bleach

から騒ぎ

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 檜佐木はまっすぐ隊首室に向かうと、ドアをノックして部屋に入る。
 六車は執務席に着いていたが、特に仕事がないのか過去の瀞霊廷通信をぺらぺらとめくり、眺めていた。六車は最近、瀞霊廷通信のバックナンバーを編集室から持って来て、こうして眺めていることがある。
「隊長も編集部に興味持ってくれました?」
「いや、別に」
「つれないなぁ」
「読み物としちゃ面白いとこもあるが、作る側ってなるとな」
 向いてねえ、と六車はあっさり突き放す。もう何度も打診してはあっさりと断られてきたので、檜佐木も本気で勧誘はしていない。
 檜佐木は封筒から用紙を取り出すと、冊子を捲る六車の邪魔をせず、かつ視界に入るように置く。六車の視線が、自然とそちらに向いた。
「どうも俺の勘違いだったみたいで」
「あ?」
 渡された用紙を見た六車が「なんだこれ」と怪訝な顔をする。
「女性死神協会からの意識調査ですよ」
 檜佐木は簡潔に答え、肩をすくめて苦笑いした。
「意識調査ァ?」
 六車は、用紙に並ぶ設問を眺める。訝る表情が次第に呆れ気味の苦い面持ちになって、「なんだこりゃ」と呟く。渋い顔をする六車に、檜佐木は自分の憶測を述べた。
「婚活向けの情報収集らしいです。阿散井たちの結婚からあと、女性死神の間でちょっとした婚活プームが起きてるらしいっスね」
 そう語ってから、やや視線を落として寂しい笑みを浮かべて話を続ける。
「この間からの女性隊士の訪問も、隊長のことを知るために接触してきたらしくて。空前のモテ期到来かと思いましたが、違ったみたいです」
 いくぶん寂しげに打ち明けた檜佐木は、六車を顧みた。用紙に視線を落としたまま、六車は関心なさそうな素っ気なさで答えた。
「そりゃあ気の毒だったな」
 反応の薄い六車に檜佐木はほんの少しだけ拗ねた気持ちになる。そして、頬杖をついて紙面を眺めている六車の顔を、それとなく改めて眺めてみた。
(こんなに格好良い人だから、当然なんだよな)
 質実剛健、隊長の役職にあり、やや言葉遣いが乱暴だが、更木剣八の粗野とは違い、情に厚く面倒見の良いところもある。甲斐性もあるうえ、男ぶりもいいのだから、女性が放っておかないのも頷ける。むしろ、過去の罪状が冤罪だったと明るみになって、逆賊の汚名が晴れた今では、女性にとって「優良物件」と評価されて当然だった。
 さっき見た格付けに思いを馳せながら、檜佐木はそれとなく六車に尋ねてみた。
「まあ、俺のことはいいんスけどね。隊長こそ、自分に女性人気があるってわかったら、どうします?」
 少し茶化した口調で尋ねながら、内心ではひどく緊張していた。結婚に乗り気だとか、そういう将来も有りだとか、前向きな返答があったときにどんな心構えで受け止めればいいのか、想像できていない。迂闊な質問をしてしまった、と檜佐木はじんわりと後悔する。
(そうなったら、俺は、どうするんだ? どうしたいんだ?)
 檜佐木は意識せず、六車の顔を見つめる。
(……ダメだ。嫌だって感情しか、浮かんでこねえよ)
 何か言って欲しい。何も言わないで欲しい。檜佐木は、二律背反の感情に揺さぶられて口を噤んでしまう。
 六車がおもむろに筆を執ると、眺めていた用紙に手早く回答と名前を書き入れ始めた。事務処理をする淡々とした筆遣いでさっと筆を滑らせる。最後、自分の名を力強くやや雑な筆遣いで書き入れると、用紙を檜佐木に突き返した。
「これでいいのか」
「あ……はい、ありがとうございます」
 檜佐木は戸惑いつつ、あっけなく記入された用紙を受け取る。用紙を封筒にしまう前に、記入された回答にさっと目を走らせた。
 どの項目も、関心がない、予定はない、考えていない、とある。設問すべてを突き放す無関心な回答の連続に、檜佐木は目をパチクリさせた。
「その、なんかないんスか」
「あァ?」
「いや……答えようによっちゃ、いいところのお嬢さんと結婚話が持ち上がるかもしれないのに」
「ねえよ」
 檜佐木の問いかけに、六車は即答した。椅子にもたれ、檜佐木をジロリと見上げる。
「お前が好きなのは俺で、俺もお前にしか興味ねえからな。他に答えようがねえだろ」
「……!」
 堂々と、まったくてらいなく答えた六車に、檜佐木はあんぐりと口を開けた。驚いた顔が次第に首から順に赤くなっていき、髪の毛が逆立つほど真っ赤になった檜佐木は、そのまま硬直してしまう。
 含羞より衝撃に打ちのめされた顔でぽかんと突っ立っている檜佐木に、頬杖をついて見上げていた六車は、おもむろに席を立った。広い執務机を挟んで檜佐木と向き合い、上体を乗り出す。呆気にとられて半開きになった檜佐木の顎先を捉えると、声が出ないまま開いた唇をちょいと啄んだ。
 檜佐木の体がびくっと飛びあがりかける。六車は目を開いたまま、一度啄んだ唇を軽く甘噛みして顔を離す。
 檜佐木は目を見開いたまま、不意打ちに震える声で六車を呼ばわった。
「……っ、六車隊長っ!」
「なんだ」
「いや、その、急に、なんで」
「なんでって。修兵お前、俺と付き合ってるんだろ」
 すぱっと。六車が檜佐木の懊悩を断ち切って答える。檜佐木はきょとんと瞬きした。遅れて、肯定された嬉しさが弾けるように突き抜けていく。檜佐木は考えるより先に、文字通り目と鼻の先にある六車の顔に向かって、意気込んで答えた。
「そうです、……っ」
「だったら、しょうもねえ話で狼狽えるんじゃねえ」
 まだ面食らった表情を残して見つめる檜佐木に、六車は悪戯っぽく口の端を釣り上げてみせる。戸惑いと嬉しさと緊張できらめく檜佐木の目を覗き込んでから、額を指で軽く小突いた。
[了]
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