い声が聞こえた気がした。
「それじゃ、帰るわ。ちゃんと送って貰いなさいよ、門倉」
 最上は酔いどれの門倉を見上げ、どこか優しい口調で告げた。門倉はふらふらと南方に掴まったまま、「おー、お前も気ぃつけえよ」と雑な見送りの言葉を投げかけた。
 
 

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