新人隊士から焼き菓子をもらった一件から、檜佐木の周囲にちょっとした――――もとい、檜佐木にとっては大きな変化が訪れた。
九番隊をはじめ、十番隊、三番隊、五番隊の若い女性隊士がちょくちょく、瀞霊廷通信の編集部を訪ねてくるようになったのだ。
用件は様々である。
三番隊の、舞鶴某という女性隊士は後輩の女子らと共に訪ね、瀞霊廷通信の取材がどのように行われているのか教えて欲しい、と頼み込んできた。編集部というより、檜佐木の仕事ぶりを知りたいという。もちろん、檜佐木は快諾し、彼女たちが予約した茶屋に案内されて、流行の菓子とお茶でもてなされながら、仕事についての問答を受けた。
ある日は、五番隊の芝浦某という女性隊士が、数名の女性隊士と共に尋ねてきた。彼女らは、女性死神協会で瀞霊廷通信の女性誌版の企画を打ち出したいとのことで、その企画書の添削をしてほしいと持ちかけた。企画書を預けて終わり、ではなく、檜佐木に指導を受けたいのだという。これには、檜佐木のジャーナリスト魂が大いに震えた。取材とは、記事とは、情報誌とは。勉強会を開催し、何日かに分けて熱弁を振るい、彼女たちから喝采を浴びた。勉強会の場所は、彼女たちが用意した静かな雰囲気のこぢんまりとした居酒屋や、時には料亭の一室だった。
またある時は、十番隊の秋津某という女性隊士が、女性死神協会の用件で、と前置きして、九番隊について逆取材をしてきた。任務への体制、九番隊ならではの取り組み、隊風や特徴、隊長・副隊長、席官の人柄などなど。取材することはあってもされることはなかなかない檜佐木である。貴重な機会と姿勢を正し、秋津某からの質疑に真剣に回答した。
……といった具合に、檜佐木の来客が女人一色になって二ヶ月ほど経ち、檜佐木はある推測に至っていた。
「思うに、俺の〝ふぁんくらぶ〟なるものが設立されたんじゃないかって、考えてるんですよ」
檜佐木は自信満々に拳を握り、ニヒルな表情で相手を振り向く。相手――――十番隊副隊長・松本乱菊は、飴色の豊かな髪を弄りつつ、ふーん、と適当な相槌を打った。
「九番隊に返却する資料があるから取りに来て」と松本に言われて、忙しいなか二つ返事でほいほいと出向いた檜佐木は、最近辿り着いた自分なりの「解」を、思い切って松本に打ち明けた。あえて相手を松本に定めたのは理由がある。斑目や綾瀬川、後輩の吉良や阿散井に話して白い目で見られるのはちょっと、いやかなり傷つくな、と予感したからだ。特に、吉良イヅルから白い目で見られるのは、松本に鼻で笑われるよりも堪える気がした。
女性にあしらわれるのは、松本からの扱いで慣れているが、男同士で冷ややかにあしらわれたら立ち直れない。良くも悪くも、笑いもせず適当に流してくれる松本に話すのが、一番気が楽そうだと予想したのだ。
松本は手櫛で髪を撫でつけてから、爪に施した紅や装飾を眺めて、相槌を打ったきり一言もない。白けた態度に、檜佐木は情けなく肩を落として自嘲する。
「って、やっぱそんなことはないっスよね、はは……」
「そうでもないかもよ」
「えっ?」
うじうじ俯いて指先を突き合わせた檜佐木が、松本の返事にびっくりして顔を上げる。
松本は爪先から視線を上げずに、最近聞いた世間話を披露するのんびりした調子で語り出した。
「なんかねえ。どうもうちの隊に、アンタのこと知りたい~っていう女子たちがいるのよねぇ~」
「マジっすか!?」
松本はあくまで檜佐木に向き直らず、視線も合わせず、退屈な話題を続ける調子でたらたらと話を続けた。
「この間、檜佐木副隊長についていろいろ聞きたいんですぅ~、とかいう女の子たちが、修兵と親しいだろうって私を捕まえに来たのよ」
「ほんとっスか!?」
「あんたをぬか喜びさせる冗談なんて、言わないわよ」
ぴしゃりと言い返し、ようやく松本は檜佐木を振り向いた。腰に手を当てて値踏みする目つきで檜佐木の頭からつま先までを改める。しげしげ眺めてから意味深にフーンと呟く。不安と期待の入り混じった檜佐木の表情をじっと見上げて、効果的に間を置く。
檜佐木がごくりと喉を鳴らしたところで、ようやく艶やかな唇を開いた。
「一応、変な幻想を抱かないように普段の修兵がどんな様子か、詳しく話しておいたわよ」
松本は答えてから艶やかに微笑んでウィンクする。檜佐木はわたわたと両手をさまよわせながら、悲痛な声を上げた。
「乱菊さぁん…!!」
「なによ、ウソは言わなかったわよ。実は卍解してるとかさ」
「それはウソじゃないっス!! ていうか普段の俺……って、俺が金欠で困ってることとか、編集部で徹夜してるときは風呂入ってねえとか、そういう話じゃないっすよね!?」
「風呂のことは今日が初耳だわ。えー、瀞霊廷通信締め切り明けのあんたには近づかないようにする」
「いや、脱稿したら即、風呂入ってますって!! じゃなくて、俺、そんなにモテてるんです……?」
檜佐木は改めて、おそるおそる松本に実態を確かめた。松本は顎先に人差し指を当てて思案顔になってから、モテなのかしらねえ、と訝る。
「あんた個人というか、九番隊全体の内情を知りたいみたいな感じだったわね。でも、ファンクラブならターゲット周辺の情報収集するのは普通か……」
どうにも信じがたいと言いたげな表情で、松本はまた考え込んでしまう。
九番隊の内情と言われて、檜佐木は幾分か真面目な面持ちになり腕組みする。斜め下に視線を落として、最近自分を訪ねてきた女性陣からの質問内容や話題について反芻してみた。確かに、檜佐木の仕事を通して九番隊の実態を知ろうとする向きがあった、と言えなくない。
目的が九番隊の周辺情報なのか、自分自身なのか。今の檜佐木には判然としない。
檜佐木は、不思議そうに横目で見てくる松本に、自分の身に起こった出来事を打ち明けた。
「最近、多いんですよ。仕事の忙しさとか任務内容とか、瀞霊廷通信の編集についてとかを、尋ねにくる女性が。編集部に興味があるのかなと思ってましたが」
「そうなんだ」
「俺の将来性とかプライベートを、探られてるとか……」
それならファンクラブの活動と言えなくない。檜佐木は、らしくなく客観性を欠いて、自分に都合のいい結論に飛びつきそうになっていた。
「浮かれてるところ悪いけど、勘違いだったときのダメージが大きいから、ファンクラブって話は引き算して聞いておきなさいよ」
浮つく檜佐木に松本が素早く釘を刺してくる。わかってますよ、と檜佐木は軽く口をとがらせてから、やっぱり違うのだろうかと、未練っぽい横顔で小さく肩を落とした。
ふと思い当たり、松本を見る。
「あのー、ちなみに乱菊さんが参加されるご予定は……」
「あるわけないでしよ。私は隊長一筋だもん」
あっさり否定する松本。檜佐木はがっくり肩を落としつつ、松本の言葉を胸に留め置いた。
とはいえ、異性に関心を向けられるのは素直にいい気分だった。
(俺個人の云々はともかく、これを期に編集部に参加してくれる死神が増えたらなあ)
檜佐木は淡い期待を抱きつつ、呑気に構えていた。松本は、そんな檜佐木の様子を呆れ気味の表情でじっと見つめてから、小さく溜息をついた。
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