瀞霊廷各区画の隊舎がある通りからほど近い場所には、多くの店が並ぶ繁華街がある。隊士の生活に必要な日用雑貨から昼の食事処まで、店の種類は幅広い。霊王護神大戦で壊滅的だった瀞霊廷も、主だった施設から再建が始まり、商店の数も増えてきていた。
慌ただしい昼休み。檜佐木は上司の六車と、行きつけの居酒屋へ昼定食を食べに来ていた。
チキン南蛮定食に筑前煮の小鉢を追加した六車に対して、檜佐木は一番安い煮魚定食である。檜佐木の注文を聞いて、六車のこめかみがぴくりと引き攣った。
「また、てめぇはよ……」
「いや、本当に、足りるんで。大丈夫なんで!」
「んなわけあるか」
六車が手を上げて店員を呼ぶ。さっと奥から駆けつけた店員に単品のから揚げを注文すると、檜佐木は首をすくめて恐縮した。
瀞霊廷全体の様々なことが元に戻り、以前のような生活が成り立ちはじめると、檜佐木は六車と昼食を一緒するようになった。最初に誘ってきたのは六車で、美味い店がある、と行きつけの居酒屋や小料理屋に檜佐木を連れていっては、あれこれと食わせ始めた。
鍛えても細いままの檜佐木に業を煮やして、栄養を押し込んでやろうということらしい。
ほどなく、食生活の細さは食の細さではなく財布の薄さに由来しているとバレてしまい、呆れを通り越して叱り飛ばされた檜佐木だった。
相変わらず給料日前の懐は厳しく、再安価の料理を頼んでしまう。そんな檜佐木を見ては「またか」と怒りつつ、一品二品、奢る六車であった。
さすがに毎月は申し訳なく思い、檜佐木は決まって遠慮するのだが、
「その薄っぺらい懐と腹回りをどうにかしてから口答えしろ」
と一刀両断され、じろりと睨まれてしまい、何も言えなくなる。
今月も、おかずをご馳走になるのは三日目だ。
「ホントにすんません……」
「悪ィと思ってんなら、浦原に変なモノ買わされるな。大前田からの勧誘にも乗るな」
「はぃ……」
そう広くない店内は九番、十番隊隊士で埋め尽くされている。客のほとんどが死覇装を着ている中、白い隊首羽織をまとった六車と、袖なしの死覇装に副隊長の徽章をつけた檜佐木は、どうにも目立っていた。店主が気を聞かせて奥の卓に案内したのに、気が付いた平隊士たちがわざわざ挨拶しに立ち寄るので、あまり落ち着かない。
ちゃきちゃきと配膳する店員が、二人の定食を運んできた。追加の皿が並ぶと二人用の卓上はいっぱいになって、湯飲みを置く場所にも困る有様だった。檜佐木は窮屈な机をなんとかしようと、追加してもらった唐揚げに箸を伸ばす。
熱々の唐揚げを頬張ろうとした檜佐木に、隣席の隊士たちが席を立つなり二人に挨拶してきた。
「隊長、副隊長。おつかれさまです!」
「! ああ、お疲れさん」
「おう」
わざわざ箸を止めた檜佐木と対照的に、六車はおざなりに応じ、振り向きもしない。白米を口に頬張り、黙々と定食を腹に収め始める。
檜佐木はようやく唐揚げにありついた。二日ぶりの肉料理にうんうんと頷きながら咀嚼する。二日前に食べた肉料理も、この店で、六車の奢りだったことを思い出す。ひとつ、ふたつと口に運んでいると、空いた隣席に座ろうとした隊士たちが、また挨拶してきた。檜佐木は料理を頬張ったまま、箸を持つ手を軽く上げて応じてやる。
口いっぱいの料理を慌てて飲み込んだ檜佐木は、汁椀の蓋を開けつつ六車に呟いた。
「やっぱ、昼時の時間ずらした方がよくないですか」
「別にいいだろ。連中も立ち話していくわけじゃなし」
「そうですけど」
「お前もいちいち返事してねえで、会釈ぐらいで済ませりゃいいだろが」
六車はきっぱりと言い返す。檜佐木はちょっと口をとがらせ、ブツブツとやり返した。
「隊長が無愛想な分、愛想よくしとくかと思って、やってるんですよ」
「あぁ?」
「う……すんません、口悪かったです」
「よし。つか、無愛想じゃねえだろ、普通だ普通」
六車は、檜佐木に無愛想と言われて不服だったらしい。むすっと歪めた口のまま、箸を運ぶ。檜佐木がふと皿を見ると、自分の倍くらいの速さで白米と料理がなくなっていっている。そのくせ早食いの印象はない。ひと口が大きいのかな、などと檜佐木は六車の口元を見つめた。
「……で。今日はなんか話してぇことがあんだろ」
「あ、いや。ただの世間話なんですけど」
「昼時の話が世間話じゃなかったこと、あるか」
ないですね、と檜佐木は笑った。六車は仕事と休みの切り替えがハッキリしている性分なのか、昼休みに仕事の話をしない。持ちかけられれば聞くが、自分から切り出すことはけしてない。ある時、気がついて以来、檜佐木は昼時に仕事の話をするのはやめて、とりとめない話題を投げかけるようになった。六車からの返事は饒舌と言い難かったが、檜佐木の世間話を楽しんでいる様子なのは、伝わってきた。時々、六車から自分の話をすることもあって、檜佐木はこの慌ただしい空間でひそひそと交わす会話を、一日で一番、楽しみにしていた。
「実は最近、俺の〝ふぁんくらぶ〟が出来たんじゃないか、って疑惑がですね」
手元から視線を上げず黙々と食べていた六車が、箸を止めて目を上げる。檜佐木をまっすぐ見つめ返すと、無言のまま「何言ってんだ?」と言いたげな表情を浮かべた。
「いや! 根拠はちゃんとありますから!」
おめでたい馬鹿を見る目で見られて、檜佐木は慌てて否定した。
先日、松本から聞いた話をかいつまんで語り聞かせる。身辺調査と思しき聞き取りが行われ、足繁く通ってくる女性隊士がおり、遠巻きに見られている気配もあって、などなど、最近身の回りで起きた変化を上げていく。
箸を止めていた六車は、困惑しつつもどこか嬉しげな檜佐木の表情をじっと見つめてから、皿に載ったトマトをぽいと口に放り込んだ。
「よかったじゃねえか」
六車の反応は、淡泊な一言のみだった。檜佐木は首を捻り、釈然としない顔で唸る。
「よかっ……たのかなぁ!?」
「お前、モテたがってたろうが。念願叶ったんなら素直に喜べよ」
「いやっ、そうですけど……そうじゃないっていうか……」
「なんだ、煮え切らねえな」
箸を置いてわやわやと手を動かしながら繰り延べる檜佐木に、六車は汁物を啜ってからじろりと睨み付けてきた。六車は竹を割ったような性格で、はっきりしない話を嫌う。呆れているうちはいいが、まどろっこしい話運びが続くと、皆まで聞かずに話題を切り上げてしまう。
「煮え切らないというか、その、……」
檜佐木は口をつぐむ。
確かに女性にもてはやされるのは気分がいい、本懐だったといってもいい、しかし檜佐木の心に昔も今も焼きついているのは六車拳西という死神だ。
(六車隊長は俺が女に囲まれてて、なんとも思わねえのかな)
檜佐木は一年前、六車に自分の気持ちを打ち明けた。
告白しようと意気込んで、張り切って挑んだのではない。ふと六車から聞かれたのだ。
『修兵。お前、俺のこと好きか?』
『へっ? もちろん、好きですけど……、』
檜佐木は促されるまま、素直な気持ちで答えてからはじめて、六車に対する感情が尊敬と憧れ以上のものだと気づいた。
自覚した途端、遅効性の含羞が檜佐木の全身を染め上げた。戦っているときでもここまで高鳴らなかったくらいに、鼓動が昂ぶり、檜佐木は口を引き結んだまま、六車の前で身動きできなくなってしまった。
『遅えよ』
檜佐木の遅すぎる自覚に、六車は笑って言い返した。彼の生まれ月の空に似た、あっけらかんと突き抜けた笑顔だった。その顔を見た檜佐木は、ずっと隣で生きていきたい、という感情でいっぱいになり、少し泣いた。
あれから一年。
二人の距離感は、上司部下の関係からあまり変わっていない。一度、檜佐木がほろ酔いの勢いで六車に口づけをしたいと言って、熱い抱擁と長い口づけを施された。体の接触はそれきりで、あとはこうして昼時に二人で過ごしたり、白も交えて三人だけで出かけたり、たまに六車の家で手料理を振る舞われたり、といった具合だった。
告白以前と比べれば、公私とも一緒にいる時間は間違いなく増えている。が、檜佐木が想像する恋人らしいイベントはあまり発生していない。
なので、所謂「お付き合いする」状態を望んでいるのは自分だけでは、と檜佐木は思い始めていた。
六車拳西は口調や態度と裏腹に、優しく面倒見のよい男だ。檜佐木は、自分の感情に気づいて放っておけなかっただけかもしれない、と後ろ向きな可能性を信じ始めていた。
その矢先に、今回の騒ぎが持ち上がったのである。表向きは浮かれている檜佐木だが、心の深い部分では当惑していた。
檜佐木の困惑に気づいているのかいないのか、料理を食べ終えた六車が熱い番茶を口に含む。しみじみと半分ほど飲んでから、もくもくと食べ続ける檜佐木に目を向けた。
「女にきゃあきゃあ言われて仕事にやる気が出るなら、それでいいじゃねえか。俺ぁ別に、否定しねえよ」
六車は檜佐木の周囲で起きた騒ぎに大して関心ない様子で、再び湯飲みに口を付けた。そんな六車の態度に、檜佐木は内心で口をとがらせて小さく拗ねる。
(否定してくださいよ、そこは)
そして、ぼんやり抱いていた可能性がまた一つ膨らむのを感じて、手元の皿に視線を落とした。
(結局、隊長は俺のこと、どう思ってんだろう)
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