六車に相談してから三日が経っていた。
檜佐木は、その日も別隊から訪ねてきた女性死神に応対していた。今回は、茶菓子を持ってきており、差し入れだという。半月ほど前に、同じ隊の新人女性隊士からクッキーをもらったことを思い出して、あれも騒ぎのうちだったのだろうか、とふと思った。
今日訪ねてきた女性らは、檜佐木の副隊長と編集長を兼業する手腕を褒めつつ、どれくらい忙しくしているのかを聞いてきた。
「うちの隊は、その、副隊長が結構……ね」
「松本副隊長、なんていうか、奔放なところがあって……隊長が肩代わりしてるときがあるくらいなんですよ」
「はは……」
(言われてますよ、乱菊さん!)
松本に対する愚痴めいた話題に及び、檜佐木は苦笑いで曖昧な相槌を打った。内心で、副隊長業務の一部を自分に投げてくることもある松本へ、心の中で呼びかけてしまう。
「檜佐木副隊長、ほとんど家には帰られていないとか」
「いやぁ、締め切り前だけはね。ただ、うちは隊長が編集業に関わってないんで、締め切り前だけは副隊長業務を肩代わりしてもらってるから、まあ、松本副隊長と似たり寄ったりかもれないな」
「じゃあ、六車隊長はいつもお忙しいんですか?」
「え? そうだなぁ。斬拳走鬼の拳・走に一家言ある人だから、他隊に稽古をつけにいったり、まだ隊長業務に慣れてない十三番隊の補佐をしたり、いろいろあって、忙しくはされてるよ」
「ご家族と過ごされる時間も……」
「いや、隊長は独身だし、ご兄弟もおられないから、休みの日は一人だな」
(白とか俺がお邪魔しにいってるけどな)
休みの日にすみません、と内心で唱える。訪ねてきた女性らは、手元の帳面に聞き取った内容をせっせと書き留めていた。ほぼ取材だ。檜佐木は目を細め、いよいよ彼女らの目的がファンクラブなどではないと、確信し始めた。
(かといって、どういうつもりか問いただすのはな……)
檜佐木は自分の人相についてよく自覚している。ちょっと強めに聞こうものなら、相手を警戒させてしまいかねない。
今も、立ち話ではなく編集室に招き入れ、椅子を勧め、目線の高さが近くなるよう姿勢を工夫し、口調も務めて静かで穏やかな調子にして、相手に威圧感を与えないよう気を配っていた。いわば、更木剣八と真逆の心遣いで相対している。おかげで、聞き取りに来た女性らは怯えず不安にもならず、伸び伸びと質問してくるのだ。
「ありがとうございます、九番隊と編集部のお話が伺えて良かったです」
「また、檜佐木副隊長のお話を聞きに来てもよろしいですか?」
「ああ。任務のない時と、締め切り前以外だったら、いつでも」
できる限り優しく微笑んで答える。帰り支度を済ませた彼女らを、檜佐木は隊舎の正門まで送り届けた。
「またよろしくお願いします~」
改めて礼を述べ、華やかな訪問客たちが立ち去っていく。それと入れ替わりに、白が軽快に隊舎の正面に立つ檜佐木に向かって、駆け寄ってきた。
「久南! お前また抜け出して」
「しゅーへー、今のひとたちは?」
「女性死神協会からの取材、かな」
ふーん、と不思議そうな顔で返事をした白は、立ち去った隊士たちを振り向いた。ちょっと首を捻ってから、檜佐木に向き直る。
「さっき三番隊に行ってね。そしたら、ローズからこんなの預かってきたんだけど」
「書類のお遣いだったのか?」
「違うよー。これ、記入して十番隊に提出してって。あと、面白いからけんせーに見せてあげなよ、だって」
そう言って、白が抱えていた封筒を檜佐木に差し出した。
「婚活意識調査……?」
封筒の表面には女性らしい細筆の走り書きでそう書かれている。檜佐木は、自分が読むのはまずいのではないかと思いつつも、好奇心に勝てず中身の書類を引っ張り出してしまう。
九番隊、と付箋の貼られた未記入の用紙が入っており、用紙にはいくつかの設問と回答者名の記入欄がある。檜佐木はぱらぱらと枚数を確かめる。隊長、副隊長、席官の人数分あった。
「なんかねえ、女子の間で各隊に回してるみたい。これは[[rb:九番隊 > うち]]の分」
「この間から聞かれた内容が設問に入ってる……」
アンケート用紙の内容は、数日前、女性向け冊子企画について檜佐木が助言した内容が、改編されつつ盛り込まれている。さすがの檜佐木も、どうやら自分は女性陣に上手いこと使われてしまったらしいと察した。
(婚活ねぇ……用件を明かして頼むのに、憚られるような内容か?)
内心で首を捻っていると、白が横から覗き込んでくる。
「三番隊のコに呼ばれてお茶ごちそうになってたんだけど、みんなけんせーのこと知りたがってて。お嫁さんになりたいとか、話してたよ」
白の台詞に、檜佐木は目を丸くして大声を出した。
「嫁!? 隊長の!?」
「ねー。びっくりするよね! けんせーなんて怒りんぼゴリラなのに、なんでモテてんのー?」
檜佐木は改めて婚活意識調査の用紙を見る。独身者への設問は、瀞霊廷での役職、資産、配偶者に求めるもの、新居を立てるとしたら規模、瀞霊廷での理想の夫婦(故人含む)、瀞霊廷での理想の死神(故人含む)、向こう百年の生活設計……等々となっており、どんな人物が婚姻を望んでいるか、あるいは現実的に考えているかが分かる内容になっていた。
「あと、こんなのもらっちゃった」
「将来が安定している死神一覧……」
「見て見て。けんせー、星四つなんだよ! すごくない!? おかしくない!?」
檜佐木は横で騒ぐ白に適当に頷き返してやりながら、女性死神の人気番付ともいうべき一覧をざっと読み下していく。
朽木白哉は殿堂入り、次点に大前田希千代、二番手が平子真子、三番手が六車拳西とある。細かい文字で理由付けも書かれている。檜佐木は思わず、六車の評価詳細より先に自分の順位をざっと探していた。
(うっ……改めて見せられるとショックだ……)
生憎、順位は下から数えたほうが早く、吉良イヅルより下という結果だった。更木剣八や涅マユリ、三席以下の席官クラスよりは上位なのが、せめてもの救いである。
檜佐木は改めて六車の評価と詳細なコメントを読み込んだ。
時々乱暴な話し方をするが基本寡黙。家庭に干渉しすぎず放置しすぎなさそう。〝六車九番隊〟を率いてきた将来の安定。浪費癖がなさそう。料理や家事を分担してくれそう。身内には優しそう。面倒見が良いとの情報あり。男性死神からの人気があり、仕事が出来るとのこと。外見が好み。などなど。
(いや、わかる。すげーわかる。六車隊長、知れば知るほど、なんで独身なんだ? ってなるよな……)
檜佐木からすると納得の評価で、勝手に訳知り顔でうんうんと肯いてしまう。同時に、やはりこの一覧を作るため体の良い情報源として活用されていただけと確信した。奇妙なモテ期に理由があったと判明し、檜佐木はどこか安堵していた。
(モテてぇ! ってのはあるし、慕われるのは光栄だけど、今の俺には、……)
六車隊長がいる。
胸のうちで呟いて、噛みしめる。六車の魅力が広く知られたことを誇らしく思うと同時に、ごく近しい人間だけが知っていた彼の良さを広く知られてしまったという嫉妬めいた焦燥感を覚える。
物思いに耽る檜佐木に、白が伸び上がって用紙を覗き込みながら口を尖らせた。
「これ、けんせーに言ったら調子乗っちゃうかも」
「あの人はこんなんで調子乗らないだろ。なあ、久南。俺は見ちまったけど、その用紙は女性死神だけの秘密にしておけ。な?」
六車以外の人物評に繊細な個人情報が含まれていたのを見て、檜佐木が白に言い含める。檜佐木から一覧を返された白は、きょとんとしてから、すぐ素直に肯いた。
檜佐木は肯いた白の肩を叩くと、封筒を受け取り、隊舎へ引き返していった。
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