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から騒ぎ

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 九番隊の隊舎内には、空き部屋の内装に手を入れた休憩室がある。主に、詰めている隊士たちが休憩したり夜食を食べたりするのに使われている。半分板張り、半分畳敷きの部屋には。給湯設備、机と椅子が数脚、あと現世から白が持ってきた「人間も死神も駄目にするソファ」が置かれている。
 お八つ時。どら焼きを買って戻った檜佐木は、依頼主の白を探して休憩室を訪れた。
 てっきりお気に入りのソファに抱きついて寝ているかと思いきや、白の姿は見当たらない。
「人に頼んでおいて、アイツは……」
 檜佐木は改めて休憩室の様子を見回した。数名の女性隊士たちが、机を二卓くっつけて広くして、さわさわと談笑している。隊の気風もあって男所帯の九番隊に所属する、稀な花たちである。檜佐木と目が合うとめいめいに会釈して返してきた。
「なあ。久南を見なかったか?」
「さきほど、五番隊に出かけていかれました」
 副隊長の檜佐木に女性隊士たちは揃って会釈し、そのうちの一人が質問に答えた。どうやら檜佐木を待ちきれずに平子のところへ出かけてしまったらしい。案外、雛森と話をしに行ったのかもしれない。檜佐木は買ってきたどら焼きの紙袋を見て、はあ、とため息を付いた。
「まったく、どうすんだコレ……」
 休憩中の隊士たちは、また世間話にさわさわと花を咲かせて始める。白が戻ってくるかこないかも解らない檜佐木は、女性隊士たちを振り向いた。買ってきたどら焼きを差し出して、苦笑する。
「もしよかったら、茶請けにしてくれ。久南は多分、すぐ帰ってこないだろ」
「いいんですか?」
「ありがとうございます~」
 隊士たちがにこやかに席から立ち上がり、一礼して差し出された紙袋を受け取る。「とらやだよ~」「限定のやつだ」などなど、中身を見て盛り上がっている。
(流行? のやつだったのか……? 久南はおやつに詳しいからなあ)
 休憩室を後にしようと背を向けた檜佐木を、年長の女性隊士が慌てて呼び止めた。
「あのう。ひとつ余るので、副隊長もいかがですか?」
「ん? いいのか、俺が一緒で」
「もちろんです!」
 隊士たちは顔を見合わせると、「やったね」「ラッキーだったね」と囁き交わす。檜佐木はやや遠慮して、女性一同から離れた位置に椅子を引っ張ってきた。紙袋からどら焼きを一つずつ取って回していき、最後に檜佐木の手元に戻って来る。
 卓上には、すでにお菓子の包みが二つ、広げられていた。瀞霊廷の菓子匠でもまだ扱っていない、現世風の焼き菓子だと気づいて、檜佐木は驚く。
「これ、どこで買ったんだ?」
「いえ、私達で作ったんです」
「前に六車隊長の料理教室に参加して」
 檜佐木は瞬きする。
「隊長が? 料理教室?」
 六車とは隊の任務と瀞霊廷通信の編集業とで役割分担が明確にされており、檜佐木が編集の締め切り近くなると、朝会でしか六車の動静を知れなくなる。切羽詰まってくると朝会にすら出られず、ときには六車が編集室に足を運んでくる事態になることもある。
 そんなわけで、檜佐木は六車が隊士を相手に料理教室をやっているなど、露ほども知らなかった。
「いつの間に……」
「隊長が料理お得意だと伺ったので、基礎を教わりたいとお願いしたら、引き受けてくださったんです」
「現世のお菓子についてもいろいろ聞いて……」
「そうしたら、簡単に作れるのもある、って」
 その成果が今、卓上に広げられているというわけだ。檜佐木は香ばしい色と香りの焼き菓子を眺め、隊士たちの顔ぶれを改めて見回した。
 大戦以降、真央霊術院では出身を問わず広く院生を募集しており、才能あるものは飛び級で入隊させ、各隊が預かる流れになっている。見たところ、まだ新人も新人、実戦経験に乏しい内勤を主としている隊士たちのようだ。
 そんな彼女らから見て、隊長ははるかに上役、おちおち話しかけられない役職のはずだが、と檜佐木は内心で首をひねった。
 だが、面倒見のいい六車のことだ。それこそ、こうして休憩室で出くわした彼女らから頼まれ、手が空いているからとあっさり引き受けてもおかしくはない。
「あの、副隊長」
 席を囲む女性隊士の一人、一番小柄で、薄くそばかすのある娘が檜佐木をじっと見つめた。
「よかったら、召し上がっていただけませんか?」
「俺が? いいのか?」
 檜佐木が軽く首を傾げ、そばかすの娘を優しく見下ろす。娘は目が合うと慌てて視線を逸らし、はい、と肯いた。
 檜佐木は隊士をそれとなく観察する。隊服以外にこれといった装飾も身に着けておらず、化粧もほとんどしていない、素朴な身なりをしている。流魂街出身の死神だろうと想像がついた。まだまだ瀞霊廷内から入学する者が多いなか、飛び級で新人隊士になった流魂街出身者となれば、心細さもあるだろう。檜佐木は昔の自分を重ねる面持ちになった。
 相手の厚意をくんで、檜佐木は焼き菓子―クッキーを一枚もらう。これがクッキーであると知っているのは、浦原商店に出向いた際に茶請けでもらったことがあるからだ。遠慮なく口に放り込む。
 軽く力を入れただけでほろほろと崩れていく食感に、檜佐木は「美味い」と思わず呟いた。
 檜佐木の反応に、そばかすの娘が顔を輝かせ、様子を見守っていた隊士たちからも「やったぁ!」と小声で歓声が上がった。檜佐木は自分の感想がお世辞ではないと伝えたくて、さくさくと咀嚼し終えるや、はきはきと感想を述べた。
「本当に美味いよ、現世に取材で出向いた時に食べたものより断然美味しい。隊長が菓子作りも出来るのは聞いて知ってたが、もしかすると出藍の出来映えかもしれないぞ!」
 力説する檜佐木に、無邪気に喜んでいた娘たちの顔から素朴な喜色が薄れていき、冷静になったように「はぁ」と曖昧に肯いた。檜佐木の食レポに対する信頼度が瞬く間に下がっていくのが、場の空気から伝わってくる。おためごかしをされて、本当に美味しかったのか、懐疑的になっていく隊士たちを前に、檜佐木は引き攣った苦笑いを浮かべた。
(大げさに褒めすぎた……!)
 檜佐木をよく知る平隊士だったら、裏目に出てますよ、などと笑って流しただろう。だが、まだ九番隊に入隊して日の浅い彼女らは、副隊長がちょっとした粗忽者だと想像できていない。隊士たちは気まずい表情で顔を見合わせる。
「ありがとうございました、檜佐木副隊長」
「あの……よかったら、隊首室の皆さんで召し上がってください」
 それぞれが恐縮したぎこちなさで、おずおずと檜佐木の賞賛に礼を述べ、小さく頭を下げた。そもそも、入隊して三年も経っていない新人隊士たちであれば、本来は副隊長と直接話す機会など滅多にないのだ。
 もらい物のどら焼きを手に、隊士たちが席を立つ。しくじったと内心で苦い顔をする檜佐木を余所に、一人また一人と一礼して休憩室を去って行く。立ち去る彼女らの背中に向けて、檜佐木は今更と思いつつ言葉をかけた。
「ありがとう、隊長や久南といただくよ」
 ぱたぱたと立ち去る足音が遠のき、あたりが静かになる。机に置かれたクッキーの包みを丁寧に折りたたんで包み直すと、檜佐木は肩を落として頭を掻いた。
「俺もまだまだだな……」

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